万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1335)―島根県江津市二宮町神主 二宮交流館―万葉集 巻二 二二四、二二五

●歌は、「今日今日と我が待つ君は石川の峡に交りてありとはいはずやも(二二四歌)」ならびに「直に逢はば逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ(二二五歌)」である。

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島根県江津市二宮町神主 二宮交流館万葉歌碑(依羅娘子)<「依羅娘子生誕伝承の里」に碑の裏面>

●歌碑は、島根県江津市二宮町神主 二宮交流館にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「柿本朝臣人麻呂死時妻依羅娘子作歌二首」<柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅娘子(よさみのをとめ)が作る歌二首>である。

 

◆且今日ゝゝゝ 吾待君者 石水之 貝尓 <一云 谷尓> 交而 有登不言八方

       (依羅娘子 巻二 二二四)

 

≪書き下し≫今日今日(けふけふ)と我(あ)が待つ君は石川(いしかは)の峽(かひ)に <一には「谷に」といふ> 交(まじ)りてありといはずやも

 

(訳)今日か今日かと私が待ち焦がれているお方は、石川の山峡に<谷間(たにあい)に>迷いこんでしまっているというではないか。(同上)

(注)石川:石見の川の名。所在未詳。諸国に分布し、「鴨」の地名と組みになっていることが多い。

(注)まじる【交じる・雑じる・混じる】自動詞:①入りまじる。まざる。②(山野などに)分け入る。入り込む。③仲間に入る。つきあう。交わる。宮仕えする。④〔多く否定の表現を伴って〕じゃまをされる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは②の意

(注)やも [係助]《係助詞「や」+係助詞「も」から。上代語》:(文中用法)名詞、活用語の已然形に付く。①詠嘆を込めた反語の意を表す。②詠嘆を込めた疑問の意を表す。 (文末用法) ①已然形に付いて、詠嘆を込めた反語の意を表す。…だろうか(いや、そうではない)。②已然形・終止形に付いて、詠嘆を込めた疑問の意を表す。…かまあ。→めやも [補説] 「も」は、一説に間投助詞ともいわれる。中古以降には「やは」がこれに代わった。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1267)」で紹介している。

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◆直相者 相不勝 石川尓 雲立渡礼 見乍将偲

       (依羅娘子 巻二 二二五)

 

≪書き下し≫直(ただ)に逢はば逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ

 

(訳)じかにお逢いすることは、とても無理であろう。石川一帯に、雲よ立渡っておくれ。せめてお前を見ながらあの方をお偲びしよう。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ただなり【直なり・徒なり】形容動詞:①直接だ。じかだ。まっすぐだ。②生地のままだ。ありのままだ。③普通だ。あたりまえだ。④何もせずにそのままである。何事もない。⑤むなしい。何の効果もない。(学研)ここでは①の意

(注)かつましじ 分類連語:…えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒

なりたち 可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)

(注)雲:雲は霊魂の象徴とされ、人を偲ぶよすがとされた。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1268)」で紹介している。

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 江津市HPの「二宮地域コミュニティ交流センターの歌碑」には次のように書かれている。

「・・・二宮町は恵良姫の生誕の地と言われており、歌碑は地区民の熱意により平成10年に建立されました。碑文は君寺の歌碑の揮毫者と同じ京都女子大学名誉教授清水克彦先生の筆によるものです。『依羅娘子生誕伝承の里』裏面に・・・2首が刻まれていますが、これは人麻呂の死を知った依羅娘子がその驚きと悲しみを詠んだものです。人麻呂を想い、慕い、そしてまた、立ちのぼる雲を見るとあなたが偲ばれます。そんな姫の気持ちが表されています。」

 

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「依羅娘子生誕伝承の里」の碑と「万葉歌人 依羅娘子(恵良媛)の由来」



 

 

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「二宮交流館」入口と「依羅娘子生誕伝承の里」の碑



 

 君寺の「相別るる歌」の歌碑の次は、「人麻呂が死にし時に、妻依羅娘子(よさみのをとめ)が作る歌二首」の歌碑である。

 都野津柿本神社。君寺、二宮交流館と歌碑巡りしながら万葉のドラマの筋書きを追って見ているようである。

 益田市江津市とも、万葉歌碑に関するHPは充実しており、人麻呂と依羅娘子は、同じ土俵にいるスタンスで親しみを込めて解説がなされている。

 

 江津市HP「万葉の歌碑巡り」のコンテンツ「江津と柿本人麻呂と依羅娘子(よさみのおとめ)」には、次のように書かれている。

「江津の万葉は、人麻呂の歌の歌枕と、その妻依羅娘子の出生伝説、さらに万葉の古道を持つところに特色があります。歌枕は、人麻呂が石見にあって妻に別れる歌と、石見にあって死に臨んで詠んだ歌があります。・・・人麻呂は晩年に石見の国の国司として赴任し、角の里の依羅娘子と巡り会います。・・・江津に関係のある万葉の歌はこの両人の相聞歌であり、また、挽歌でもあります。それは相聞歌として、人麻呂が石見の国より妻に別れて上京する時の歌、依羅娘子のそれに答える歌があり、挽歌として人麻呂が石見の国に在って死に臨んで詠んだ歌、依羅娘子が彼の死を悼んで詠んだ歌の3首があります。

即ち石見にあっての歌は総歌数13首、これが江津の万葉の対象となります。」

そして「人麻呂の最大の謎は終焉の地が何処か」では、「『柿本人麻呂、石見の國にありて臨死らむとする時、自ら傷みて作る歌一首』として有名な『鴨山の…』がありますが、この歌に詠まれている『鴨山』が石見のどこかが不明で、現在にいたるまで邑智郡美郷町説、益田市説、浜田市説などいろいろあります。もちろん江津市二宮町説もあります。依羅娘子の『直の逢ひは逢ひかつましじ…』の歌の中の『石川』も同様に不明です。鴨山と石川を求めて多くの人々が探求を続けてきました。・・・この人麻呂の歌の世界を愛するかぎり、終焉の地の探求はさらに続くことでしょう。」と書かれている。

このHPは、歌碑巡りに行く前、そしてブログ作成時に何度参考として見させていただいたことか。

そして、高角山公園での人麻呂と依羅娘子の銅像を製作された田中俊睎氏との思いがけない出会いがあったこともあり、島根県を舞台とする、人麻呂と依羅娘子のドラマの大ファンになってしまったのである。

機会があればもう一度訪ねてみたいものである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「江津市HP」