万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1466、1467、1468)―愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P4、P5、P6)―万葉集 巻三 二五九、巻三 二九九、巻三 三三四

―その1466―

●歌は、「いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P4)万葉歌碑<プレート>(鴨君足人)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P4)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 鉾椙之本尓 薜生左右二

       (鴨君足人 巻三 二五九)

 

≪書き下し≫いつの間(ま)も神(かむ)さびけるか香具山(かぐやま)の桙杉(ほこすぎ)の本(もと)に苔(こけ)生(む)すまでに

 

(訳)いつの間にこうも人気がなく神さびてしまったのか。香具山の尖(とが)った杉の大木の、その根元に苔が生すほどに。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ほこすぎ【矛杉・桙杉】:矛のようにまっすぐ生い立った杉。(広辞苑無料検索)

(注)桙杉(ほこすぎ)の本(もと):矛先の様にとがった、杉の大木のその根元。(伊藤脚注)

 

 二五七から二五九歌の題詞は、「鴨君足人香具山歌一首 幷短歌」<鴨君足人(かものきみたりひと)が香具山(かぐやま)の歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)鴨君足人:伝未詳

(注)持統十一年(697年)頃、高市皇子の香具山周辺の荒廃を嘆く歌か。

 二五七、二五八歌ならびに題詞「或本の歌に日はく」の二六〇歌もみてみよう。

 

◆天降付 天之芳来山 霞立 春尓至婆 松風尓 池浪立而 櫻花 木乃晩茂尓 奥邊波 鴨妻喚 邊津方尓 味村左和伎 百礒城之 大宮人乃 退出而 遊船尓波 梶棹毛 無而不樂毛 己具人奈四二

       (鴨君足人 巻三 二五七)

 

≪書き下し≫天降(あも)りつく 天(あめ)の香具山 霞(かすみ)立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花(さくらばな) 木(こ)の暗茂(くれしげ)に 沖辺(おきへ)には 鴨(かも)妻(つま)呼(よ)ばひ 辺(へ)つ辺(へ)に あぢ群騒(むらさわ)き ももしきの 大宮人(おおみやひと)の 退(まか)り出(で)て 遊ぶ船には 楫棹(かぢさを)も なくてさぶしも 漕(こ)ぐ人なしに

 

(訳)天から降って居ついたという天の香具山、この山では、霞のかかる春になると、松を渡る風に麓の池の波が立て、桜の花も木蔭いっぱいに咲き乱れ、池の沖の方には鴨がつがいを呼び、岸辺ではあじ鴨の群れが騒いでいるけれども、ももしきの宮仕えの人びとが御殿から退出していつも遊んだ船には、今や櫂(かい)も棹(さお)もなくて物さびしい。船を漕ぐ人もいなくて。(同上)

(注)あもりつく【天降り付く】の解説:[枕]香具山 (かぐやま) が天上から降ったという伝説から、「天の香具山」「神の香具山」にかかる。(goo辞書)

(注)かすみたつ【霞立つ】分類枕詞:「かす」という同音の繰り返しから、地名の「春日(かすが)」にかかる。「かすみたつ春日の里」(学研)>春の枕詞。(伊藤脚注)

(注)このくれ【木の暗れ・木の暮れ】名詞:木が茂って、その下が暗いこと。また、その暗い所。「木の暮れ茂(しげ)」「木の暮れ闇(やみ)」とも。(学研)

(注)へつ【辺つ】分類連語:海辺近くの。岸辺の。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。(学研)

(注)あぢ【䳑】名詞:水鳥の名。秋に飛来し、春帰る小形の鴨(かも)。あじがも。ともえがも。(学研)

 

 

◆人不榜 有雲知之 潜為 鴦与高部共 船上住

       (鴨君足人 巻三 二五八)

 

≪書き下し≫人漕がずあらくもしるし潜(かづ)きする鴛鴦(をし)とたかべと船の上(うへ)に棲(す)む

 

(訳)誰も船を漕がなくなったことは見た目にも明らかだ。水にもぐる鴛鴦(おしどり)とたかべとが、その船の上に棲みついている。(同上)

(注)しるし【著し】形容詞:①はっきりわかる。明白である。②〔「…もしるし」の形で〕まさにそのとおりだ。予想どおりだ。(学研)

(注)をし【鴛鴦】名詞:おしどりの古名。(学研)

(注)高部(読み方:タカベ):コガモの別称。ガンカモ科の鳥(weblio辞書 動物名辞典)

 

 

題詞は、「或本歌云」<或本の歌に日はく>である。

 

◆天降就 神乃香山 打靡 春去来者 櫻花 木暗茂 松風丹 池浪飆 邊都遍者 阿遅村動 奥邊者 鴨妻喚 百式乃 大宮人乃 去出 榜来舟者 竿梶母 無而佐夫之毛 榜与雖思

