万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1524,1525,1526)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P13、P14、P15)―万葉集 巻八 一六二三.巻九 一七四二.巻十 一八九五

―その1524―

●歌は、「我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし」である。

 

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P13)にある。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P13)万葉歌碑<プレート>(大伴田村大嬢)

●歌をみていこう。

 

◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無

        (大伴田村大嬢 巻八 一六二三)

 

≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし

 

(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】自動詞:「もみづ」に同じ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)もみづ 【紅葉づ・黄葉づ】自動詞:紅葉・黄葉する。もみじする。 ※上代は「もみつ」。(学研)

(注)かへるで【蛙手/鶏冠木】:《葉の形が蛙の手に似ているところから》カエデの古名。(goo辞書)

(注)かへで【楓】名詞:①木の名。紅葉が美しく、一般に、「もみぢ」といえばかえでのそれをさす。②葉がかえるの手に似ることから、小児や女子などの小さくかわいい手のたとえ。 ※「かへるで」の変化した語。

(注)大伴田村大嬢 (おほとものたむらのおほいらつめ):大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。大伴坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)は異母妹

 

 題詞は、「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌二首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌二首>である。

(注)いもうと【妹】名詞:①姉。妹。▽年齢の上下に関係なく、男性からその姉妹を呼ぶ語。[反対語] 兄人(せうと)。②兄妹になぞらえて、男性から親しい女性をさして呼ぶ語。

③年下の女のきょうだい。妹。[反対語] 姉。 ※「いもひと」の変化した語。「いもと」とも。(学研)

 

 一六二二歌ならびに同じような題詞の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1013)」で紹介している。

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「みんなの趣味の園芸(NHK出版HP)」に、「一般にカエデと呼ばれている樹木は、カエデ科カエデ属の、主として北半球の温帯に分布している150種を総称したものです。特に、東アジアを中心に日本に約20種、中国に約30種が分布し、北アメリカ、ヨ-ロッパにまで広がっています。主に落葉高木で切れ込みのある葉をつけていますが、まれに常緑性のものや切れ込みのないものもあります。葉を対生につけるのが特徴です。園芸品種が多く、特にイロハモミジ(イロハカエデともいう。Acer palmatum)、ハウチワカエデ(Acer japonicum)など、日本産の種に属する品種が200~400品種といわれています。園芸の世界では、切れ込みが深く数が多いものをモミジ、浅く少ないものをカエデと呼んでいます。」と書かれている。

 

―その1525―

●歌は、「しなでる片足羽川のさ丹塗りの大橋の上ゆ紅の赤裳裾引き山藍もち摺れる衣着て・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P14)万葉歌碑<プレート>(高橋虫麻呂

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P14)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「見河内大橋獨去娘子歌一首并短歌」<河内(かふち)の大橋を独り行く娘子(をとめ)を見る歌一首并(あは)せて短歌>である。

 

◆級照 片足羽河之 左丹塗 大橋之上従 紅 赤裳數十引 山藍用 摺衣服而 直獨 伊渡為兒者 若草乃 夫香有良武 橿實之 獨歟将宿 問巻乃 欲我妹之 家乃不知久

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四二)

 

≪書き下し≫しなでる 片足羽川(かたしはがは)の さ丹(に)塗(ぬ)りの 大橋の上(うへ)ゆ 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾引(すそび)き 山藍(やまあゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただひとり い渡らす子は 若草の 夫(つま)かあるらむ 橿(かし)の実の ひとりか寝(ぬ)らむ 問(と)はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)が 家の知らなく

 

(訳)ここ片足羽川のさ丹塗りの大橋、この橋の上を、紅に染めた美しい裳裾を長く引いて、山藍染めの薄青い着物を着てただ一人渡って行かれる子、あの子は若々しい夫がいる身なのか、それとも、橿の実のように独り夜を過ごす身なのか。妻どいに行きたいかわいい子だけども、どこのお人なのかその家がわからない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)「しなでる」は片足羽川の「片」にかかる枕詞とされ、どのような意味かは不明です。(「歌の解説と万葉集柏原市HP)

(注)「片足羽川」は「カタアスハガハ」とも読み、ここでは「カタシハガハ」と読んでいます。これを石川と考える説もありますが、通説通りに大和川のことで間違いないようです。(同上)

