万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1424、1425)―歌碑は、奈良県五條市 飛び越え石東側、真土峠手前国道24号線沿い―万葉集 巻九 一六八〇

―その1424―

●歌は、「あさもよし紀伊へ行く君が真土山越ゆらむ今日ぞ雨な降りそね」である。

奈良県五條市 飛び越え石東側万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、奈良県五條市 飛び越え石東側にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「後人歌二首」<後人(こうじん)の歌二首>である。

(注)後人:旅に出ず残った人。待つ妻。(伊藤脚注)

 

◆朝裳吉 木方徃君我 信土山 越濫今日曽 雨莫零根

       (作者未詳 巻九 一六八〇)

 

≪書き下し≫あさもよし紀伊(き)へ行く君が真土山(まつちやま)越ゆらむ今日(けふ)ぞ雨な降りそね

 

(訳)紀伊の国に向けて旅立たれたあの方が、真土山、あの山を越えるのは今日なのだ。雨よ、降らないでおくれ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あさもよし【麻裳よし】分類枕詞:麻で作った裳の産地であったことから、地名「紀(き)」に、また、同音を含む地名「城上(きのへ)」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)まつちやま【真土山】:奈良県五條市和歌山県橋本市との境にある山。吉野川(紀ノ川)北岸にある。[歌枕](コトバンク デジタル大辞泉

 

 

―その1425-

●歌は、「あさもよし紀伊人羨しも真土山行き来と見らむ紀伊人羨しも」である。

奈良県五條市 真土峠手前国道24号線沿い万葉歌碑(作者未詳)



●歌碑は、奈良県五條市 真土峠手前国道24号線沿いにある。

 

●歌をみていこう。

 

◆朝毛吉 木人乏母 亦打山 行来跡見良武 樹人友師母

      (調首淡海 巻一 五五)

 

≪書き下し≫あさもよし紀伊人(きひと)羨(とも)しも真土山(まつちやま)行き来(く)と見らむ紀伊人羨しも

 

(訳)麻裳(あさも)の国、紀伊(き)の人びとは羨ましいな。この真土山を行くとて来(く)とていつもいつも眺められる、紀伊の人びとは羨ましいな。(『万葉集 一』 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あさもよし【麻裳よし】分類枕詞:麻で作った裳の産地であったことから、地名「紀(き)」に、また、同音を含む地名「城上(きのへ)」にかかる。(学研)

(注)ともし【羨し】 形容詞: ①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。(学研)

(注)真土山:大和・紀伊の国境、紀ノ川右岸にある山。飛鳥から一泊目の地。

(注)ゆきく【行き来】自動詞:行ったり来たりする。往来する。(学研)

 

 

 「真土山」を詠んだ歌は八首が収録されている。

 改めて、八首をまとめてみてみよう。(原文と書き下しのみ)

 

■巻一 五五歌■

◆朝毛吉 木人乏母 亦打山 行来跡見良武 樹人友師母 (調首淡海)

 

≪書き下し≫あさもよし紀伊人(きひと)羨(とも)しも真土山(まつちやま)行き来(く)と見らむ紀伊人羨しも

 

■巻三 二九八歌■

亦打山 暮越行而 廬前乃 角太川原尓 獨可毛将宿

       (弁基 巻三 二九八)

 

≪書き下し≫真土山(まつちやま)夕(ゆふ)越え行きて廬前(いほさき)の角太(すみだ)川原(かはら)にひとりかも寝(ね)む

 

■巻四 五四三歌■

天皇行幸乃随意 物部乃 八十伴雄与 出去之 愛夫者 天翔哉 軽路従 玉田次 畝火乎見管 麻裳吉 木道尓入立 真土山 越良武公者 黄葉乃 散飛見乍 親 吾者不念 草枕 客乎便宜常 思乍 公将有跡 安蘇々二破 且者雖知 之加須我仁 黙然得不在者 吾背子之 徃乃萬々 将追跡者 千遍雖念 手弱女 吾身之有者 道守之 将問答乎 言将遣 為便乎不知跡 立而爪衝

