万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1435,1436)―愛知県蒲郡市西浦町 万葉の小径(P3、P4)―万葉集 巻二 二二一、巻十四 三三七六

―その1435―

●歌は、「妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや」である。

愛知県蒲郡市西浦町 万葉の小径(P3)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂

●歌碑(プレート)は、愛知県蒲郡市西浦町 万葉の小径(P3)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞、「讃岐狭岑嶋視石中死人柿本朝臣人麿作歌一首并短歌」<讃岐(さぬき)の狭岑(さみねの)島にして、石中(せきちゅう)の死人(しにん)を見て、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首并(あは)せて短歌>の長歌(二二〇歌)と反歌二首(二二一、二二二歌)のうちの一首である。

(注)狭岑(さみねの)島:香川県塩飽諸島中の沙美弥島。今は陸続きになっている。(伊藤脚注)

(注)石中の死人:海岸の岩の間に横たわる死人。(伊藤脚注)

 

 

◆妻毛有者 採而多宜麻之 作美乃山 野上乃宇波疑 過去計良受也

      (柿本人麻呂 巻二 二二一)

 

≪書き下し≫妻もあらば摘みて食(た)げまし沙弥(さみ)の山野(の)の上(うへ)のうはぎ過ぎにけらずや

 

(訳)せめて妻でもここにいたら、一緒に摘んで食べることもできたろうに、狭岑のやまの野辺一帯の嫁菜(よめな)はもう盛りが過ぎてしまっているではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)たぐ【食ぐ】[動]:食う。飲む。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)うはぎ:ヨメナの古名。

(注の注)よめな【嫁菜】:キク科の多年草。水田のあぜなど湿った所に生える野菊で、高さ30〜90センチ。地下茎で増え、葉は細くて縁に粗いぎざぎざがある。秋、周囲が紫色で中央が黄色の頭状花を開く。春の若葉は食用。おはぎ。うはぎ。はぎな。よめがはぎ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

「よめな」 (weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました。)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1280)」で、長歌(二二〇歌)ならびに二二二歌はブログ拙稿「同(その1281)」で紹介している。

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 「うはぎ」は二首が収録されている。もう一首をみてみよう。

 

 

◆春日野尓 煙立所見 ▼嬬等四 春野之菟芽子 採而▽良思文

       (作者未詳 巻十 一八七九)

        ※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

      ※※▽は、「者」の下に「火」である。「煮る」である。

 

≪書き下し≫春日野(かすがの)に煙立つ見(み)ゆ娘子(をとめ)らし春野(はるの)のうはぎ摘(つ)みて煮(に)らしも

 

(訳)春日野に今しも煙が立ち上っている、おとめたちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うはぎ:よめなの古名。

(注)らし [助動]活用語の終止形、ラ変型活用語の連体形に付く。:①客観的な根拠・理由に基づいて、ある事態を推量する意を表す。…らしい。…に違いない。② 根拠や理由は示されていないが、確信をもってある事態の原因・理由を推量する意を表す。…に違いな

[補説] 語源については「あ(有)るらし」「あ(有)らし」の音変化説などがある。奈良時代には盛んに用いられ、平安時代には①の用法が和歌にみられるが、それ以後はしだいに衰えて、鎌倉時代には用いられなくなった。連体形・已然形は係り結びの用法のみで、また奈良時代には「こそ」の結びとして「らしき」が用いられた。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1058)」で紹介している。

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―その1436―

●歌は、「恋しければ袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ」である。

愛知県蒲郡市西浦町 万葉の小径(P4)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、愛知県蒲郡市西浦町 万葉の小径(P4)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米

       (作者未詳 巻十四 三三七六)

 

≪書き下し≫恋(こひ)しけば袖(そで)も振らむを武蔵野(むざしの)のうけらが花の色に出(づ)なゆめ

 

(訳)恋しかったら私は袖でも振りましょうものを。しかし、あなたは、武蔵野のおけらの花の色のように、おもてに出す。そんなことをしてはいけませんよ。けっして。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)うけら【朮】名詞:草花の名。おけら。山野に自生し、秋に白や薄紅の花をつける。根は薬用。(学研)

 

 「うけら」を詠んだ歌は三首収録されている、三三七六歌の「或る本に日はく」とある歌を入れると四首になる。

 

 四首の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その340)」で紹介している。

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「うけら」(現代名おけら)について、熊本大学薬学部薬草園「植物データベース」には次の様に書かれている。

「産地と分布:本州、四国、九州、および朝鮮、中国東北部に分布し、日当たりのよい山地の乾いた所に多い。

 植物解説:多年草。根茎は長く、草丈30~60 cm。硬くて円柱形。葉は互生、長柄があり、羽裂または楕円形。枝の頂に白色または紅色の頭花を付ける。雌雄異株。オケラの語源は古名ウケラがなまったものとされるが、ウケラの語源は不明、

 薬効と用途:健胃、利水(体の水分代謝を調える)作用があり、食欲不振、腹部膨満、下痢などの症状に用いる。漢方処方では帰脾湯、半夏白朮天麻湯などに配合される。(後略)」

「おけら」 熊本大学薬学部薬草園「植物データベース」より引用させていただきました。



 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「熊本大学薬学部薬草園『植物データベース』」