万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1278)―島根県益田市 県立万葉公園(22)―万葉集 巻二 二一一

●歌は、「去年見てし秋の月夜は照らせども相見し妹はいや年離る」である。

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島根県益田市 県立万葉公園(22)万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌碑は、島根県益田市 県立万葉公園(22)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆去年見而之 秋乃月夜者 雖照 相見之妹者 弥年放

       (柿本人麻呂 巻二 二一一)

 

≪書き下し≫去年(こぞ)見てし秋の月夜(つくよ)は照らせども相見(あひみ)し妹はいや年(とし)離(さか)る

 

(訳)去年見た秋の月は今も変わらず照らしているけれども、この月を一緒に見たあの子は、年月とともにいよいよ遠ざかってゆく。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)さかる【離る】自動詞:遠ざかる。隔たる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)いや年離る:この無聊の時間が行く末かけていよいよ重なることへの嘆き。(伊藤脚注)

(注の注)ぶりょう【無聊】:[名・形動]退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。むりょう。(学研)

 

 「泣血哀慟歌」の二首目(二一〇歌)の短歌二首のうちの一つである。

 

 長歌(二一〇歌)もみてみよう。

 

◆打蝉等 念之時尓<一云宇都曽臣等念之> 取持而 吾二人見之 趍出之 堤尓立有 槻木之 己知碁智乃枝之 春葉之 茂之如久 念有之 妹者雖有 馮有之 兒等尓者雖有 世間乎 背之不得者 蜻火之 燎流荒野尓 白妙之 天領巾隠 鳥自物 朝立伊麻之弖 入日成 隠去之鹿齒 吾妹子之 形見尓置有 若兒乃 乞泣毎 取與 物之無者 鳥徳自物 腋挟持 吾妹子与 二人吾宿之 枕付 嬬屋之内尓 晝羽裳 浦不楽晩之 夜者裳 氣衝明之 嘆友 世武為便不知尓 戀友 相因乎無見 大鳥乃 羽易乃山尓 吾戀流 妹者伊座等 人云者 石根左久見手 名積来之 吉雲曽無寸 打蝉等 念之妹之 珠蜻 髪髴谷裳 不見思者

         (柿本人麻呂 巻二 二一〇)

 

≪書き下し≫うつせみと 思ひし時に<一には「うつそみと思ひし」といふ> 取り持ちて 我(わ)がふたり見し 走出(はしりで)の 堤(つつみ)に立てる 槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の 春の葉の 茂(しげ)きがごとく 思へりし 妹(いも)にはあれど 頼めりし 子らにはあれど 世間(よのなか)を 背(そむ)きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野(あらの)に 白栲(しろたへ)の 天領巾(あまひれ)隠(がく)り 鳥じもの 朝立(あさだ)ちいまして 入日(いりひ)なす 隠(かく)りにしかば 我妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふる 物しなければ 男(をとこ)じもの 脇(わき)ばさみ持ち 我妹子と ふたり我が寝(ね)し 枕付(まくらづ)く 妻屋(つまや)のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為(せ)むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥(おほとり)の 羽がいひの山に 我(あ)が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根(いはね)さくみて なづみ来(こ)し よけくもぞなき うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば

 

(訳)あの子がずっとうつせみのこの世の人だとばかり思い込んでいた時に<うつそみのこの世の人だとばかり思い込んでいた>、手に取りかざしながらわれらが二人して見た、長く突き出た堤に立っている槻の木の、そのあちこちの枝に春の葉がびっしり茂っているように、絶え間なく思っていたいいとしい子ではあるが、頼りにしていたあの子ではあるが、常なき世の定めに背くことはできないものだから、陽炎(かげろう)の燃え立つ荒野に、真っ白な天女の領布(ひれ)に蔽(おほ)われて、鳥でもないのに朝早くわが家をあとにして行かれ、山に入り沈む日のように隠れてしまったので、あの子が形見に残していった幼な子が物欲しさに泣くたびに、何をあてごうてよいやらあやすすべも知らず、男だというのに小脇に抱きかかえて、あの子と二人して寝た離れの中で、昼はうら寂しく暮らし、夜は溜息(ためいき)ついて明かし、こうしていくら嘆いてもどうしようもなく、いくら恋い慕っても逢える見込みもないので、大鳥の羽がいの山に私の恋い焦がれるあの子はいると人が言ってくれるままに、岩を押しわけ難渋してやって来たが、何のよいこともない。ずっとこの世の人だとばかり思っていたあの子の姿がほんのりともみえないことを思うと。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)「取り持ちて・・・茂きがごとく」:軽の歌垣の思いでを譬喩に用いたもの。(伊藤脚注)

(注)走出の堤:長く突き出た堤。「堤」は「槻」とともに軽の池のもの。(伊藤脚注)

(注の注)はしりで【走り出】家から走り出たところ。家の門の近く。一説に山裾(すそ)や堤などが続いているところ。「わしりで」とも。(学研)

(注)こちごち【此方此方】代名詞:あちこち。そこここ。 ※上代語。(学研)

(注)せけん【世間】名詞:①俗世。俗人。生き物の住むところ。◇仏教語。②世の中。この世。世の中の人々。③あたり一面。外界。④暮らし向き。財産。(学研)

(注の注)世間:この世は無常だという定め。「世間」は仏教語「世間空」の翻読後。その最初の用例。(伊藤脚注)

(注)かぎるひ:輝く陽。陽光。(伊藤脚注)

(注)あまひれ【天領巾】名詞:天人が身につける美しい装飾用の布。あまつひれ。(学研)

(注の注)ひれ【領布】古代の女性が用いた両肩からかける布。別名 領巾、肩巾、比礼(学研)

(注)こもり【籠り・隠り】名詞:①閉じこもって隠れること。②(ある一定期間を)寺社に泊まりこんで祈願すること。参籠(さんろう)。おこもり。(学研)

(注)天領巾隠り:柩に納めた妻の美的表現。(伊藤脚注)

(注)とりじもの【鳥じもの】枕詞:鳥のようにの意から「浮き」「朝立ち」「なづさふ」などにかかる。 ※「じもの」は接尾語。(学研)

(注)みどりこ【嬰児】名詞:おさなご。乳幼児。 ※後には「みどりご」とも。(学研)

(注)をとこじもの【男じもの】副詞:男であるのに。 ※「じもの」は接尾語。(学研)

(注)まくらづく【枕付く】分類枕詞:枕が並んでくっついている意から、夫婦の寝室の意の「妻屋(つまや)」にかかる。(学研)

(注)つまや【妻屋】名詞:夫婦の寝所。「寝屋(ねや)」とも。(学研)

(注)おほとりの【大鳥の】:[枕]大鳥の両翼が重なり合う「羽交い」の意から、地名の「羽易 (はがひ) 」にかかる。(goo辞書)

(注)羽がひの山:妻を隠す山懐を鳥の羽がいに見立てたもので、天理市桜井市にまたがる竜王山か。(伊藤脚注)

(注)さくむ [動マ四]:岩や木の間を押し分け、踏み分けて行く。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)なづむ【泥む】自動詞:①行き悩む。停滞する。②悩み苦しむ。③こだわる。気にする。(学研)

(注)よけく【良けく・善けく】:よいこと。 ※派生語。上代語。 ⇒なりたち 形容詞「よし」の上代の未然形+接尾語「く」(学研)

(注)たまかぎる【玉かぎる】分類枕詞:玉が淡い光を放つところから、「ほのか」「夕」「日」「はろか」などにかかる。また、「磐垣淵(いはかきふち)」にかかるが、かかり方未詳。(学研)

 

 「・・・我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふる 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と ふたり我が寝し 枕付く 妻屋のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ・・・」と、妻を失った人麻呂が、乳を欲しがって泣くみどり子を抱え、途方に暮れて嘆いている様が歌われている。このような歌を踏まえた歌が、源実朝の「金塊和歌集(きんかいわかしゅう)」にあるという。

 小川靖彦氏は、その著「万葉集と日本人」(角川選書)の中で、「実朝の私家集『金槐和歌集』の冬の部の、『歳暮(せいぼ)』という題の六首の中に次の歌があります。・・・

 <乳房(ちふさ)吸うまだいとけなきみどり児(こ)とともに泣きぬる年の暮れかな>・・・乳飲み子と一緒に泣きながら年の暮れを悲しむ、という特異な歌です。実朝の実際の生活を詠んだ歌ではなく、「歳暮」の他の歌とともに、老人の立場に立って詠まれた歌です。・・・私はこの特異な歌の典拠となった歌として、柿本人麿の『泣血哀慟歌』の第二長歌(巻二・二一〇~二一二)と山上憶良の「老身重病の歌(老身重病経年辛苦及思児等歌七首)」(巻五・八九七~九〇三)を思いおこさずにはいられません。」と書かれている。

 

 「老身重病の歌」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その44改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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tom101010.hatenablog.com

 

 大軽町の「軽の池」は未詳であるが、「剣の池」は、石川町の石川池といわれている。石川池には「軽の池」を詠んだ歌碑が建てられている。これについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その137改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦下さい。)

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集と日本人」 小川靖彦 著 (角川選書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「goo辞書」