(注)さにぬり【さ丹塗り】名詞:赤色に塗ること。また、赤く塗ったもの。※「さ」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(学研)

(注)やまあい【山藍】:トウダイグサ科多年草。山中の林内に生える。茎は四稜あり、高さ約40センチメートル。葉は対生し、卵状長楕円形。雌雄異株。春から夏、葉腋ようえきに長い花穂をつける。古くは葉を藍染めの染料とした。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注)かしのみの【橿の実の】の解説:[枕]樫の実、すなわちどんぐりは一つずつなるところから、「ひとり」「ひとつ」にかかる。(goo辞書)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1033)」で紹介している。

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富士山を詠った歌といえば、有名なのは、山部赤人の次の歌である。

 

◆田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留

      (山辺赤人 巻三 三一八)

 

≪書き下し≫田子(たご)の浦ゆうち出(い)でて見れば真白(ましろ)にぞ富士の高嶺に雪は降りける

 

(訳)田子の浦をうち出て見ると、おお、なんと、真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっている。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)うちいづ 【打ち出づ】自動詞:①出る。現れる。②出陣する。出発する。③でしゃばる。 ※「うち」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 高橋虫麻呂も富士山の歌を詠っている。(ただし作者に異説もあるが)歌をみてみよう。

 

題詞は、「詠不盡山歌一首 幷短歌」<富士の山を詠(よ)む歌一首 幷せて短歌>である。

 

◆奈麻余美乃 甲斐乃國 打縁流 駿河能國与 己知其智乃 國之三中従 出立有 不盡能高嶺者 天雲毛 伊去波伐加利 飛鳥母 翔毛不上 燎火乎 雪以滅 落雪乎 火用消通都 言不得 名不知 霊母 座神香聞 石花海跡 名付而有毛 彼山之 堤有海曽 不盡河跡 人乃渡毛 其山之 水乃當焉 日本之 山跡國乃 鎮十方 座祇可間 寳十方 成有山可聞 駿河有 不盡能高峯者 雖見不飽香聞

       (高橋虫麻呂 巻三 三一九)

 

≪書き下し≫なまよみの 甲斐(かひ)の国 うち寄する 駿河(するが)の国と こちごちの 国のみ中(なか)ゆ 出(い)で立てる 富士の高嶺(たかね)は 天雲(あまくも)も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上(のぼ)らず 燃(も)ゆる火を 雪もち消(け)ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得(え)ず 名付(なづ)けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の 堤(つつ)める海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日(ひ)の本(もと)の 大和(やまと)の国の 鎮(しづ)めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)甲斐(かい)の国と駿河の国と二つの国の真ん中から聳(そび)え立っている富士の高嶺は、天雲も行き滞り、飛ぶ鳥も高くは飛び上(のぼ)れず、燃える火を雪で消し、降る雪を火で消し続けて、言いようもなく名付けようもしらぬほどに、霊妙にまします神である。せの海と名付けている湖も、その山が塞(せ)きとめた湖だ。富士川といって人の渡る川も、その山からほとばしり落ちた水だ。この山こそは日の本の大和の国の鎮めとしてもまします神である。国の宝ともなっている山である。駿河の富士の高嶺は、見ても見ても見飽きることがない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)なまよみの 分類枕詞:地名「甲斐(かひ)」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)

(注)うちよする【打ち寄する】分類枕詞:「うちよする」の「する」と同音であることから、地名「駿河(するが)」にかかる。「うちえする」とも。(学研)

(注)こちごち【此方此方】代名詞:あちこち。そこここ。 ※上代語。(学研)

(注)けつ【消つ】他動詞:①消す。②取り除く。隠す。③圧倒する。無視する。ないものにする。(学研)ここでは①の意

(注)くすし【奇し】[形シク]:① 神秘的である。② 宗教上の禁忌などを固く守るさま。神妙である。③ 一風変わっているさま。(goo辞書)ここでは①の意

(注)せのうみ【剗海】:かつて富士山の北麓にあった湖。貞観6年(864)の大噴火による溶岩流が流入し、現在の西湖、精進湖ができたと考えられている。またこの時の溶岩原の上に森林が形成され、青木ヶ原の樹海になった。(goo辞書)

