―その1537―
●歌は、「橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P26)にある。
●歌をみてみよう。
◆橘者 實左倍花左倍 其葉左倍 枝尓霜雖降 益常葉之樹
(聖武天皇 巻六 一〇〇九)
≪書き下し≫橘は実さへ花さへその葉さへ枝(え)に霜降れどいや常葉(とこは)の樹
(訳)橘の木は、実も花もめでたく、そしてその葉さえ、冬、枝に霜が降っても、ますます栄えるめでたい木であるぞ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)いや 感動詞:①やあ。いやはや。▽驚いたときや、嘆息したときに発する語。②やあ。▽気がついて思い出したときに発する語。③よう。あいや。▽人に呼びかけるときに発する語。④やあ。それ。▽はやしたてる掛け声。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)とこは【常葉】名詞:常緑の木の葉。(学研)
題詞は、「冬十一月左大辨葛城王等賜姓橘氏之時御製歌一首」<冬の十一月に、左大弁(さだいべん)葛城王等(かづらきのおほきみたち)、姓橘の氏(たちばなのうぢ)を賜はる時の御製歌一首>である。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その966)」で紹介している。
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さへ、さへ、さへ、いや、とリズミカルな歌である。
「たちばな」については、「伊豆半島以西の本州、四国、九州及び沖縄に分布するミカン科の常緑樹。日本に自生する唯一の野生ミカンで、奈良、平安時代には普通に自生していたが、現代では海岸沿いの山地や樹林内に細々と生き残る。(中略)常緑樹であり、一年を通じて葉が緑色であることや、黄色い果実が比較的長い間、枝に残ることなどから縁起の良い木とされ、葉と果実をモチーフとした橘紋は橘氏や武家の井伊、黒田氏等の家紋として使われた。」(庭木図鑑 植木ペディア)
橘の家紋に似ている茶の実の家紋。
「家紋の図鑑 9,000⁻家紋検索」から引用させていただきました。
―その1538―
●歌は、「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花(一五三七歌)」と
「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花(一五三八歌)」である。
●歌碑は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P27)にある。
●歌をみてみよう。
◆秋野尓 咲有花乎 指折 可伎數者 七種花 其一
(山上憶良 巻八 一五三七)
≪書き下し≫秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数(かぞ)ふれば七種(ななくさ)の花 その一
(訳)秋の野に咲いている花、その花を、いいか、こうやって指(および)を折って数えてみると、七種の花、そら、七種の花があるんだぞ。(同上)
◆芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝▼之花
(山上憶良 巻八 一五三八)
▼は「白」の下に「八」と書く。「朝+『白』の下に『八』」=「朝顔」
≪書き下し≫萩の花 尾花(をばな) 葛花(くずはな) なでしこの花 をみなへし また藤袴(ふぢはかま) 朝顔の花
(訳)一つ萩の花、二つ尾花、三つに葛の花、四つになでしこの花、うんさよう、五つにおみなえし。ほら、それにまだあるぞ、六つ藤袴、七つ朝顔の花。うんさよう、これが秋の七種の花なのさ。(同上)
一五三七歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その61改)」で、一五三八歌については、「同(その62改)」で紹介している。
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「秋の七種」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1027)」で紹介している。
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一五三八歌をブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1538)」で紹介するとは、ささやかな幸せ。(一人で拍手)
―その1539―
●歌は、「磯の上のつままを見れば根を延へて年深くあらし神さびにけり」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P28)にある。
●歌をみてみよう。
◆礒上之 都萬麻乎見者 根乎延而 年深有之 神佐備尓家里
(大伴家持 巻十九 四一五九)
≪書き下し≫磯(いそ)の上(うへ)のつままを見れば根を延(は)へて年深くあらし神(かむ)さびにけり
(訳)海辺の岩の上に立つつままを見ると、根をがっちり張って、見るからに年を重ねている。何という神々しさであることか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)つまま〘名〙: 植物「たぶのき(椨)」のことか。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)としふかし【年深し】( 形ク ):何年も経っている。年老いている。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)
(注)あらし 分類連語:あるらしい。あるにちがいない。 ※なりたち ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「らし」からなる「あるらし」が変化した形。ラ変動詞「あり」が形容詞化した形とする説もある。(学研)
題詞は、「過澁谿埼見巌上樹歌一首 樹名都萬麻」<澁谿(しぶたに)の埼(さき)を過ぎて、巌(いはほ)の上(うへ)の樹(き)を見る歌一首 樹の名はつまま>である。
四一五九歌から四一六五歌までの歌群の総題は、「季春三月九日擬出擧之政行於舊江村道上属目物花之詠并興中所作之歌」<季春三月の九日に、出擧(すいこ)の政(まつりごと)に擬(あた)りて、古江の村(ふるえのむら)に行く道の上にして、物花(ぶつくわ)を属目(しょくもく)する詠(うた)、并(あは)せて興(きよう)の中(うち)に作る歌>である。
四一五九歌から四一六五歌までについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その867)」で紹介している。ここでは富山県高岡市太田の「つまま公園」の歌碑も紹介している。
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「つまま」は「タブノキ」と考えられている。
「タブノキ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」によると、「北海道、青森及び岩手を除く日本全国に分布するクスノキ科の常緑樹。暖地の海岸沿いに多いが、公園や庭園に植栽されることもある。・・・・タブノキは幹が真っすぐに伸び、樹高が最大30m、直径が3.5mにもなることから、船を作るのに使われる。古代に朝鮮半島から渡来した丸木船は全てタブノキで造られたほど日韓交易に貢献している。・・・材質はやや硬くクスノキに似るが、クスノキに比べて用途が少ないため『イヌグス』という別名がある。」と書かれている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「家紋の図鑑 9,000⁻家紋検索」
★「庭木図鑑 植木ペディア」
★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市)