       (作者未詳 巻三 二六〇)

 

≪書き下し>天降(あも)りつく 神(かみ)の香具山 うち靡(なび)く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に 松風に 池波立ち 辺つ辺には あぢ群騒き 沖辺には 鴨妻呼ばひ ももしきの 大宮人の 退り出て 漕ぎける船は 棹楫も なくて寂しも 漕がむと思へど

 

(訳)天から降って居ついた神山である天の香具山、この山に草木の靡く春がやってくると、桜の花が木蔭いっぱいに咲き乱れ、松を渡る風に、麓の池の波が立ち、その岸辺にはあじ鴨の群れが騒ぎ、沖の方には鴨がつがいを呼んでいる。だがしかし、ももしきの宮仕えの人びとが御殿から退出していつもここで漕いでいた船には、今や棹(さお)や櫂(かい)もなく、物さびしい。その船を漕いでみようと思ったものの。(同上)

(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。(学研)

 

左注は、「右今案 遷都寧樂之後怜舊作此歌歟」<右は、今案(かむが)ふるに、寧樂(なら)に遷都したる後に、旧(いにしへ)を怜(あはれ)びてこの歌を作るか>である。

(注)右:二六〇歌をさす。以下、或本歌を補った後の編者の注。(伊藤脚注)

(注)遷都は和銅三年(710年)三月十日(伊藤脚注)

 

 苔生す情景は時間的経過をそして静寂を感じさせる。

 

220112秋篠寺で撮影

 

 

―その1467―

●歌は、「奥山の菅の葉しのぎ降る雪の消なば惜しけむ雨な降りそね」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P5)万葉歌碑<プレート>(大伴安麻呂

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P5)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「大納言大伴卿歌一首  未詳」<大納言大伴卿(おほとものまへつきみ)歌一首  未詳>である。

(注)大納言大伴卿:旅人の父、安麻呂らしいが、未詳となっている。

 

◆奥山之 菅葉凌 零雪乃 消者将惜 雨莫零行年

        (大伴安麻呂 巻三 二九九)

 

≪書き下し≫奥山の菅の葉しのぎ降る雪の消なば惜しけむ雨な降りそね

 

(訳)奥山の菅の葉を押し伏せては降り積もる雪、この雪が消えてしまっては誰にとっても残念であろう。雨よ降らないでおくれ。(同上)

(注)すが【菅】名詞:草の名。すげ。(学研)

(注の注)すげ【菅】:カヤツリグサ科スゲ属の多年草の総称。至る所に生え、カサスゲ・マスクサ・コウボウムギ・カンスゲなど日本には約200種ある。茎は三角柱で節はない。葉は線形で、根生。葉の間から茎を直立させ、小穂をつける。葉を刈って、笠・蓑みの・縄などの材料とする。すが。(コトバンク デジタル大辞泉

(注の注の注)かやつりぐさ【蚊帳吊草】① カヤツリグサ科の一年草。畑や荒れ地に生え、高さ約40センチ。茎は三角柱、葉は線形。夏、茎の先に葉状の長い苞(ほう)をもつ黄褐色の穂を出す。茎を裂くと四辺形となり、蚊帳をつったように見える。かちょうぐさ。しゃそう。② カヤツリグサ科の単子葉植物の総称。草本。茎は断面が三角形をし、花は風媒花。アゼガヤツリ・コゴメガヤツリ・カミガヤツリ・クログワイなども含まれ、4000種が世界に分布。(weblio辞書 デジタル大辞泉

カヤツリグサのなかま、ヒメクグ/撮影・広瀬雅敏氏 「weblio辞書 デジタル大辞泉」より引用させていただきました。

 

 

 この歌ならびに大伴安麻呂の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その900)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

―その1468―

●歌は、「忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P6)万葉歌碑<プレート>(大伴旅人

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P6)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為

      (大伴旅人 巻三 三三四)

 

≪書き下し≫忘れ草我(わ)が紐(ひも)に付く香具山の古りにし里を忘れむがため

 

(訳)忘れ草、憂いを忘れるこの草を私の下紐に付けました。香具山のあのふるさと明日香の里を、いっそのこと忘れてしまうために。(同上)

(注)わすれぐさ【忘れ草】名詞:草の名。かんぞう(萱草)の別名。身につけると心の憂さを忘れると考えられていたところから、恋の苦しみを忘れるため、下着の紐(ひも)に付けたり、また、垣根に植えたりした。歌でも恋に関連して詠まれることが多い。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その506)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「忘れ草」を詠んだ歌は五首収録されている。これらはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その334)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

「わすれぐさ」>ヤブカンゾウ 「熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース」より引用させていただきました。



 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「weblio辞書 動物名辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「広辞苑無料検索」

★「熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース」