万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1554,1555,1556)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P43、P44、P45)―万葉集 巻十四 三四三四、巻三 三二二、巻二 二一七

―その1554―

●歌は、「上つ毛野安蘓山つづら野を広み延ひにしものをあぜか絶えせむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P43)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P43)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆可美都家野 安蘇夜麻都豆良 野乎比呂美 波比尓思物能乎 安是加多延世武

      (作者未詳 巻十四 三四三四)

 

≪書き下し≫上つ毛(かみつけ)野安蘇山(あそやま)つづら野(の)を広み延(は)ひにしものをあぜか絶えせむ

 

(訳)上野の安蘇(あそ)のお山のつづら、このつづらは野が広いので一面に延び連なっているではないか。この延び連なったものが、何でいまさら絶えてしまうことがあろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。作者自身の譬え。(伊藤脚注)

(注)つづら 名詞:①【葛・黒葛】つる草の総称。②【葛籠】つる草または竹で編んだ櫃(ひつ)。主に衣類を入れる(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)延ひにしもの:蔓が一面に延い廻っている。相手に思いを寄せていることの譬え。(伊藤脚注)

(注)あぜ【何】副詞:なぜ。どのように。※上代の東国方言。

 

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1071)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「つづら(ツヅラフジ)」と書かれている。

オオツヅラフジ(別名ツヅラフジ)は、「本州関東地方南部以西、四国、九州、沖縄、および中国、台湾に分布し、暖地の山地,山麓,谷沿いなどに生える。つる性落葉低木。茎は伸長して長さ10 m以上になり、緑色で平滑、つるは左旋性で、根ぎわから細長い走出枝を出して地上を匍匐する。」(熊本大学薬学部 薬草園HP 「薬草データベース」)


 野原一杯に這い回っている蔓をみて自分の思いを譬える、巧みな万葉びとの植物観察力が活かされた歌である。

 自然と自分、自分と自然、接する機会の多さがこのようなおおらかさに繋がっているのであろう。

 

 

―その1555―

●歌は、「すめろきの神の命の・・・み湯の上の木群を見れば臣の木も生ひ継ぎにけり・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P44)万葉歌碑<プレート>(山部赤人

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P44)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「山部宿祢赤人至伊豫温泉作歌一首幷短歌」<山部宿禰赤人、伊予(いよ)の温泉(ゆ)に至りて作る歌一首幷せて短歌>である。

(注)伊予の温泉:愛媛県松山市道後温泉

 

◆皇神祖之 神乃御言乃 敷座 國之盡 湯者霜 左波尓雖在 嶋山之 宣國跡 極是疑 伊豫能高嶺乃 射狭庭乃 崗尓立而 敲思 辞思為師 三湯之上乃 樹村乎見者 臣木毛 生継尓家里 鳴鳥之 音毛不更 遐代尓 神左備将徃 行幸

     (山部赤人 巻三 三二二)

 

≪書き下し≫すめろきの 神(かみ)の命(みこと)の 敷きいます 国のことごと 湯(ゆ)はしも さわにあれども 島山(しまやま)の 宣(よろ)しき国と こごしかも 伊予の高嶺(たかね)の 射狭庭(いざには)の 岡に立たして 歌(うた)思ひ 辞(こと)思ほしし み湯(ゆ)の上(うへ)の 木群(こむら)を見れば 臣(おみ)の木も 生(お)ひ継ぎにけり 鳴く鳥の 声も変らず 遠き代(よ)に 神(かむ)さびゆかむ 幸(いでま)しところ

 

(訳)代々の天皇がお治めになっている国のどこにでも、温泉(ゆ)はたくさんあるけれども中でも島も山も足り整った国と聞こえる、いかめしくも険しい伊予の高嶺、その嶺に続く射狭庭(いざにわ)に立たれて、歌の想いを練り詞(ことば)を案じられた貴い出で湯の上を覆う林を見ると、臣の木も次々と生い茂っている。鳴く鳥の声もずっと盛んである。遠い末の世まで、これからもますます神々しくなってゆくことであろう、この行幸(いでまし)の跡所(あとどころ)は。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)しきます【敷きます】分類連語:お治めになる。統治なさる。 ※なりたち動詞「しく」の連用形+尊敬の補助動詞「ます」(学研)

(注)ことごと【尽・悉】副詞:①すべて。全部。残らず。②まったく。完全に。(学研) ここでは①の意

(注)さはに【多に】副詞:たくさん。 ※上代語。(学研)

(注)こごし 形容詞:凝り固まってごつごつしている。(岩が)ごつごつと重なって険しい。 ※上代語。(学研)

(注)射狭庭の岡:温泉の裏にある岡の名。(伊藤脚注)

 

 この歌ならびに山部赤人の全歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1149)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 日本の三古泉(道後温泉有馬温泉・白浜温泉)に関わる歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1223)」で紹介している・

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tom101010.hatenablog.com

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「おみのき(ムクノキ)」となっている。

 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學 萬葉の花の会 著)によると、「『臣(おみ)の木』は、現在の何の木に相当するかは厳密には不明であるが、鎌倉時代万葉集研究家の仙覚がこれを『モミの木』としており異論をはさむ者は少ないという。」

 

(注)モミノキ:秋田県及び岩手県以南の本州から九州、そして屋久島に至るまでの広い範囲に分布するマツ科の常緑針葉樹。クリスマスツリーに使われる代表的な樹木であり西洋風のイメージを持つが、日本に生じるのは我が国の固有種。(庭木図鑑 植木ペディア)

(注)ムクノキ:関東地方以西の本州、四国、九州及び沖縄に分布するニレ科の落葉高木。ケヤキやエノキの仲間で、日当たりのよい身近な低山や丘陵において普通に見られ、公園や街路にも植栽される。その雄大な樹形や異形となりがちな幹の様子から天然記念物や御神木とされることも多い。(庭木図鑑 植木ペディア)

 

 

―その1556―

●歌は、「秋山のしたへる妹なよ竹のとをよる子らはいかさまに思ひ居れるか・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P45)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P45)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「吉備津采女死時、柿本朝臣人麿作歌一首 幷短歌」<吉備津采女(きびつのうねめ)が死にし時に、柿本朝臣人麿が作る歌一首幷(あは)せて短歌>である。

(注)吉備津采女:吉備の国(岡山県)の津の郡出身の采女。(伊藤脚注)

 

◆秋山 下部留妹 奈用竹乃 騰遠依子等者 何方尓 念居可 栲紲之 長命乎 露己曽婆 朝尓置而 夕者 消等言 霧己曽婆 夕立而 明者 失等言 梓弓 音聞吾母 髪髴見之 事悔敷乎 布栲乃 手枕纏而 釼刀 身二副寐價牟 若草 其嬬子者 不怜弥可 念而寐良武 悔弥可 念戀良武 時不在 過去子等我 朝露乃如也 夕霧乃如也

      (柿本人麻呂 巻二 二一七)

 

≪書き下し≫秋山の したへる妹(いも) なよ竹の とをよる子らは いかさまに 思ひ居(を)れか 栲縄(たくなは)の 長き命(いのち)を 露こそは 朝(あした)に置きて 夕(ゆうへ)は 消(き)ゆといへ 霧こそば 夕に立ちて 朝は 失(う)すといへ 梓弓(あづさゆみ) 音(おと)聞く我(わ)れも おほに見し こと悔(くや)しきを 敷栲(しきたへ)の 手枕(たまくら)まきて 剣太刀(つるぎたち) 身に添(そ)へ寝(ね)けむ 若草の その夫(つま)の子は 寂(さぶ)しみか 思ひて寝(ぬ)らむ 悔(くや)しみか 思ひ恋ふらむ 時にあらず 過ぎにし子らが 朝露(あさつゆ)のごと 夕霧(ゆふぎり)のごと

 

(訳)秋山のように美しく照り映えるおとめ、なよ竹のようにたよやかなあの子は、どのように思ってか、栲縄(たくなわ)のように長かるべき命であるのに、露なら朝(あさ)置いて夕(ゆうべ)には消えるというが、霧なら夕に立って朝にはなくなるというが、そんな露や霧でもないのにはかなく世を去ったという、その噂を聞く私でさえも、おとめを生前ぼんやりと見過ごしていたことが残念でたまらないのに・・・。まして、敷栲(しきたへ)の手枕を交わし身に添えて寝たであろうその夫だった人は、どんなに寂しく思って一人寝をかこっていることであろうか。どんなに心残りに思って恋い焦がれていることであろうか。思いもかけない時に逝(い)ってしまったおとめの、何とまあ、朝霧のようにも夕霧のようにもあることか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)あきやまの【秋山の】分類枕詞:秋の山が美しく紅葉することから「したふ(=赤く色づく)」「色なつかし」にかかる。(学研)

(注)したふ 自動詞:木の葉が赤く色づく。紅葉する。(学研)

(注)なよたけの【弱竹の】分類枕詞:①細いしなやかな若竹がたわみやすいところから、「とをよる(=しんなりとたわみ寄る)」にかかる。②しなやかな竹の節(よ)(=ふし)の意で、「よ」と同音の「夜」「世」などにかかる。 ※「なよだけの」「なゆたけの」とも。(学研)ここでは①の意

(注)とをよる【撓寄る】自動詞:しなやかにたわむ。(学研)

(注)たくなはの【栲縄の】分類枕詞:「栲縄(たくなは)」は長いところから、「長し」「千尋ちひろ)」にかかる。(学研)

(注の注)たくなは【栲縄】名詞:こうぞの皮をより合わせて作った白い縄。漁業に用いる。※後世「たぐなは」とも。(学研)

(注)あづさゆみ【梓弓】分類枕詞:①弓を引き、矢を射るときの動作・状態から「ひく」「はる」「い」「いる」にかかる。②射ると音が出るところから「音」にかかる。③弓の部分の名から「すゑ」「つる」にかかる。(学研)ここでは②の意

(注)音聞く我れも:はかなくも世を去ったという、その噂を聞く私でさえも。(伊藤脚注)

(注)おほなり【凡なり】形容動詞:①いい加減だ。おろそかだ。②ひととおりだ。平凡だ。 ※「おぼなり」とも。上代語。(学研)

(注)夫(つま)の子:主人公の夫。采女は臣下との結婚を禁じられていた。(伊藤脚注)

(注)時にあらず過ぎにし子:その時でもないのに思いがけなく逝ってしまった子。自殺したことが暗示されている。(伊藤脚注)

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「なよたけ(メダケ)」となっている。

メダケ:関東以西の本州、四国及び九州に分布するイネ科メダケ属の多年生常緑笹。シノダケと呼ばれるものの一つで、マダケなどよりも細くて柔らかな様子からメダケと名付けられたが、ササの仲間。漢字表記は女竹、雌竹、山竹など。(庭木図鑑 植木ペディア)



 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「薬草データベース」 (熊本大学薬学部 薬草園HP)

★「庭木図鑑 植木ペディア」