(注)富士川:今の富士川の源は富士山ではない。が、ここはそのように見たもの。(伊藤脚注)

(注)たぎち【滾ち・激ち】名詞:激流。また、その飛び散るしぶき。(学研)

 

 反歌二首もみてみよう。

 

◆不盡嶺尓 零置雪者 六月 十五日消者 其夜布里家利

       (高橋虫麻呂 巻三 三二〇)

 

≪書き下し≫富士の嶺(ね)に降り置く雪は六月(みなつき)の十五日(もち)に消(け)ぬればその夜(よ)降りけり

 

(訳)富士の嶺(みね)に降り積もっている雪は、六月十五日に消えるとその夜またすぐ降るというが、まったくそのとおりだ。(同上)

(注)六月(みなつき):今の七月から八月初め頃。(伊藤脚注)

(注)十五日(もち):逸文駿河風土記に、雪の消えた十五日の子の刻(十六日午前零時頃)からまた降り出すと伝える。(伊藤脚注)

 

 

◆布士能嶺乎 高見恐見 天雲毛 伊去羽斤 田菜引物緒

       (高橋虫麻呂 巻三 三二一)

 

≪書き下し≫富士の嶺(ね)を高み畏(かしこ)み天雲(あまくも)もい行きはばかりたなびくものを

 

(訳)富士の嶺が高々と聳え恐れ多いので、天空の雲さえも行きためらっているではないか。(同上)

 

左注は、「右一首高橋連蟲麻呂之歌中出焉 以類載此」<右の一首は、高橋連虫麻呂(たかはしむらじむしまろ)が歌の中(うち)に出づ。類(たぐひ)をもちてここに載す>である。

(注)右一首:長歌を中心に三一九から三二一歌をさす。

(注)万葉集の目録には、笠朝臣金村歌集所出の歌としている。

(注)類をもちて:三一七・三一八歌が山部赤人の「富士の山を望(み)る歌」と同類であるので。

 

 富士の山は遠くなりにけり。富士山を見て、関東東歌の世界の万葉歌碑を巡りたいものである。

 

 

 

―その1526―

●歌は、「春さればまづさきくさの幸くあらば後にも逢はむな恋ひそ我妹」である、

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P15)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P15)にある。

 

●歌をみていこう。

◆春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹

       (柿本朝臣人麻呂歌集 巻十  一八九五)

 

≪書き下し≫春さればまづさきくさの幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)

 

(訳)春になると、まっさきに咲くさいぐさの名のように、命さえさいわいであるならば、せめてのちにでも逢うことができよう。そんなに恋い焦がれないでおくれ、お前さん。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句「春去 先三枝」は、「春去 先」が「三枝」を起こし、「春去 先三枝」が、「幸(さきく)」を起こす二重構造になっている。

(注)さきくさ【三枝】:① 茎が三つに分かれている植物。ミツマタジンチョウゲヤマユリ・ミツバゼリ・フクジュソウ、その他諸説がある。② ヒノキの別名。③ オケラ(朮)の別名。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)そ 終助詞:《接続》動詞および助動詞「る」「らる」「す」「さす」「しむ」の連用形に付く。ただし、カ変・サ変動詞には未然形に付く。:①〔穏やかな禁止〕(どうか)…してくれるな。しないでくれ。▽副詞「な」と呼応した「な…そ」の形で。②〔禁止〕…しないでくれ。▽中古末ごろから副詞「な」を伴わず、「…そ」の形で。

参考(1)禁止の終助詞「な」を用いた禁止表現よりも、禁止の副詞「な」と呼応した「な…そ」の方がやわらかく穏やかなニュアンスがある。(2)上代では「な…そね」という形も併存したが、中古では「な…そ」が多用される。(学研)

 

この歌ならびに二重構造の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1053)」で紹介している。

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 「さきくさ」はミツマタ説が一般化しているが、考古学上の観点から上代にはその存在は確認できず疑問が残されている。



 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「コトバンク 三省堂 大辞林 第三版」

★「goo辞書」

★「歌の解説と万葉集」 (柏原市HP)

★「薬草データベース」 (熊本大学薬学部 薬草園HP)

★「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP)

★「愛媛県レッドデータブック」 (愛媛県P)