万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1487,1488,1489)―愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P25、P26、P27)―万葉集 巻十 一八一四、巻十 一八七二、巻十 一八九五

―その1487―

●歌は、「いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P25)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P25)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古 人之殖兼 杉枝 霞霏▼ 春者来良之

      (柿本人麻呂歌集 巻十 一八一四)

   ※ ▼は、「雨かんむり+微」である。「霏▼」で「たなびく」と読む。

 

≪書き下し≫いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞(かすみ)たなびく春は来(き)ぬらし

 

(訳)遠く古い世の人が植えて育てたという、この杉木立の枝に霞がたなびいている。たしかにもう春はやってきたらしい。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 万葉集巻十の部立は、「春雑歌」「春相聞」「夏雑歌」「夏相聞」「秋雑歌」「秋相聞」「冬雑歌」「冬相聞」となっている。先頭の歌群は大半が、柿本人麻呂歌集の歌である。人麻呂歌集の歌が万葉集にあって特別な位置にあるのは明らかである。

 

 柿本人麻呂歌集の万葉集における位置付けについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その904)」で紹介している。

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 一八一四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その693)」で紹介している。

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 一八一四歌は、部立「春雑歌」の先頭歌群(一八一二~一八一八)「右柿本朝臣人麻呂歌集出」のひとつである。 この歌群の歌すべてについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その73改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦下さい。)

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―その1488―

●歌は、「見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P26)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P26)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆見渡者 春日之野邊尓 霞立 開艶者 櫻花鴨

      (作者未詳 巻十 一八七二)

 

≪書き下し≫見わたせば春日(かすが)の野辺(のへ)に霞(かすみ)たち咲きにほえるは桜花かも

 

(訳)遠く見わたすと、春日の野辺の一帯には霞が立ちこめ、花が美しく咲きほこっている、あれは桜花であろうか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

 

 春霞に溶け込む桜、霞と紛うばかりの桜、このイメージの桜が好きである。万葉集でこのような感覚の歌を調べてみたがこの一首だけであった。

 「霞立つ春」になると桜が咲くという意味合いで、「霞」と「桜」が詠まれている歌が二五七歌である。

 「霞」と「桜」を詠み込んだ歌も二五七歌のみであった。

 

二五七歌をみてみよう。

 

◆天降付 天之芳来山 立 春尓至婆 松風尓 池浪立而 櫻花 木乃晩茂尓 奥邊波 鴨妻喚 邊津方尓 味村左和伎 百礒城之 大宮人乃 退出而 遊船尓波 梶棹毛 無而不樂毛 己具人奈四二

       (鴨君足人 巻三 二五七)

 

≪書き下し≫天降(あも)りつく 天(あめ)の香具山 霞(かすみ)立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花(さくらばな) 木(こ)の暗茂(くれしげ)に 沖辺(おきへ)には 鴨(かも)妻(つま)呼(よ)ばひ 辺(へ)つ辺(へ)に あぢ群騒(むらさわ)き ももしきの 大宮人(おおみやひと)の 退(まか)り出(で)て 遊ぶ船には 楫棹(かぢさを)も なくてさぶしも 漕(こ)ぐ人なしに

 

(訳)天から降って居ついたという天の香具山、この山では、霞のかかる春になると、松を渡る風に麓の池の波が立て、桜の花も木蔭いっぱいに咲き乱れ、池の沖の方には鴨がつがいを呼び、岸辺ではあじ鴨の群れが騒いでいるけれども、ももしきの宮仕えの人びとが御殿から退出していつも遊んだ船には、今や櫂(かい)も棹(さお)もなくて物さびしい。船を漕ぐ人もいなくて。(同上)

(注)あもりつく【天降り付く】の解説:[枕]香具山 (かぐやま) が天上から降ったという伝説から、「天の香具山」「神の香具山」にかかる。(goo辞書)

(注)かすみたつ【霞立つ】分類枕詞:「かす」という同音の繰り返しから、地名の「春日(かすが)」にかかる。「かすみたつ春日の里」(学研)>春の枕詞。(伊藤脚注)

(注)このくれ【木の暗れ・木の暮れ】名詞:木が茂って、その下が暗いこと。また、その暗い所。「木の暮れ茂(しげ)」「木の暮れ闇(やみ)」とも。(学研)

(注)へつ【辺つ】分類連語:海辺近くの。岸辺の。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。(学研)

(注)あぢ【䳑】名詞:水鳥の名。秋に飛来し、春帰る小形の鴨(かも)。あじがも。ともえがも。(学研)

 

 二五七歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1466)」で紹介している。

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―その1489―

●歌は、「春さればまづさきくさの幸くあらば後にも逢はむな恋ひそ我妹」である。

愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P27)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、愛知県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯(P27)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹

     (柿本朝臣人麿歌集  巻十  一八九五)

 

≪書き下し≫春さればまづさきくさの幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)

 

(訳)春になると、まっさきに咲くさいぐさの名のように、命さえさいわいであるならば、せめてのちにでも逢うことができよう。そんなに恋い焦がれないでおくれ、お前さん。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)さきくさ【三枝】名詞:植物の名。枝・茎などが三つに分かれているというが、未詳。(学研)

(注の注)さきくさの【三枝の】分類枕詞:「三枝(さきくさ)」は枝などが三つに分かれるところから「三(み)つ」、また「中(なか)」にかかる。(学研)

(注)上二句「春去 先三枝」は、「春去 先」が「三枝」を起こし、「春去 先三枝」が、「幸(さきく)」を起こす二重構造になっている。

(注)そ 終助詞:《接続》動詞および助動詞「る」「らる」「す」「さす」「しむ」の連用形に付く。ただし、カ変・サ変動詞には未然形に付く。:①〔穏やかな禁止〕(どうか)…してくれるな。しないでくれ。▽副詞「な」と呼応した「な…そ」の形で。②〔禁止〕…しないでくれ。▽中古末ごろから副詞「な」を伴わず、「…そ」の形で。 ⇒参考:(1)禁止の終助詞「な」を用いた禁止表現よりも、禁止の副詞「な」と呼応した「な…そ」の方がやわらかく穏やかなニュアンスがある。(2)上代では「な…そね」という形も併存したが、中古では「な…そ」が多用される。(学研)

 

 この歌とともに「二重の序」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1053)」で紹介している。

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 「さきくさ」については定説化しているミツマタ説以外に、ミツバゼリ、ヤマユリヤマゴボウジンチョウゲイカリソウツリガネニンジン、オケラ、フクジュソウ、イネ、ヒノキ、マツなど14種の多きを数える。ミツマタについては、考古学上の観点からも上代には確認できず、中国からの渡来も17世紀初頭そ推定され、疑問視されている。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著より)

ミツマタ」 (「みんなの趣味の園芸」 NHK出版HP)より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP)