万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1336)―島根県江津市島の星町萬葉銅像建立記念碑―万葉集 巻二 一四〇、一三一

●歌は、「な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ」(依羅娘子)と

「・・・いや高に山を越え来ぬ夏草の思ひ萎えて偲ぶらむ妹が門見む靡けこの山」(柿本人麻呂)である。

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島根県江津市島の星町萬葉銅像建立記念碑(依羅娘子・柿本人麻呂

●歌碑は、島根県江津市島の星町萬葉銅像建立記念碑である。

 

●歌をみていこう。

 

◆勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟

       (依羅娘子 巻二 一四〇)

 

≪書き下し≫な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我(あ)が恋ひずあらむ

 

(訳)そんなに思い悩まないでくれとあなたはおっしゃるけれど、この私は、今度お逢いできる日をいつと知って、恋い焦がれないでいたらよいのでしょうか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)な 副詞:①…(する)な。…(してくれる)な。▽すぐ下の動詞の表す動作を禁止する意を表す。◇上代語。②〔終助詞「そ」と呼応した「な…そ」の形で〕…(し)てくれるな。▽終助詞「な」に比してもの柔らかで、あつらえに近い禁止の意を表す。 ⇒語法 下に動詞の連用形(カ変・サ変は未然形)を伴う。 ⇒注意 禁止の終助詞「な」(動詞型活用語の終止形に接続)と混同しないこと。 ⇒参考 ①②とも、上代から用いられているが、②は中古末期以降、「な」が省略され、「そ」のみで禁止を表す用法も見られる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌については直近では、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1334)」で紹介している。

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◆石見乃海 角乃浦廻乎 浦無等 人社見良目 滷無等<一云 礒無登> 人社見良目 能咲八師 浦者無友 縦畫屋師 滷者 <一云 礒者> 無鞆 鯨魚取 海邊乎指而 和多豆乃 荒礒乃上尓 香青生 玉藻息津藻 朝羽振 風社依米 夕羽振流 浪社来縁 浪之共 彼縁此依 玉藻成 依宿之妹乎<一云 波之伎余思妹之手本乎> 露霜乃 置而之来者 此道乃 八十隈毎 萬段 顧為騰 弥遠尓 里者放奴 益高尓 山毛越来奴 夏草之 念思奈要而 志怒布良武 妹之門将見 靡此山

     (柿本人麻呂 巻二 一三一)

 

≪書き下し≫石見(いはみ)の海 角(つの)の浦(うら)みを 浦なしと 人こそ見(み)らめ潟(かた)なしと<一には「礒なしと」といふ> 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は<一に「礒は」といふ>なくとも 鯨魚(いさな)取(と)り 海辺(うみへ)を指して 和多津(にきたづ)の 荒礒(ありそ)の上(うへ)に か青(あを)く生(お)ふる 玉藻沖つ藻 朝羽(あさは)振(ふ)る 風こそ寄らめ 夕 (ゆふ)羽振る 波こそ来(き)寄れ 浪の共(むた) か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を<一には「はしきよし妹が手本(たもと)を> 露霜(つゆしも)の 置きてし来(く)れば この道の 八十隈(やそくま)ごとに 万(よろづ)たび かへり見すれど いや遠(とほ)の 里は離(さか)りぬ いや高(たか)に 山も越え来ぬ 夏草(なつくさ)の 思ひ萎(しな)へて 偲(しの)ふらむ 妹(いも)が門(かど)見む 靡(なび)けこの山

 

(訳)石見の海、その角(つの)の浦辺(うらべ)を、よい浦がないと人は見もしよう。よい干潟がないと<よい磯がないと>人は見もしよう。が、たとえよい浦はないにしても、たとえよい干潟は<よい磯は>はないにしても、この角の海辺を目指しては、和田津(にきたづ)の荒磯のあたりに青々と生い茂る美しい沖の藻、その藻に、朝(あした)に立つ風が寄ろう、夕(ゆうべ)に揺れ立つ波が寄って来る。その寄せる風浪(かざなみ)のままに寄り伏し寄り伏しする美しい藻のように私に寄り添い寝たいとしい子であるのに、その大切な子を<そのいとしいあの子の手を>、冷え冷えとした露の置くようにはかなくも置き去りにして来たので、この行く道の曲がり角ごとに、いくたびもいくたびも振り返って見るけど、あの子の里はいよいよ遠ざかってしまった。いよいよ高く山も越えて来てしまった。強い日差しで萎(しぼ)んでしまう夏草のようにしょんぼりして私を偲(しの)んでいるであろう。そのいとしい子の門(かど)を見たい。邪魔だ、靡いてしまえ、この山よ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)角の浦:島根県江津市都野津町あたりか

(注)うらみ【浦廻・浦回】名詞:入り江。海岸の曲がりくねって入り組んだ所。(学研)

(注)よしゑやし【縦しゑやし】分類連語:①ままよ。ええ、どうともなれ。②たとえ。よしんば。 ※上代語。 ⇒なりたち 副詞「よしゑ」+間投助詞「やし」(学研)ここでは②の意

(注)いさなとり【鯨魚取り・勇魚取り】( 枕詞 ):クジラを捕る所の意で「海」「浜」「灘(なだ)」にかかる。 (weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)和田津(にきたづ):所在未詳

(注)ありそ【荒磯】名詞:岩石が多く、荒波の打ち寄せる海岸。 ※「あらいそ」の変化した語。(学研)

(注)はぶる【羽振る】自動詞:飛びかける。はばたく。飛び上がる。「はふる」とも。(学研)

(注)朝羽振る 風こそ寄らめ 夕羽振る 波こそ来寄れ:風波が鳥の翼のはばたくように玉藻に寄せるさま。(伊藤脚注)

(注)むた【共・与】名詞:…と一緒に。…とともに。▽名詞または代名詞に格助詞「の」「が」の付いた語に接続し、全体を副詞的に用いる。(学研)

(注)かよりかくよる【か寄りかく寄る】[連語]あっちへ寄り、こっちへ寄る。(コトバンク デジタル大辞泉

(注の注)か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を:前奏を承け、「玉藻」を妻の映像に転換していく。(伊藤脚注)

(注)つゆしもの【露霜の】分類枕詞:①露や霜が消えやすいところから、「消(け)」「過ぐ」にかかる。②露や霜が置く意から、「置く」や、それと同音を含む語にかかる。③露や霜が秋の代表的な景物であるところから、「秋」にかかる。(学研)

(注)なつくさの【夏草の】分類枕詞:①夏草が日に照らされてしなえる意で「思ひしなゆ」②夏草が生えている野の意で「野」を含む地名「野島」や「野沢」にかかる。③夏草が深く茂るところから「繁(しげ)し」「深し」にかかる。④夏草を刈るの意で「刈る」と同音を含む「仮(かり)」「仮初(かりそめ)」にかかる。(学研)

(注)夏草の思ひ萎へて偲ふらむ妹が門見む靡けこの山:結びは短歌形式をなす。(伊藤脚注)

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1290)」で紹介している。

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 江津市HP「高角山公園展望台の歌碑」には、「人丸神社の歌碑がある高角山公園内の高手に、日本海に注ぐ江の川と屋上の山(室神山)を望むことができる展望台が整備されています。」と書かれている。

 さらに「人丸神社の歌碑」について、「江津市内を一望できる高角山の麓にあります。神社は戦後農地開拓を目的として入植した人々の心のよりどころとして、昭和28年に建立されました。昭和48年、この地にゆかりの歌碑が建立され、碑文は九州大学教授高木市之助先生の筆によるものです。」

 先達のブログなどから、「萬葉銅像建立記念碑」にも万葉歌が刻されていることを確認しておいた。

 観光協会等のHPには、島の星山(別名:高角山)とか星高山といった山の名がでてくる。各HPの文言や地図などから、高角山公園にいけば何とかなると踏んで、「萬葉銅像建立記念碑」→「人丸神社」→「高角山公園展望台」と計画をたてたのである。

 

 二宮交流館から約20分のドライブである。山手に上っていき、公園に到着。消防車が1台停まっており、消防団の放水訓練のようなことをやっていた。

 入口近くに車を停める。ほどなくミニバンが1台、横に停まった。1台のバイクがさらにその横に。車を降りたお二人は、あちこち指さしたり、うなづいたりと、打ち合わせをされているみたいである。

 娘子の銅像は台座を動かすことができる。バイクの方が「横にあるスイッチを押してもらえば歌が流れます。」と教えて下さる。公園内に歌が響き渡る。

 もちろんこの時は、この方が、柿本人麻呂と依羅娘子の銅像を制作された地元彫刻家田中俊晞氏であるとは知らなかったのである。

 

 人麻呂の銅像の下にある「萬葉銅像建立記念碑」を写真に収める。公園内に設置してある「万葉銅像建立の由来」の説明案内板に「・・・柿本人麻呂石見国より妻に別れて上り来る時の歌『石見の海 角の浦廻を 浦なしと 中略 いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山』(万葉集 巻二 二三一)

 これに感銘する市内在住の江津万葉を愛する有志が相寄り万葉銅像建立実行委員会を立ち上げ、同じ思いを持つ彫刻家に柿本人麻呂・依羅娘子の彫塑の制作を依頼し、二体の銅像を作り江津市万葉所縁の地に建立を計画した。・・・高角山山麓の市有地『高角山公園』」内に、二体の銅像と記念碑を建立した。(後略)」と書かれている。

 地元の有志の方々の熱い思いが伝わってくる。

 

 

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柿本人麻呂

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人麻呂像の方向を向く依羅娘子の像

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高角山公園

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」

★「江津市HP」