万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1314)―島根県益田市 県立万葉植物園(P25)―万葉集 巻七 一二七二

●歌は、「大刀の後鞘に入野に葛引く我妹 真袖に着せてむとかも夏草刈るも」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P25)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P25)にある。

 

●歌をみていこう。

 

部立、「旋頭歌」である。

 

◆劔後 鞘納野 葛引吾妹 真袖以 著點等鴨 夏草苅母

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二七二)

 

≪書き下し≫大刀の後(しり)鞘(さや)に入野(いりの)に葛(くず)引く我妹(わぎも)真袖(まそで)に着せてむとかも夏草刈るも

 

(訳)大刀の鋒先(きっさき)を鞘に納め入れる、その入野(いりの)で葛を引きたぐっている娘さんよ。この私に両袖までついた葛の着物を着せたいと思って、せっせと周りの夏草まで刈っているのかな。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「大刀の後鞘に」が序。「入野」を起こす。

(注)いりの【入野】〔名〕 入り込んで奥深い野。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

(注)くず【葛】名詞:「秋の七草」の一つ。つる草で、葉裏が白く、花は紅紫色。根から葛粉(くずこ)をとり、つるで器具を編み、茎の繊維で葛布(くずふ)を織る。[季語] 秋。 ⇒参考 『万葉集』ではつるが地を這(は)うようすが多く詠まれる。『古今和歌集』以後は、葛が風にひるがえって白い葉裏を見せる「裏見(うらみ)」を「恨み」に掛けることが多い。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)まそで【真袖】:左右の袖。両袖。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 旋頭歌を調べてみよう。

 旋頭歌(せどうか)については、「頭(こうべ)を旋(めぐ)らす歌、あるいは、頭に旋る歌、の意か。五七七、五七七の六句形式の歌の称。・・・五七七を繰り返すことから「旋頭」と称したと考えられる。・・・ 旋頭歌は、『万葉集』中の存在状況として、作者分明のものでは柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)以前にはみず、・・・『人麻呂歌集』に過半数が集中するという偏在からも、一般的な歌謡形式とは認めがたい。三句プラス三句という二段構造を強く保持していて、唱(うた)われる形であることは確かであるが、それは唱和の形式(とくに短歌を本末で唱和する形)を利用したものとして考えられる。その成立には人麻呂の関与が大きいと思われる。[神野志隆光](コトバンク 小学館 日本大百科全書<ニッポニカ>)と書かれている。

 

 万葉集には、旋頭歌は六十二首収録されており、内三十五首が柿本人麻呂歌集、六首が古歌集の歌である。作者分明歌は七首、作者未詳歌が十四首となっている。(作者未詳歌には、元興寺の僧、遣新羅使人等も含む)

 

 作者分明歌をみてみよう。

 

 最初は、大伴坂上郎女の歌である。

 

題詞は、「又大伴坂上郎女歌一首」<また大伴坂上郎女が歌一首>である。

 

◆佐保河乃 涯之官能 少歴木莫苅焉 在乍毛 張之来者 立隠金

        (大伴坂上郎女 巻四 五二九)

 

≪書き下し≫佐保川の岸のつかさの柴な刈りそね ありつつも春し来(きた)らば立ち隠(かく)るがね

 

(訳)佐保川の川っぷちの崖(がけ)の高みに生えている雑木、その木を刈り取らないでおくれ。ずっとそのままにしておいて、春がやってきて枝葉が茂ったら、そこに隠れてもっとあの人に逢うために。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)きしのつかさ【岸の司】:(ツカサは土の盛り上がった所)川岸の小高い所。(広辞苑無料検索)

(注)ありつつも【在りつつも】[連語]:いつも変わらず。このままでずっと(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)たちかくる【立ち隠る】自動詞:隠れる。 ※「たち」は接頭語。(学研)

 

 

 山上憶良の「秋の七種」の歌である。

 

◆芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝▼之花

    (山上憶良 巻八 一五三八)

   ▼は「白」の下に「八」と書く。「朝+『白』の下に『八』」=「朝顔

 

≪書き下し≫萩の花 尾花(をばな) 葛花(くずはな) なでしこの花 をみなへし また藤袴(ふぢはかま) 朝顔の花

 

(訳)一つ萩の花、二つ尾花、三つに葛の花、四つになでしこの花、うんさよう、五つにおみなえし。ほら、それにまだあるぞ、六つ藤袴、七つ朝顔の花。うんさよう、これが秋の七種の花なのさ。(伊藤 博著「萬葉集 二」角川ソフィア文庫より)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1083)」で紹介している。

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題詞は、「藤原朝臣八束歌一首」<藤原朝臣八束(やつか)が歌一首>である。

 

◆棹四香能 芽二貫置有 露之白珠 相佐和仁 誰人可毛 手尓将巻知布

      (藤原八束 巻八 一五四七)

 

≪書き下し≫さを鹿(しか)の萩(はぎ)に貫(ぬ)き置ける露の白玉(しらたま) あふさわに誰(た)れの人かも手に巻かむちふ

 

(訳)雄鹿が萩の枝に貫いておいた露の白玉。それをまあ軽はずみに、いったいどこのどなたが手に巻こうなどと言うのか。(同上)

(注)露の白玉:萩の枝の露を鹿が妻のために貫いた飾玉と見たもの。(伊藤脚注)

(注)あふさわに 副詞:すぐに。(学研)

(注)ちふ 分類連語:…という。 ⇒参考 「といふ」の変化した語。上代には「とふ」の形も用いられ、中古以後は、「てふ」が用いられる。(学研)

 

 

題詞は、「典鑄正紀朝臣鹿人至衛門大尉大伴宿祢稲公跡見庄作歌一首」<典鑄正(てんちうのかみ)紀朝臣鹿人(きのあそみかひと)、衛門大尉(ゑもんのだいじよう)大伴宿禰稲公(いなきみ)が跡見(とみ)の庄(たどころ)に至りて作る歌一首>である。

(注)典鑄正:典鑄司(金属製品・玉製品・ガラスや瑠璃製品や鋳造品などの製作をつかさどる)の長官。正六位上相当。

(注)衛門大尉:衛門府(古代,禁中の守衛,諸門の開閉などを司った役所)の三等官。従六位下相当

 

 

◆射目立而 跡見乃岳邊之 瞿麦花 總手折 吾者将去 寧樂人之為

      (紀鹿人 巻八 一五四九)

 

≪書き下し≫射目(いめ)立てて跡見(とみ)の岡辺(をかへ)のなでしこの花 ふさ手折(たを)り我れは持ちて行く奈良人(ならひと)のため

 

(訳)跡見の岡辺に咲いているなでしこの花。この花をどっさり手折って私は持ち帰ろうと思います。奈良で待つ人のために。(同上)

(注)いめたてて【射目立てて】分類枕詞:射目(いめ)に隠れて、動物の足跡を調べることから「跡見(とみ)」にかかる。(学研)

(注)とみ【跡見】:狩猟の時、鳥や獣の通った跡を見つけて、その行方を推しはかること。また、その役の人。(学研)

(注)ふさ手折る:ふさふさと折り取って。(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その101改)で紹介している。

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◆高圓之 秋野上乃 瞿麦之花 丁壮香見 人之挿頭師 瞿麦之花

      (丹生女王  巻八  一六一〇)

 

≪書き下し≫高円(たかまと)の秋野(あきの)の上(うへ)のなでしこの花 うら若み人のかざししなでしこの花

 

(訳)高円の秋野のあちこちに咲くなでしこの花よ。その初々しさゆえに、あなたが、挿頭(かざし)に賞(め)でたこの花よ。(同上)

(注)うらわかし【うら若し】形容詞:①木の枝先が若くてみずみずしい。②若くて、ういういしい。 ⇒参考 「うら若み」は、形容詞の語幹に接尾語「み」が付いて、原因・理由を表す用法。(学研)

(注の注)うら- 接頭語:〔多く形容詞や形容詞の語幹に付けて〕心の中で。心から。何となく。「うら悲し」「うら寂し」「うら恋し」(学研)

 

 題詞は、「丹生女王贈大宰帥大伴卿歌一首」<丹生女王(にふのおほきみ)大宰帥(だざいのそち)大伴卿に贈る歌一首>である。

(注)大宰帥大伴卿:大伴旅人

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その18改)」で紹介している。

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題詞は、「見武蔵小埼沼鴨作歌一首」<武蔵(むざし)の小埼(をさき)の沼(ぬま)の鴨(かも)を見て作る歌一首>である。

 

◆前玉之 小埼乃沼尓 鴨曽翼霧 己尾尓 零置流霜乎 掃等尓有斯

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四四)

 

≪書き下し≫埼玉(さきたま)の小埼の沼に鴨ぞ翼霧(はねき)る おのが尾に降り置ける霜を掃(はら)ふとにあらし

 

(訳)埼玉の小埼の沼で鴨が羽ばたきをしてしぶきを飛ばしている。自分の尾に降り置いた霜を掃いのけようとするのであるらしい。(同上)

(注)小埼の沼:今の埼玉県行田市南東部の沼

(注)翼霧る:羽ばたいてしぶきを散らす。

(注)あらし 分類連語:あるらしい。あるにちがいない。 ⇒なりたち ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「らし」からなる「あるらし」が変化した形。ラ変動詞「あり」が形容詞化した形とする説もある。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1150)」で紹介している。

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題詞「能登郡従香嶋津發船射熊来村徃時作歌二首」<能登(のと)の郡(こほり)にして香島(かしま)の津より舟を発(いだ)し、熊来(くまき)の村(むら)をさして徃(ゆ)く時に作る歌二首>の一首である。

(注)能登の郡:石川県の七尾市鹿島郡の一帯。

(注)香島:七尾市東部の海岸

(注)熊来:七尾湾西岸の石川県七尾市中島町あたり。

 

◆登夫佐多氐 船木伎流等伊布 能登乃嶋山 今日見者 許太知之氣思物 伊久代神備曽

      (大伴家持 巻十七 四〇二六)

 

≪書き下し≫鳥総(とぶさ)立て舟木(ふなぎ)伐(き)るといふ能登(のと)の島山(しまやま) 今日(けふ)見れば木立(こだち)茂(しげ)しも幾代(いくよ)神(かむ)びぞ

 

(訳)鳥総を立てて祭りをしては船木を伐り出すという能登の島山、この島山を今日この目で見ると、木立が茂りに茂っている。幾代(いくよ)を経ての神々しさなのか。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)とぶさ【鳥総】:木のこずえや、枝葉の茂った先の部分。昔、木を切ったあとに、山神を祭るためにその株などにこれを立てた。(学研)

(注)能登の島山:七尾湾中央の能登島

(注)神び:神々しさを発する意の動詞「神ぶ」の名詞形。(伊藤脚注)

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 小学館 日本大百科全書<ニッポニカ>」

★「weblio辞書 精選版 日本国語大辞典