       (笠金村 巻四 五四三)

 

≪書き下し≫大君の 行幸(みゆき)のまにま もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)と 出で行きし 愛(うるは)し夫(づま)は 天(あま)飛ぶや 軽(かる)の路(みち)より 玉たすき 畝傍(うねび)を見つつ あさもよし 紀伊道(きぢ)に入り立ち 真土(まつち)山 越ゆらむ君は 黄葉(もみちば)の 散り飛ぶ見つつ にきびにし 我(わ)れは思はず 草枕 旅をよろしと 思ひつつ 君はあらむと あそそには かつは知れども しかすがに 黙(もだ)もえあらねば 我(わ)が背子(せこ)が 行きのまにまに 追はむとは 千(ち)たび思へど たわや女(め)の 我(あ)が身にしあれば 道守(みちもり)の 問はむ答(こた)へを 言ひやらむ すべを知らにと 立ちてつまづく

 

■巻六 一〇一九歌■

◆石上 振乃尊者 弱女乃 或尓縁而 馬自物 縄取附 肉自物 弓笶圍而 王 命恐 天離 夷部尓退 古衣 又打山従 還来奴香聞

      (作者未詳 巻六 一〇一九)

 

≪書き下し≫石上(いそのかみ) 布留(ふる)の命(みこと)は たわや女(め)の 惑(まど)ひによりて 馬じもの 綱(つな)取り付け 鹿(しし)じもの 弓矢囲(かく)みて 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み 天離(あまざか)る 鄙辺(ひなへ)に罷(まか)る 古衣(ふるころも) 真土山(まつちやま)より 帰り来(こ)ぬかも

 

■巻七 一一九二歌■

◆白栲尓 丹保布信土之 山川尓 吾馬難 家戀良下

       (作者未詳 巻七 一一九二)

 

≪書き下し≫白栲(しろたへ)ににほふ真土(まつち)の山川(やまがわ)に我(あ)が馬なづむ家恋ふらしも

 

■巻九 一六八〇歌■

◆朝裳吉 木方徃君我 信土山 越濫今日曽 雨莫零根

       (作者未詳 巻九 一六八〇)

 

≪書き下し≫あさもよし紀伊(き)へ行く君が真土山(まつちやま)越ゆらむ今日(けふ)ぞ雨な降りそね

 

■巻十二 三〇〇九歌■

◆橡之 衣解洗 又打山 古人尓者 猶不如家利

     (作者未詳 巻十二 三〇〇九)

 

≪書き下し≫橡(つるはみ)の衣(きぬ)解(と)き洗ひ真土山(まつちやま)本(もと)つ人にはなほ及(し)かずけり

 

■巻十二 三一五四歌■

◆乞吾駒 早去欲 亦打山 将待妹乎 去而速見牟

       (作者未詳 巻十二 三一五四)

 

≪書き下し≫いで我が駒早く行きこそ真土山待つらむ妹を行きて早見む

 

 

■巻一 五五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1419)」で紹介している。

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■巻三 二九八歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1417)」で紹介している。

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■巻四 五四三歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1420)」で紹介している。

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■巻六 一〇一九歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1421)」で初会している。

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■巻七 一一九二歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1415)」で紹介している。

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■巻九 一六八〇歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1418)」で紹介している。

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■巻十二 三〇〇九歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1422)」で紹介している。

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■巻十二 三一五四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1423)」で紹介している。

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 和歌山県かつらぎ町橋本市奈良県五條市の歌碑めぐりは本稿で終わりとなります。

 次稿からは愛知県知立市豊田市安城市西尾市蒲郡市静岡県浜松市の歌碑巡りを紹介いたします。

 よろしくお付き合いお願い申し上げます。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