万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1402)―福井県越前市 万葉ロマンの道(21)―万葉集 巻十五 三七七一

●歌は、「宮人の安寐も寝ずて今日今日と待つらむものを見えぬ君かも」である。

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福井県越前市 万葉ロマンの道(21)万葉歌碑(狭野弟上娘子)

●歌碑は、福井県越前市 万葉ロマンの道(21)にある。

 

●歌をみてみよう・

 

◆宮人能 夜須伊毛祢受弖 家布々々等 麻都良武毛能乎 美要奴君可聞

       (狭野弟上娘子 巻十五 三七七一)

 

≪書き下し≫宮人(みやひと)の安寐(やすい)も寝(ね)ずて今日今日(けふけふ)と待つらむものを見えぬ君かも

 

(訳)宮仕えの人びとが安眠もしないで、今日こそ今日こそと、思う人のお帰りをしきりに待っているであろうに、私の待つあなたはお見えになる気配がない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)みやびと【宮人】名詞:①宮中に仕える人。「大宮人(おほみやびと)」とも。[反対語] 里人(さとびと)。②神に仕える人。神官。 ※古くは「みやひと」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意。

(注の注)宮人:宮仕えの女たち。これは思う人が配所から帰ってくるのを期待できる人々。(伊藤脚注)

(注)待つらむものを見えぬ君かも:思う人の帰りを待っているだろうにあなたはお見えになる気配がない。天平十二年六月の大赦を背景にする表現。(伊藤脚注)

 

中臣宅守は、天平十三年九月の大赦で都に戻れたといわれている。しかし、娘子はその時にはすでに亡くなっていたようであり、ハッピーエンドとはいかなかった。

 

「宮人」「大宮人」を詠った歌をみてみよう。

 

題詞は、「日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首 幷短歌」<日並皇子尊(ひなみしみこのみこと)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)日並皇子尊:皇太子草壁。天武と持統の子。(伊藤脚注)

 

◆天地之 初時 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 ゝ座而 神分 ゝ之時尓 天照 日女之命<一云 指上 日女之命> 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而 <一云 天雲之 八重雲別而> 神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神随 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 ゝ座奴 <一云 神登 座尓之可婆> 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下 <一云 食國> 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛 <一云 刺竹之 皇子宮人 歸邊不知尓為>

 

≪書き下し≫天地(あめつち)の 初めの時 ひさかたの 天(あま)の河原(かはら)に 八百万(やほよろず) 千万神(ちよろづかみ)の 神集(かむつど)ひ 集ひいまして 神分(かむわか)ち 分ちし時に 天(あま)照らす 日女(ひるめ)の命(みこと)<一には「さしのぼる 日女の命といふ> 天(あめ)をば 知らしめすと 葦原(あしはら)の 瑞穂(みづほ)の国を 天地の 寄り合ひの極(きは)み 知らしめす 神(かみ)の命(みこと)と 天雲(あまくも)の 八重(やへ)かき別(わ)けて <一には「天雲の八重雲別けて」といふ> 神下(かむくだ)し いませまつりし 高照らす 日の御子(みこ)は 明日香の 清御原(きよみ)の宮に 神(かむ)ながら 太敷(ふとし)きまして すめろきの 敷きます国と 天(あま)の原 岩戸(いはと)を開き 神上(かむあが)り 上りいましぬ <一には「神登り いましにしかば」といふ> 我(わ)が大君(おほきみ) 皇子(みこ)の命(みこと)の 天(あめ)の下(した) 知らしめす世は 春花(はるはな)の 貴(たひと)くあらむと 望月(もちづき)の 満(たたは)しけむと 天の下<一には「食す国」といふ> 四方(よも)の人の 大船(おほぶね)の 思ひ頼みて 天(あま)つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 真弓(まゆみ)の岡に 宮柱(みやばしら) 太敷(ふとし)きいまし みあらかを 高知りまして 朝言(あさこと)に 御言(みこと)問はさず 日月(ひつき)の 数多(まね)くなりぬる そこ故(ゆゑ)に 皇子(みこ)の宮人(みやひと) ゆくへ知らずも <一には「さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす」といふ>

 

(訳)天と地とが初めて開けた時のこと、ひさかたの天の河原にたくさんの神々がお集まりになってそれぞれ統治の領分をお分けになった時に、天照らす日女(ひるめ)の神は<さしのぼる日女の神は>天上を治められることになり、一方、葦原の瑞穂(みずほ)の国を天と地の寄り合う果てまでもお治めになる貴い神として幾重にも重なる天雲をかき分けて<天雲の八重に重なるその雲を押し分けて>神々がお下し申した日の神の御子(天武天皇)は、明日香の清御原の宮に神のままにご統治になり、そして、この瑞穂の国は代々の天皇が治められるべき国であるとして、天の原の岩戸を開いて神のままに天上に上(あが)ってしまわれた。<神のままに天上に登って行かれてしまったので>、 われらが大君、皇子の命(日並皇子尊)が天の下をお治めになる世は、さぞかし、春の花のようにめでたいことであろう、満つる月のように欠けることがないであろうと、天の下の<国じゅうの>人びとみんなが大船に乗ったように安らかに思い、天の恵みの雨を仰いで待つように待ち望んでいたのに、何と思(おぼ)し召されてか、ゆかりもない真弓の岡に宮柱を太々と立てられ、御殿を高々と営まれて、朝のお言葉もおかけになることなく、そんな月日が積もりに積もってしまった。それがために皇子の宮の宮人たちは、ただただ途方に暮れている<さす竹の皇子の宮人たちはただ途方に暮れている>(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)分ちし時:統治する領分を分けた時に。(伊藤脚注)

(注)ひるめ【日孁/日霊/日女】:《日の女神の意》天照大神(あまてらすおおみかみ)の美称。ひるみ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)あしはら【葦原】の瑞穂(みずほ)の国(くに):(葦原にあるみずみずしい稲の穂が実っている国の意) 日本国の美称。豊葦原(とよあしはら)の瑞穂の国。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)はるはなの【春花の】分類枕詞:①春の花が美しく咲きにおう意から「盛り」「にほえさかゆ」にかかる。②春の花をめでる意から「貴(たふと)し」や「めづらし」にかかる。③春の花が散っていく意から「うつろふ」にかかる。(学研)ここでは②の意。

(注)もちづきの【望月の】分類枕詞①満月には欠けた所がないことから「たたはし(=満ち足りる)」や「足(た)れる」などにかかる。②満月の美しく心ひかれるところから「愛(め)づらし」にかかる。(学研)ここでは①の意

(注)たたはし 形容詞:①満ち足りている。完全無欠である。◇「たたはしけ」は上代の未然形。②いかめしく、おごそかである。威厳がある。(学研)ここでは①の意

(注)おほぶねの【大船の】分類枕詞:①大船が海上で揺れるようすから「たゆたふ」「ゆくらゆくら」「たゆ」にかかる。②大船を頼りにするところから「たのむ」「思ひたのむ」にかかる。③大船がとまるところから「津」「渡り」に、また、船の「かぢとり」に音が似るところから地名「香取(かとり)」にかかる。「おほぶねの渡(わたり)の山」(学研)ここでは②の意

(注)あまつみづ【天つ水】[枕]日照りに雨を待ち望む意から、「仰ぎて待つ」にかかる。(goo辞書)

(注)つれもなし 形容詞:①なんの関係もない。ゆかりがない。②冷淡だ。つれない。 ※「つれ」は関係・つながりの意。(学研)ここでは①の意

(注)真弓の岡:近鉄飛鳥駅の西、佐田の地(伊藤脚注)

(注)みあらか【御舎・御殿】名詞:御殿(ごてん)。 ※「み」は接頭語。上代語。(学研)

 

 

◆皇祖神之 神宮人 冬薯蕷葛 弥常敷尓 吾反将見

       (作者未詳 巻七 一一三三)

 

≪書き下し≫すめろきの神の宮人(みやひと)ところづらいやとこしくに我(わ)れかへり見む

 

(訳)代々の大君に仕えてきた大宮人たち、その大宮人たちと同じように、われらもいついつまでもやってきて、この吉野を見よう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ところずら〔‐づら〕【野老葛】[枕]① 同音の繰り返しで「常(とこ)しく」にかかる。② 芋を掘るとき、つるをたどるところから、「尋(と)め行く」にかかる。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1088)」で紹介している。

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宮人乃 蘇泥都氣其呂母 安伎波疑尓 仁保比与呂之伎 多加麻刀能美夜

      (大伴家持 巻二十 四三一五)

 

≪書き下し≫宮人(みやひと)の袖付(そでつ)け衣(ころも)秋萩(あきはぎ)ににほひよろしき高円(たかまと)の宮(みや)

 

(訳)宮仕えの女官たちの着飾っている長袖の着物、その着物の色が秋萩の花に照り映えてよく似合う、高円の宮よ。(同上)

(注)そでつけごろも【袖付け衣】:① 端袖(はたそで)のついた長袖の衣。② 袖のついた衣。肩衣(かたぎぬ)に対していう。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(学研)ここでは①の意

(注)高円の宮:…中腹には,天智天皇の皇子志貴皇子(しきのみこ)の離宮を寺としたと伝えられる白毫(びやくごう)寺がある。《万葉集》には,聖武天皇が〈高円の野〉で遊猟したときの歌や,同天皇離宮と考えられる〈高円の宮〉を詠んだ歌などがみえる。歌枕で,萩や月など秋の景物がよく詠まれる。…(コトバンク 世界大百科事典)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その37改)」で紹介している。

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「大宮人」とくれば、柿本人麻呂の吉野行幸従駕の讃歌である。

 

題詞は、「幸于吉野宮之時、柿本朝臣人麿作歌」<吉野の宮に幸(いでま)す時に、柿本朝臣人麿が作る歌>である

 

◆八隅知之 吾大王之 所聞食 天下尓 國者思毛 澤二雖有 山川之 清河内跡 御心乎 吉野乃國之 花散相 秋津乃野邊尓 宮柱 太敷座波 百磯城大宮人者 船並弖 旦川渡 舟竟 夕河渡 此川乃 絶事奈久 此山乃 弥高良思珠 水激 瀧之宮子波 見礼跡不飽可聞

                              (柿本人麻呂 巻一 三六)

 

≪書き下し≫やすみしし 我(わ)が大王(おほきみ)の きこしめす 天(あめ)の下(した)に 国はしも さはにあれども 山川(やまかは)の 清き河内(かうち)と 御心(みこころ)を 吉野の国の 花散(ぢ)らふ 秋津(あきづ)の野辺(のへ)に 宮柱(みやはしら) 太敷(ふとし)きませば ももしきの 大宮人(おほみやひと)は 舟(ふな)並(な)めて 朝川(あさかは)渡る 舟競(ぎそ)ひ 夕川(ゆふかは)渡る この川の 絶ゆることなく この山の いや高知(たかし)らす 水(みな)激(そそ)く 滝(たき)の宮処(みやこ)は 見れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)あまねく天の下を支配されるわれらが大君のお治めになる天の下に、国はといえばたくさんあるけれども、中でも山と川の清らかな河内として、とくに御心をお寄(よ)せになる吉野(よしの)の国の豊かに美しい秋津の野辺(のべ)に、宮柱をしっかとお建てになると、ももしきの大宮人は、船を並べて朝の川を渡る。船を漕ぎ競って夕の川を渡る。この川のように絶えることなく、この山のようにいよいよ高く君臨したまう、水流激しきこの滝の都は、見ても見ても見飽きることはない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)きこしめす【聞こし召す】他動詞:お治めになる。(政治・儀式などを)なさる。 ▽「治む」「行ふ」などの尊敬語。(学研)

(注)さはに【多に】副詞:たくさん。 ※上代語。(学研)

(注)かふち【河内】名詞:川の曲がって流れている所。また、川を中心にした一帯。 ※「かはうち」の変化した語。

(注)みこころを【御心を】分類枕詞:「御心を寄す」ということから、「寄す」と同じ音を含む「吉野」にかかる。「みこころを吉野の国」(学研)

(注)ちらふ【散らふ】分類連語:散り続ける。散っている。 ※「ふ」は反復継続の助動詞。上代語。(学研) 花散らふ:枕詞で「秋津」に懸る、という説も。

(注)たかしる【高知る】他動詞:立派に治める。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その771)」で紹介している。

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◆百礒城之 大宮人者 暇有也 梅乎挿頭而 此間集有

      (作者未詳 巻十 一八八三)

 

≪書き下し≫ももしきの大宮人(おほみやひと)は暇(いとま)あれや梅をかざしてここに集(つど)へる

 

(訳)宮仕えの大宮人たちは、暇があるからであろうか、梅を髪に挿して、ここ春日野に集まって遊びに興じている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あれや 分類連語:①あるのだろうか。あるからか。あるから…のか。 ▽「や」は疑問を表す。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その794-8)」で紹介している。

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 「宮人」や「大宮人」は、通常はスルーしてしまいがちであるが、このような機に、改めて見直してみるのも良いものである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「コトバンク 世界大百科事典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典