万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1411)―和歌山県かつらぎ町窪 和歌山県下水道公社 伊都浄化センターー万葉集 巻十三 三三一八

●歌は、「紀伊の国の 浜に寄るといふ 鰒玉 拾はむと言ひて 妹の山 背の山越えて ・・・」である。

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和歌山県かつらぎ町窪 和歌山県下水道公社 伊都浄化センター万葉歌碑<木製>(作者未詳)

●歌碑は、和歌山県かつらぎ町窪 和歌山県下水道公社 伊都浄化センターにある。

 

●歌をみていこう。

 

◆木國之 濱因云 鰒珠 将拾跡云而 妹乃山 勢能山越而 行之君 何時来座跡 玉桙之 道尓出立 夕卜乎 吾問之可婆 夕卜之 吾尓告良久 吾妹兒哉 汝待君者 奥浪 来因白珠 邊浪之 緑<流>白珠 求跡曽 君之不来益 拾登曽 公者不来益 久有 今七日許 早有者 今二日許 将有等曽 君者聞之二々 勿戀吾妹

       (作者未詳 巻十三 三三一八)

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<書き下し>紀伊の国(きのくに)の 浜に寄るといふ 鰒玉(あはびだま) 拾(ひり)はむと言ひて 妹(いも)の山 背(せ)の山越えて 行きし君 いつ来まさむと 玉桙(たまほこ)の 道に出(い)で立ち 夕占(ゆふうら)を 我(わ)が問ひしかば 夕占の 我(わ)れに告(つ)ぐらく 我妹子(わぎもこ)や 汝(な)が待つ君は 沖つ波 来寄(きよ)る白玉(しらたま) 辺(へ)つ波の 寄する白玉 求むとぞ 君が来まさぬ 拾(ひり)ふとぞ 君は来まさぬ 久(ひさ)ならば いま七日(なぬか)だみ 早くあらば いま二日(ふつか)だみ あらむとぞ 君は聞こしし な恋ひそ我妹(わぎも)

 

(訳)紀伊の国の浜辺にうち寄せるという真珠の玉、その玉を拾って来ようと言って、妹の山も背の山もどんどん越えて行った君、あの方はいつ帰って来られるかと、玉桙の道辻(みちつじ)に出て立って、夕占に問うたところ、夕占が私にお告げになった、「いとしき者よ、そなたが待っている背の君は、沖の波とともに寄って来る白玉、岸辺の波の寄せる白玉、その白玉を手に入れようと、まだ帰って来られないのだ。それを拾おうと、まだ帰って来られないのだ。“長くてもあと七日ばかり、早ければもう二日ばかりかかる”と背の君はおっしゃっていた。そんなに恋しがることはない、いとしき者よ」と。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)鰒玉:真珠。(伊藤脚注)

(注)妹(いも)の山 背(せ)の山:今からおよそ1350年前「大化の改新」の詔によって、畿内国の南限(朝廷が治める国の南の境)が兄山(かつらぎ町の背山)と定められました。兄とは、兄の君(背の君・兄弟)を表し妹も妻・娘への敬称である。兄山(背山)は二つの峰がなかよく並んでいるので、妹山・背山(妹背山)といわれている。

また、紀の川をはさんで左がわの台地のような山を妹山、それに対して右がわの山を背山と呼び、おたがいに向かい合っている情景から妹背山と見立てている。(かつらぎ町HP)

(注)ゆふうら【夕占・夕卜】名詞:「ゆふけ」に同じ。

(注の注)ゆふけ【夕占・夕卜】名詞:夕方、道ばたに立って、道行く人の言葉を聞いて吉凶を占うこと。夕方の辻占(つじうら)。「ゆふうら」とも。 ※上代語。(学研)

(注)「我妹子や 汝が待つ君は・・・以下」:夕占の答え。(伊藤脚注)

 

 「反歌」四首もみてみよう。

 

◆杖衝毛 不衝毛吾者 行目友 公之将来 道之不知苦

       (作者未詳 巻十三 三三一九)

 

≪書き下し≫杖(つゑ)つきもつかずも我(わ)れは行かめども君が来(き)まさむ道の知らなく

 

(訳)杖を突いてでも突かないででも、何とでもして私はお迎えに行きたいのですが、あなたが帰って来られる道筋がわからなくて。(同上)

 

 

◆直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見

       (作者未詳 巻十三 三三二〇)

 

≪書き下し≫直(ただ)に行かずこゆ巨勢道(こせぢ)から石瀬(いはせ)踏(ふ)み求めぞ我(わ)が来(こ)し恋ひてすべなみ

 

(訳)まっすぐには行かずにこっちからお越しという巨勢道を通って、石瀬を踏み踏み、あなたを探し求めて私はやって来ました。恋しくてどうしようもないので。(同上)

(注)こゆ巨勢道:こっちからお越しという巨勢道。「巨勢」に「来す」の命令形「来せ」を懸ける。(伊藤脚注)

(注の注)こせぢ【巨勢路・巨勢道】名詞:巨勢地方(今の奈良県御所(ごせ)市の南西部)を通る道。(学研)

(注)いはせ【岩瀬・石瀬】名詞:岩の多い川の浅瀬。(学研)

(注)求めぞ:いたたまれず、探しにやって来た(伊藤脚注)

 

 

◆左夜深而 今者明奴登 開戸手 木部行君乎 何時可将待

       (作者未詳 巻十三 三三二一)

 

≪書き下し≫さ夜更(よふ)けて今は明けぬと戸を開(あ)けて紀伊(き)へ行く君をいつとか待たむ

 

(訳)夜中が過ぎるのを待ち受けて、今はもう夜は明けたと戸を開けるなり、さっさと紀伊の国へ行かれた方、あの方のお帰りを、いつと思ってお待ちしたらよいのでしょうか。(同上)

 

◆門座 郎子内尓 雖至 痛之戀者 今還金

       (作者未詳 巻十三 三三二二)

 

≪書き下し≫門(かど)に居(ゐ)し郎子(いらつこ)宇智(うち)に至(いた)るともいたくし恋ひば今帰り来(こ)む

 

(訳)戸を開けて門に立っていた御仁、御仁は紀伊間近の宇智に到り着いたとしても、そなたが心底恋い焦がれているなら、すぐにも帰って来よう。(同上)

(注)門に居し郎子:さっきまで門口にいたあの方は。以下、前歌に答えた夕占のお告げ。(伊藤脚注)

(注)いらつこ【郎子】名詞:上代、若い男性を親しんで呼んだ語。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。[反対語] 郎女(いらつめ)。(学研)

(注)いたく【甚く】副詞:①はなはだしく。ひどく。②うまく③〔下に打消の語を伴って〕それほど。たいして。 ⇒参考:形容詞「いたし」の連用形から生じた。ウ音便で「いたう」とも。(学研)ここでは①の意

 

 

厳島神社船岡山)➡伊都浄化センター■

 

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伊都浄化センター前万葉歌碑(木製)と24号線を挟んで「道の駅 紀の川万葉の里」

 24号線の交差点「小島」を右折、ほどなく三叉路「背ノ山」を過ぎるとすぐに右手に「道の駅 紀の川万葉の里」と向かいの「伊都浄化センター」が見えてくる。

 歌碑(木製)は歩道上に道の駅を見据えて建てられている。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「かつらぎ町HP」