万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1421)―和歌山県橋本市隅田町真土古道飛び越え石への途中山側―万葉集 巻六 一〇一九

●歌は、「石上 布留の命は たわや女の 惑ひによりて 馬じもの 綱取り付け 鹿じもの 弓矢囲みて 大君の 命畏み 天離る 鄙辺に罷る 古衣 真土山より 帰り来ぬかも」である。

和歌山県橋本市隅田町真土古道飛び越え石への途中山側万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、和歌山県橋本市隅田町真土古道飛び越え石への途中山側にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆石上 振乃尊者 弱女乃 或尓縁而 馬自物 縄取附 肉自物 弓笶圍而 王 命恐 天離 夷部尓退 古衣 又打山従 還来奴香聞

      (作者未詳 巻六 一〇一九)

 

≪書き下し≫石上(いそのかみ) 布留(ふる)の命(みこと)は たわや女(め)の 惑(まど)ひによりて 馬じもの 綱(つな)取り付け 鹿(しし)じもの 弓矢囲(かく)みて 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み 天離(あまざか)る 鄙辺(ひなへ)に罷(まか)る 古衣(ふるころも) 真土山(まつちやま)より 帰り来(こ)ぬかも

 

(訳)石上布留の命は、たわやかな女子(おなご)の色香に迷ったために、まるで、馬であるかのように縄をかけられ、鹿であるかのように弓矢で囲まれて、大君のお咎(とが)めを恐れ畏んで遠い田舎に流されて行く。古衣をまた打つという真土山、その国境の山から、引き返して来ないものだろうか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)いそのかみ【石の上】分類枕詞:今の奈良県天理市石上付近。ここに布留(ふる)の地が属して「石の上布留」と並べて呼ばれたことから、布留と同音の「古(ふ)る」「降る」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)石上乙麻呂であるから「石上布留の命」(石上布留の殿様)と詠い出し、見送る都人の気持ちで詠った形である。

(注)うまじもの【馬じもの】副詞:(まるで)馬のように。(学研)

(注)ししじもの【鹿じもの・猪じもの】分類枕詞:鹿(しか)や猪(いのしし)のようにの意から「い這(は)ふ」「膝(ひざ)折り伏す」などにかかる。(学研)

(注)ふるごろも【古衣】〔「ふるころも」とも〕( 枕詞 ):古衣をまた打って柔らかくすることから、「また打つ」の類音の地名「まつちの山」にかかる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その761)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 中西 進氏は、その著「古代史で楽しむ万葉集」(角川ソフィア文庫)のなかで、天平十一年‘739年)ごろ、中臣宅守と狭野弟上娘子との「愛の私小説」ともいえる歌物語(巻十五 三七二三から三七八五歌)に関して、「少なくとも政治の上にみた人間像は、暗く人間不信の淵に沈んでいたが、同じ人間の中に、恋において人間の輝きを見いだしたことは、天平貴族の皮肉な運命だった。」と書かれている。

 さらに、上述の石上乙麻呂に関わる歌について、「同じ天平十、十一年ごろ、もうひとつの恋が都の人びとの心をうった。石上乙麻呂とは左大臣麻呂の子、名望をになった俊才で、高貴な風貌の持ち主であった。・・・その乙麻呂が、久米若売(くめのわかめ)・・・藤原宇合の妻で、夫の死後、なお喪に服している時であったが・・・恋におちる。・・・名門の貴公子と若き未亡人の恋、しかも、その結果は乙麻呂の土佐配流となってみれば、都の人びとはいっそう関心を彼らに抱いた。」「万葉集には・・・物語ふうに土佐配流が歌われている。第一首が時の人の歌、第二首が若売、第三首が乙麻呂自身というように。全体稚拙な物言いで巷間の無名の作者を思わせるが、それほどに浸透するまで、人びとの同情を得たのである。・・・権謀術策にとりまかれた天平の人々にとって、恋にしか真実の世界がなかったことが、このように恋を切なくしたのだろう。そして彼らはその切なさへの共感の中に己れを忘れさせることができた。」と書かれている。

 万葉集の恋の歌物語が時代の世相を反映して人々の胸に突き刺さっていたとは、万葉集のすごみすら伝わって来るのである。

 

 

■古道飛び越え石下り入口➡飛び越え石への途中■

 下り入口、笠金村の歌碑のところから下りて行くと左手に「万葉池」がありそこを過ぎると視界が開ける不思議な空間である。万葉池の先あたりが沢と思い込んでいたので、その期待をものの見事に裏切る空間、しかも休耕田に今の季節の菜の花畑が広がっている。すぐ右手に書物風の歌碑がある。なんとそこから国道24号線の方へ目をやると、駐車場が遠望できるのである。

 お母さんは、子供たちに「四季それぞれの風景をみるのもいいものだね。」「ここおばあちゃんと来たことがある。菜の花がきれい!」と会話が弾んでいる。

 菜の花畑の空間を通り過ぎ、沢への入口から下に下りて行くのである。入口近くには「とびこえ休憩所」がある。

 駐車場からは、国道24号線を横断し「とびこえ休憩所」を経由して飛び越え石のところに下りて行くのが通常のルートである。

 略地図でみたイメージと異なり随分遠回りしたものである。駐車場からは素直に案内に従って行かれることをおすすめします。

 分かったつもりの大誤算。とても冬山登山などできたものではない。もっとも体力的に考えてもだが。

 お母さんのご親切な先導がなかったら、駐車場に戻って仕切り直しをしているころである。今考えても有り難い。

 困っている人にあったら、恩返しをしないと、と強く思った。

駐車場に戻る途中24号線からの歌碑の遠望



 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」