―その1469―
●歌は、「ひさかたの天の原より生れ来たる神の命奥山の賢木の枝に・・・」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P7)にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「大伴坂上郎女祭神歌一首并短歌」<大伴坂上郎女、神を祭る歌一首并せて短歌>である。
◆久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者祈奈牟 君尓不相可聞
(大伴坂上郎女 巻三 三七九)
≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の原(はら)より 生(あ)れ来(き)たる 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝(えだ)に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿(しし)じもの 膝(膝)折り伏して たわや女(め)の 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 我(わ)れは祈(こ)ひなむ 君に逢はじかも
(訳)高天原の神のみ代から現われて生を継いで来た先祖の神よ。奥山の賢木の枝に、白香(しらか)を付け木綿(ゆう)を取り付けて、斎瓮(いわいべ)をいみ清めて堀り据え、竹玉を緒(お)にいっぱい貫き垂らし、鹿のように膝を折り曲げて神の前にひれ伏し、たおやめである私が襲(おすい)を肩に掛け、こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう。それなのに、我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)さかき【榊/賢木】:《栄える木の意か。一説に境の木の意とも》⓵ 神木として神に供せられる常緑樹の総称。② ツバキ科の常緑小高木。関東以西の山林中に自生し、高さ約5メートル。葉は互生し、やや倒卵形で先が細く、つやがあって堅い。夏、白い花をつけ、実は熟すと黒くなる。神事に用い、神社などによく植えられる。《季 花=夏》(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)しらか【白香】名詞:麻や楮(こうぞ)などの繊維を細かく裂き、さらして白髪のようにして束ねたもの。神事に使った。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(学研)
(注)いはひべ【斎ひ瓮】名詞:神にささげる酒を入れる神聖な甕(かめ)。土を掘って設置したらしい。(学研)
(注)たかだま【竹玉・竹珠】名詞:細い竹を短く輪切りにして、ひもを通したもの。神事に用いる。(学研)
(注)しじに【繁に】副詞:数多く。ぎっしりと。びっしりと。(学研)
(注)ししじもの【鹿じもの・猪じもの】分類枕詞:鹿(しか)や猪(いのしし)のようにの意から「い這(は)ふ」「膝(ひざ)折り伏す」などにかかる。(学研)
(注)おすひ【襲】名詞:上代の上着の一種。長い布を頭からかぶり、全身をおおうように裾(すそ)まで長く垂らしたもの。主に神事の折の、女性の祭服。(学研)
(注)だにも 分類連語:①…だけでも。②…さえも。 ※なりたち副助詞「だに」+係助詞「も」
(注)君に逢はじかも:祖神の中に、亡夫宿奈麻呂を封じ込めた表現
この歌ならびに短歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1079)」で紹介している。
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「weblio辞書 植物図鑑」によると、「さかき (榊)」は、「わが国の本州、茨城県以南から四国、九州それに台湾や中国に分布しています。幹は直立し、高さは8~10メートルになります。葉は狭長楕円形または卵状長楕円形で互生し、光沢のある革質です。6月から7月ごろ、葉腋に小さな白い5弁花を咲かせます。名前は、常に青々とした栄木(さかえき)または神の鎮まる地の境木(さかひき)から。」と書かれている。
―その1470―
●歌は、「我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P8)にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「天平二年庚午冬十二月大宰帥大伴卿向京上道之時作歌五首」<天平二年庚午(かのえうま)の冬の十二月に、大宰帥(だざいのそち)大伴卿(おほとものまへつきみ)、京に向ひて道に上る時に作る歌五首>
◆吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉
(大伴旅人 巻三 四四六)
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が見し鞆(とも)の浦のむろの木は常世(とこよ)にあれど見し人ぞなき
(訳)いとしいあの子が行きに目にした鞆の浦のむろの木は、今もそのまま変わらずにあるが、これを見た人はもはやここにはいない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)むろのき【室の木・杜松】分類連語:木の名。杜松(ねず)の古い呼び名。海岸に多く生える。(学研)
(注の注)ねずみさし【鼠刺】:ヒノキ科の常緑樹ネズの別名。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注の注の注)ねずみさし【鼠刺】:わが国の本州から四国・九州それに朝鮮半島や中国北部に分布しています。丘陵から山地の尾根などの痩せ地に生え、高さは5~10メートルになります。樹皮は赤みを帯びた灰褐色で、薄く剥離します。葉は針状で3輪生します。雌雄異株で、4月ごろ前年枝の葉腋に黄褐色の花を咲かせます。果実は球形で、翌年または翌々年の秋に熟します。和名は、枝をネズミの通り道に置いておくと嫌がる ので、ネズミよけにしたことから。別名で「ネズ(杜松)」とも呼ばれます。(weblio辞書 植物図鑑)
四四六から四五〇歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その895)」で紹介している。
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―その1471―
●歌は、「いかならむ時にか妹を葎生の汚なきやどに入れいませてむ」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P9)にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「大伴田村家之大嬢與妹坂上大嬢歌四首」<大伴(おほとも)の田村家(たむらのいへ)の大嬢(おほいらつめ)、妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌四首>
◆何 時尓加妹乎 牟具良布能 穢屋戸尓 入将座
(大伴田村大嬢 巻八 七五九)
≪書き下し≫いかならむ時にか妹を葎生(むぐらふ)の汚(きた)なきやどに入りいませてむ
(訳)いったいいつになったら、あなたをこのむぐらの茂るむさ苦しい家にお迎えできますでしょうか。(同上)
(注)むぐらふ【葎生】名詞:「むぐら」の生い茂っている所。(学研)
(注の注)むぐら【葎】名詞:山野や道ばたに繁茂するつる草の総称。やえむぐら・かなむぐらなど。 ⇒参考 「浅茅(あさぢ)」「蓬(よもぎ)」とともに、荒れ果てた家や粗末な家の描写に用いられることが多い。(学研)
左注は、「右田村大嬢坂上大嬢並是右大辨大伴宿奈麻呂卿之女也 卿居田村里号曰田村大嬢 但妹坂上大嬢者母居坂上里 仍曰坂上大嬢 于時姉妹諮問以歌贈答」<右、田村大嬢、坂上大嬢は、ともにこれ右大弁(うだいべん)大伴宿奈麻呂卿(おほとものすくなまろのまへつきみ)が女(むすめ)なり。 卿、田村の里に居(を)れば、号(まづ)けて田村大嬢といふ。ただし妹(いもひと)坂上大嬢は、母、坂上の里に居る。よりて坂上大嬢といふ。時に姉妹、諮問(とぶら)ふに歌をもちて贈答す>である。
七五六~七五九歌ならびに同じような題詞の歌が、一四四九、一五〇六、一六二二・一六二三 一六六二歌である。これらすべてについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1013)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio辞書 植物図鑑」