万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1388)―福井県越前市 万葉ロマンの道(7)―万葉集 巻十五 三七二九

●歌は、「愛しと我が思ふ妹を思ひつつ行けばかもとな行き悪しかるらむ」である。

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福井県越前市 万葉ロマンの道(7)万葉歌碑(中臣宅守

●歌碑は、福井県越前市 万葉ロマンの道(7)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

宇流波之等 安我毛布伊毛乎 於毛比都追 由氣婆可母等奈 由伎安思可流良武

       (中臣宅守 巻十五 三七二九)

 

≪書き下し≫愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹を思ひつつ行けばかもとな行き悪(あ)しかるらむ

 

(訳)すばらしいと私が思いつめている人、あの子を心にかけて行くので、こうもむやみやたらと行きづらいのであろうか。この山道は。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うるはし【麗し・美し・愛し】形容詞:①壮大で美しい。壮麗だ。立派だ。②きちんとしている。整っていて美しい。端正だ。③きまじめで礼儀正しい。堅苦しい。④親密だ。誠実だ。しっくりしている⑤色鮮やかだ。⑥まちがいない。正しい。本物である。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)とな 分類連語:…というのだね。▽相手に確認したり、問い返したりする意を表す。⇒なりたち 格助詞「と」+終助詞「な」

 

 よくよく考えてみると「うるわしい」という言葉を使った記憶があまりない。

 万葉時代の「うるはし」の感覚をいくつかの歌を見ることによって探ってみよう。

 

中臣宅守は、三七二九歌以外に二首で使っている。二首は後の稿で紹介するのでここでは、書き下しと訳を挙げておきます。

 

愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を山川(やまかは)を中にへなりて安けくもなし(三七五五歌)

(訳)すばらしいと私が思いつづけているあなたなのに、山や川、そう、山や川が中に隔てとなっていて、一時とて安らかな気持ちではいられない。(同上)

愛(うるは)しと思ひし思はば下紐(したびも)に結(ゆ)ひつけ持ちてやます偲(しの)はせ(三七六六歌)

(訳)いとしいと思う、そう私のことを思って下さるならば、この鏡を下着の紐に結んで身に着け、絶えず偲んでおくれよね。(同上)

◆戀ゝ而 相有時谷 寸 事盡手四 長常念者

      (大伴坂上郎女 巻四 六六一)

 

≪書き下し≫恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言(こと)尽(つく)してよ長くと思はば

 

(訳)逢いたい逢いたいと思ってやっと逢えたその時ぐらい、やさしい言葉の限りを尽くしてください。いついつまでもとお思いならば。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その312)」で紹介している。

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常 吾念情 速河之 雖塞々友 猶哉将崩

       (大伴坂上郎女 巻四 六八七)

 

≪書き下し≫うるはしと我(あ)が思ふ心早川(はやかは)の塞(せ)きに塞くともなほや崩(く)えなむ

 

(訳)すばらしいお方と私が思う心、この心は、早川のように、いくら堰(せ)きとめようとしても、やっぱり崩れてほとばしり出てしまうことだろう。(同上)

(注)せく【塞く・堰く】他動詞:①せき止める。おさえとどめる。②邪魔をする。妨げる。(学研)

(注)なほ【猶・尚】副詞:①依然として。相変わらず。やはり。②何といっても(やはり)。③さらにいっそう。ますます。④ふたたび。やはりまた。(学研)ここでは②の意

(注)崩(く)えなむ:激流が塞を崩すようにとても押さえきれないだろう、の意(伊藤脚注)

 

◆許等ゝ波奴 樹尓波安里等母 宇流波之吉 伎美我手奈礼能 許等尓之安流倍志 

      (大伴旅人 巻五 八一一)

 

≪書き下し≫言(こと)とはぬ木にはありともうるはしき君が手馴(たな)れの琴にしあるべし

 

(訳)うつつには物を言わぬ木ではあっても、あなたのようなお方なら、立派なお方がいつも膝に置く琴に、きっとなることができましょう。(同上)

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その番外 200513-2)」で紹介している。

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◆濱清 浦見 神世自 千船湊 大和太乃濱

      (田辺福麻呂 巻六 一〇六七)

 

≪書き下し≫浜清み浦うるはしみ神代(かみよ)より千舟(ちふね)の泊(は)つる大和太(おほわだ)の浜(はま)

 

(訳)浜は清らかで、浦も立派なので、遠い神代の時から舟という舟が寄って来て泊まった大和太(おおわだ)の浜なのだ、ここは。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)大和太の浜:神戸市兵庫区和田岬から北東方へかけての湾入した海岸。(伊藤脚注)

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その565)」で紹介している。

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◆吾背子之 言美 出去者 裳引将知 雪勿零

       (作者未詳 巻十 二三四三)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)が言(こと)うるはしみ出(い)でて行(ゆ)かば裳引(もび)きしるけむ雪な降りそね

 

(訳)あの方のお言葉のやさしさに引かれて外に出て行ったら、裳を引きずった跡がはっきり残ってしまうであろう。雪よ、そんなに降らないでおくれ。(同上)

(注)言うるはしみ:言葉がやさしくて立派なので。(伊藤脚注)

 

 

◆欲見者 雲居所見 十羽能松原 小子等 率和出将見 琴酒者 國丹放甞 別避者 宅仁離南 乾坤之 神志恨之 草枕 此羈之氣尓 妻應離哉

       (作者未詳 巻十三 三三四六)

 

≪書き下し≫見欲(みほ)しきは 雲居(くもゐ)に見ゆる うるはしき 鳥羽(とば)の松原 童(わらは)ども いざわ出(い)で見む こと放(さ)けば 国に放けなむ こと放けば 家に放けなむ 天地(あめつち)の 神(かみ)し恨(うら)めし 草枕(くさまくら) この旅の日(け)に 妻(つま)放くべしや

 

(訳)ぜひ見たいもの、それは、(このものではなく)雲のかなたに見える鳥羽の松原。皆の者よ、さあ、外に出て見よう。ああ、どうせ引き放すなら、国にいる時に放してほしいもの。ああ、どうせ放すなら、家にいる時に放してほしいもの。何としても、天地の神の思(おぼ)し召しが恨めしい。よそにいるこんなさ中に、妻を引き放すなんていうころがあってよいものか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)見欲し>みがほし【見が欲し】形容詞:見たい。 ※上代語。(学研)

(注)鳥羽の松原:所在不明。諸国にある地名。(伊藤脚注)

(注)童ども:「子ども」と同じく、宴などで年下や目下の者をいうことが多い。(伊藤脚注)

 

 

◆左由理婆奈 由利毛安波牟等 於毛倍許曽 伊末能麻左可母 宇流波之美須礼

      (大伴家持 巻十八 四〇八八)

 

≪書き下し≫さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ

 

(訳)百合の花、その花のようにゆり―将来もきっと逢いたいと思うからこそ、今の今もこんなに親しませていただいているのです。(同上)

(注)うるはしみす 【麗しみす・愛しみす】他動詞:親しみ愛する。仲むつまじくする。(学研)

(注)まさか【目前】名詞:さしあたっての今。現在。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1072)」で紹介している。

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宇流波之美 安我毛布伎美波 奈弖之故我 波奈尓奈蘇倍弖 美礼杼安可奴香母

      (大伴家持 巻二十 四四五一)

 

≪書き下し≫うるはしみ我(あ)が思(も)ふ君はなでしこが花になそへて見れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)すばらしいお方だと私が思うあなた様は、咲きほこるこのなでしこの花と見紛うばかりで、見ても見ても見飽きることがありません。(同上)

(注)なそふ【準ふ・擬ふ】他動詞:なぞらえる。他の物に見立てる。 ※後には「なぞふ」とも。(学研)

 

 

宇流波之等 阿我毛布伎美波 伊也比家尓 伎末勢和我世<古> 多由流日奈之尓

       (中臣清麻呂 巻二十 四五〇四)

 

≪書き下し≫うるはしと我(あ)が思(も)ふ君はいや日異(ひけ)に来ませ我が背子(せこ)絶ゆる日なしに

 

(訳)すばらしいと私が思っているあなたはまあ、もっともっと毎日でもお越し下さいましよ、あなた、絶える日なんてないように。(同上)

(注)日異(ひけ)に>ひにけに【日に異に】分類連語:日増しに。日が変わるたびに。(学研)

 

 「うるはしき君」、「うるはしみ我(あ)が思(も)ふ君」、「うるはしと我(あ)が思(も)ふ君」のように、相手に対しややおべっか的な言い回しが多い。景色や言葉などのすばらしさなどにも使われている。

 言葉の使われようの歴史をみていくのも面白い気がする。しかし、現代のような、省略形の言葉や特定のジャンルでの言葉が一般化したものなど後の時代にどのように考えられるのであろう。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」