万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1530,1531,1532)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P19、P20、P21)―万葉集 巻七 一二九三.巻八 一四三三、巻四 六七五

 

―その1530―

歌は、「霰降り遠江の吾跡川楊 刈れどもまたも生ふといふ吾跡川楊」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P19)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P19)にある。

 

歌をみていこう。

 

◆丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二九三)

 

≪書き下し≫霰(あられ)降(ふ)り遠江(とほつあふみ)の吾跡川楊(あとかわやなぎ) 刈れどもまたも生(お)ふといふ吾跡川楊

 

(訳)遠江の吾跡川の楊(やなぎ)よ。刈っても刈っても、また生い茂るという吾跡川の楊よ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)あられふり【霰降り】[枕]:あられの降る音がかしましい意、また、その音を「きしきし」「とほとほ」と聞くところから、地名の「鹿島(かしま)」「杵島(きしみ)」「遠江(とほつあふみ)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)吾跡川:静岡県浜松市北区細江町の跡川か。(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その262)」で紹介している。

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 ブログ262では、「かはやなぎ」を詠んだ歌を三首紹介している。うち一七二三歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その767)」で紹介している。

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 もう一首一八四八歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その203改)」で紹介している。

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 ヤナギには、枝葉が揚がる、我が国古来の「楊」と、枝葉が垂れる、中国から渡来した「柳」がある。前者はカワヤナギを、後者はシダレヤナギを表している。

カワヤナギは別名「ネコヤナギ」と呼ばれる。

(注)ねこやなぎ【猫柳】:ヤナギ科の落葉低木。川岸に多く、葉は長楕円形で、裏は白みがかっている。雌雄異株。早春、葉より先に、赤褐色の鱗片(りんぺん)が取れて白い毛を密生した雄花穂や雌花穂が現れる。かわやなぎ。えのころやなぎ。《季 春》(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

「かはやなぎ(ネコヤナギ)」 「weblio辞書 デジタル大辞泉」より引用させていただきました。

 

 

―その1531―

●歌は、「うち上る佐保の川原の青柳は今は春へとなりにけるかも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P20)万葉歌碑<プレート>(大伴坂上郎女

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P20)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 ◆打上 佐保能河原之 青柳者 今者春部登 成尓鶏類鴨

       (大伴坂上郎女 巻八 一四三三)

 

≪書き下し≫うち上(のぼ)る佐保の川原(かはら)の青柳は今は春へとなりにけるかも

 

(訳)馬を鞭(むち)打っては上る佐保の川原の柳は、緑に芽吹いて、今はすっかり春らしくなってきた。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うち上る:私が遡って行く。

(注の注)うち【打ち】接頭語:〔動詞に付いて、語調を整えたり下の動詞の意味を強めて〕①ちょっと。ふと。「うち見る」「うち聞く」②すっかり。「うち絶ゆ」「うち曇る」③勢いよく。「うち出(い)づ」「うち入る」 ⇒語法動詞との間に助詞「も」が入ることがある。「うちも置かず見給(たま)ふ」(『源氏物語』)〈下にも置かずにごらんになる。〉

⇒注意 「打ち殺す」「打ち鳴らす」のように、打つの意味が残っている複合語の場合は、「打ち」は接頭語ではない。打つ動作が含まれている場合は動詞、含まれていない場合は接頭語。「うち」は接頭語、(学研)

(注)はるべ【春方】名詞:春のころ。春。 ※古くは「はるへ」(学研)

 

題詞は、「大伴坂上郎女柳歌二首」<大伴坂上郎女が柳の歌二首>の一首である。

 

 一四三二、一四三三歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1074)」で紹介している。

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―その1532―

●歌は、「をみなへし佐紀沢に生える花かつみかつても知らぬ恋もするかも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P21)万葉歌碑<プレート>(中臣女郎)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P21)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆娘子部四 咲澤二生流 花勝見 都毛不知 戀裳摺可聞

      (中臣女郎 巻四 六七五)

 

≪書き下し≫をみなえし佐紀沢(さきさわ)に生(お)ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも

 

(訳)おみなえしが咲くという佐紀沢(さきさわ)に生い茂る花かつみではないが、かつて味わったこともないせつない恋をしています。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)をみなへし【女郎花】:①おみなえし。②「佐紀(現奈良市北西部・佐保川西岸の地名)」にかかる枕詞。 (weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)さきさわ(佐紀沢):平城京北一帯の水上池あたりが湿地帯であったところから

このように呼ばれていた。(伊藤脚注)

(注)はなかつみ【花かつみ】名詞:水辺に生える草の名。野生のはなしょうぶの一種か。歌では、序詞(じよことば)の末にあって「かつ」を導くために用いられることが多い。芭蕉(ばしよう)が『奥の細道』に記したように、陸奥(みちのく)の安積(あさか)の沼(=今の福島県郡山(こおりやま)市の安積山公園あたりにあった沼)の「花かつみ」が名高い。「はながつみ」とも。(学研)

(注)かつて【曾て・嘗て】副詞:〔下に打消の語を伴って〕①今まで一度も。ついぞ。②決して。まったく。 ⇒ 参考 中古には漢文訓読系の文章にのみ用いられ、和文には出てこない。「かって」と促音にも発音されるようになったのは近世以降。(学研)

 

六七五から六七九歌の歌群の、題詞は、「中臣女郎(なかとみのいらつめ)贈大伴宿祢家持歌五首」とある。

 

 六七五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1092)」で紹介している。

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 「花かつみ」は、万葉集ではこの歌にのみ詠われており、マコモヒメシャガハナショウブ、アヤメなどの諸説がある。

(注)まこも【真菰/真薦】:イネ科の多年草。沼地に群生し、高さ約2メートル。葉は長くて幅広い。初秋、上方に雌花穂、下方に雄花穂を円錐状につける。茎・葉でござを編み、種子と若芽は食用。また黒穂菌(くろぼきん)がついて竹の子状となった茎を菰角(こもづの)などといい、食用にする。(weblio辞書 デジタル大辞泉

マコモ」 「weblio辞書 デジタル大辞泉」より引用させていただきました。

(注)ヒメシャガ:日本特産の多年草です。山地の森林にある岩場や急斜面に見られます。草丈は低く、葉が薄くて光沢はなく、冬には地上部が枯れる点でシャガとは簡単に区別できます。短く横に這う根茎があり、多数のひげ根が生えています。初夏に葉の間から斜めに花茎を伸ばし、先端近くに数輪の花を咲かせます。花の大きさは2cmほどで、普通はうすい青紫色です。(「みんなの趣味の園芸」NHK出版HP)

ヒメシャガ」 「みんなの趣味の園芸」NHK出版HPより引用させていただきました。

(注)ハナショウブ:初夏、梅雨の中でも、ひときわ華やかに咲き誇ります。野生のノハナショウブをもとに、江戸時代を中心に数多くの品種が育成され、現在2000以上あるといわれています。優美な花形としっとりとした風情が魅力で、色彩の魔術師とも呼ばれるように、花色の変化に富んでいます。アヤメやカキツバタに似ていますが、花弁のつけ根が黄色で、アヤメのような網目模様はなく、葉幅は狭く、葉脈がはっきりと隆起している点でカキツバタと区別できます。(「みんなの趣味の園芸」NHK出版HP)

ハナショウブ」 「みんなの趣味の園芸」NHK出版HPより引用させていただきました。

(注)アヤメ:高さ30~60cm、葉はまっすぐに立ち、茎の先端に1~3輪の花を咲かせる多年草です。多数の茎が株立ちになり、短く這う根茎からは多数のひげ根が伸びています。湿地の植物のように思われていますが、低山から高原の明るい草原に見られる植物です。古くから栽培されていますが、ハナショウブカキツバタほど園芸品種は生まれませんでした。(「みんなの趣味の園芸」NHK出版HP)

「アヤメ」 「みんなの趣味の園芸」NHK出版HPより引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP))