万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1339)―島根県江津市 パレットごうつ(江津駅前)―万葉集 巻二 一三一

●歌は、「石見の海角の浦みを人こそ見らめ潟なしと人こそ見らめよしゑやし・・・」である。

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島根県江津市 パレットごうつ(江津駅前)万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌碑は、島根県江津市 パレットごうつ(江津駅前)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆石見乃海 角乃浦廻乎 浦無等 人社見良目 滷無等<一云 礒無登> 人社見良目 能咲八師 浦者無友 縦畫屋師 滷者 <一云 礒者> 無鞆 鯨魚取 海邊乎指而 和多豆乃 荒礒乃上尓 香青生 玉藻息津藻 朝羽振 風社依米 夕羽振流 浪社来縁 浪之共 彼縁此依 玉藻成 依宿之妹乎<一云 波之伎余思妹之手本乎> 露霜乃 置而之来者 此道乃 八十隈毎 萬段 顧為騰 弥遠尓 里者放奴 益高尓 山毛越来奴 夏草之 念思奈要而 志怒布良武 妹之門将見 靡此山

     (柿本人麻呂 巻二 一三一)

 

≪書き下し≫石見(いはみ)の海 角(つの)の浦(うら)みを 浦なしと 人こそ見(み)らめ潟(かた)なしと<一には「礒なしと」といふ> 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は<一に「礒は」といふ>なくとも 鯨魚(いさな)取(と)り 海辺(うみへ)を指して 和多津(にきたづ)の 荒礒(ありそ)の上(うへ)に か青(あを)く生(お)ふる 玉藻沖つ藻 朝羽(あさは)振(ふ)る 風こそ寄らめ 夕 (ゆふ)羽振る 波こそ来(き)寄れ 浪の共(むた) か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を<一には「はしきよし妹が手本(たもと)を> 露霜(つゆしも)の 置きてし来(く)れば この道の 八十隈(やそくま)ごとに 万(よろづ)たび かへり見すれど いや遠(とほ)の 里は離(さか)りぬ いや高(たか)に 山も越え来ぬ 夏草(なつくさ)の 思ひ萎(しな)へて 偲(しの)ふらむ 妹(いも)が門(かど)見む 靡(なび)けこの山

 

(訳)石見の海、その角(つの)の浦辺(うらべ)を、よい浦がないと人は見もしよう。よい干潟がないと<よい磯がないと>人は見もしよう。が、たとえよい浦はないにしても、たとえよい干潟は<よい磯は>はないにしても、この角の海辺を目指しては、和田津(にきたづ)の荒磯のあたりに青々と生い茂る美しい沖の藻、その藻に、朝(あした)に立つ風が寄ろう、夕(ゆうべ)に揺れ立つ波が寄って来る。その寄せる風浪(かざなみ)のままに寄り伏し寄り伏しする美しい藻のように私に寄り添い寝たいとしい子であるのに、その大切な子を<そのいとしいあの子の手を>、冷え冷えとした露の置くようにはかなくも置き去りにして来たので、この行く道の曲がり角ごとに、いくたびもいくたびも振り返って見るけど、あの子の里はいよいよ遠ざかってしまった。いよいよ高く山も越えて来てしまった。強い日差しで萎(しぼ)んでしまう夏草のようにしょんぼりして私を偲(しの)んでいるであろう。そのいとしい子の門(かど)を見たい。邪魔だ、靡いてしまえ、この山よ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)角の浦:島根県江津市都野津町あたりか

(注)うらみ【浦廻・浦回】名詞:入り江。海岸の曲がりくねって入り組んだ所。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)よしゑやし【縦しゑやし】分類連語:①ままよ。ええ、どうともなれ。②たとえ。よしんば。 ※上代語。 ⇒なりたち 副詞「よしゑ」+間投助詞「やし」(学研)ここでは②の意

(注)いさなとり【鯨魚取り・勇魚取り】( 枕詞 ):クジラを捕る所の意で「海」「浜」「灘(なだ)」にかかる。 (weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)和田津(にきたづ):所在未詳

(注)ありそ【荒磯】名詞:岩石が多く、荒波の打ち寄せる海岸。 ※「あらいそ」の変化した語。(学研)

(注)はぶる【羽振る】自動詞:飛びかける。はばたく。飛び上がる。「はふる」とも。(学研)

(注)朝羽振る 風こそ寄らめ 夕羽振る 波こそ来寄れ:風波が鳥の翼のはばたくように玉藻に寄せるさま。(伊藤脚注)

(注)むた【共・与】名詞:…と一緒に。…とともに。▽名詞または代名詞に格助詞「の」「が」の付いた語に接続し、全体を副詞的に用いる。(学研)

(注)かよりかくよる【か寄りかく寄る】[連語]あっちへ寄り、こっちへ寄る。(コトバンク デジタル大辞泉

(注の注)か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を:前奏を承け、「玉藻」を妻の映像に転換していく。(伊藤脚注)

(注)つゆしもの【露霜の】分類枕詞:①露や霜が消えやすいところから、「消(け)」「過ぐ」にかかる。②露や霜が置く意から、「置く」や、それと同音を含む語にかかる。③露や霜が秋の代表的な景物であるところから、「秋」にかかる。(学研)

(注)なつくさの【夏草の】分類枕詞:①夏草が日に照らされてしなえる意で「思ひしなゆ」②夏草が生えている野の意で「野」を含む地名「野島」や「野沢」にかかる。③夏草が深く茂るところから「繁(しげ)し」「深し」にかかる。④夏草を刈るの意で「刈る」と同音を含む「仮(かり)」「仮初(かりそめ)」にかかる。(学研)

(注)夏草の思ひ萎へて偲ふらむ妹が門見む靡けこの山:結びは短歌形式をなす。(伊藤脚注)

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1290)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 バイクに先導してもらいながらパレットごうつを目指す。到着!

パレットごうつの歌碑と依羅娘子の像の前のベンチに座る。

 バイクの方は、自己紹介される。地元彫刻家で、高角山公園も人麻呂像と依羅娘子の像を制作された田中俊睎氏である。

 根付作家としても著名な方である。氏の偉大さは帰ってからネット検索して分かったのであるが、驚き以外のなにものでもない。

 氏は、ここの依羅娘子の像は公園の像よりも若いイメージで作成したと腰の線やら衣装など銅像制作への思いやこだわりについても熱く、熱く語られている。

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依羅娘子の像後姿(田中俊睎氏作)

 制作への強い思いのお話のあと、すぐそこに観光協会があり、いろいろ資料があるのでと連れて行って下さる。

観光協会で資料をいくつかいただく。

なんと、そこで「角の里夢語り 人麻呂とよさみ姫」と題する絵本(絵:佐々木恵未/文:江津市万葉の絵本制作委員会)を「これも何かのご縁」といただけたのである。(これも後で知ったのであるが、ご本人は絵本制作委員会のメンバーでいらっしゃる。)

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田中俊睎氏にいただいた絵本

 絵本というが、なかなかの内容である。2部構成になっており、絵本の部は、絵を江津市生まれの佐々木恵未氏が、文は、江津市万葉の絵本制作委員会が担当されている。人麻呂と依羅娘子への親しみ溢れるトーンで描かれている。

 第2部は、「万葉のふるさと 江津市」で万葉歌を中心に風土や歴史を絡めて詳細に記述されている。田中俊睎氏が執筆されている。

 

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高角山公園の依羅娘子の銅像

 観光協会の中でも、高角山公園の依羅娘子の銅像は台座部分を回すことができるようになっている。人麻呂と向き合ったり、同じ方向を見たりと自由なアングルになる。これも他にない銅像を作りたいとの思いからだと語られた。

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絵本の中で紹介されている依羅娘子の像

 金保担道氏作の柿本人麻呂像も見せていただいた。いたれりつくせりである。

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金保担道氏の柿本人麻呂

さらに観光協会の前にある「甦がえる」も氏の作品で、同じのが出雲大社にもあるとのこと。作品を前に、「甦がえる」の制作への思いも熱く語っておられた。

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「甦がえる」の作品

食事でもご一緒にとお誘いいただいた。こんな機会はめったにないので有り難かったのであるが、この後、湯抱温泉大田市出雲市と歌碑を巡る予定でホテルを米子にとっていたので時間の都合でお断りせざるをえなかったのである。残念であった。

 

 歌碑が取り持つこの「ご縁」には感謝・感激・感動である。

 

 

 江津市HP「江津ひと・まちプラザ パレットごうつ」には、「平成28年8月に江津駅前に誕生した『パレットごうつ』。子育て、福祉、就職、観光などの施設が集まり、赤ちゃんからお年寄りまで、各ライフステージの相談などに対応しています。886平方メートルの広さを誇る半屋内の広場、ちょっとした打ち合わせや勉強ができるフリースペース、キッチンスタジオや市民活動団体のための部屋などもあり、性別や年齢、職業を問わず、さまざまな人たちが集まり利用できる施設です。」と書かれている。

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「パレットごうつ」 江津市HPより引用させていただきました。(この丸い植込みの所に氏の作品『甦がえる』が置かれている)

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江津駅



 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」

★「江津市HP」