万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1557,1558,1559)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P46、P47、P48)―万葉集 巻二 九六、巻十一 二四六九、巻三 四三四

―その1557―

●歌は、「み薦刈る信濃の真弓我が引けば貴人さびていなと言はむか」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P46)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P46)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆水薦苅 信濃乃真弓 吾引者 宇真人作備而 不欲常将言可聞  (禅師)

       (久米禅師 巻二 九六)

 

≪書き下し≫み薦(こも)刈(か)る信濃(しなの)の真弓(まゆみ)我(わ)が引かば貴人(うまひと)さびていなと言はむかも

 

(訳)み薦刈る信濃、その信濃産の真弓の弦(つる)を引くように、私があなたの手を取って引き寄せたら、貴人ぶってイヤとおっしゃるでしょうかね。 (禅師)

(注)みすずかる【水篶刈る・三篶刈る】分類枕詞:「すず」は篠竹(すずたけ)の意。篠竹の産地であるところから「信濃(しなの)」にかかる。 ⇒参考:現在では「みこもかる」と読む万葉集』の「水(三)薦刈」の表記を、近世の国学者が「みすずかる」と読んだことから慣用化した語。「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)すず【篠・篶】名詞:竹の一種。すずたけ。丈が低くて細い。(学研)

(注)上二句は序。「我が引かば」を起こす。(伊藤脚注)

(注)引かば:手に取って引き寄せたら。(伊藤脚注)

(注)うまひと【貴人・味人】名詞:高貴な人。貴人(きじん)。身分が高く、家柄のよい人。(学研)

(注)-さぶ 接尾語:〔名詞に付いて〕…のようだ。…のようになる。▽上二段動詞をつくり、そのものらしく振る舞う、そのものらしいようすであるの意を表す。「神さぶ」「翁(おきな)さぶ」(学研)

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「みこも(スズタケ)」と書かれている。

篶竹(スズダケ) 備考(別名・通称など):コウヤチクスズ釣竿用や竹行李用として利用(weblio辞書 竹図鑑)

また、「コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」には、「北海道から九州の太平洋側、および朝鮮半島に分布する。名のスズは、ススキと同様に叢生(そうせい)する意味といわれる。」と書かれている。

(注の注)叢生(そうせい):群がって生えることをいう。

 

「スズダケ」 「weblio辞書 竹図鑑」より引用させていただきました。

 

―その1558―

●歌は、「山ぢさの白露重みうらぶれて心も深く我が恋やまず」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P47)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P47)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆山萵苣 白露重 浦經 心深 吾戀不止

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四六九)

 

≪書き下し≫山ぢさの白露(しらつゆ)重(おも)みうらぶれて心も深く我(あ)が恋やまず

 

(訳)山ぢさが白露の重さでうなだれているように、すっかりしょげてしまって、心の底も深々と、私の恋は止むこともない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「うらぶれて」をおこす。(伊藤脚注)

(注)うらぶる:自動詞:わびしく思う。悲しみに沈む。しょんぼりする。 ※「うら」は心の意。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1081)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 歌碑(プレート)の植物名は「やまちさ(チシャノキ)」と書かれている。もう一つの方は「アブラチャン」となっている。

 「ちさ」、「やまぢさ」については、この他に「イワタバコ」、「エゴノキ」といった諸説がある。

 

 

―その1559―

●歌は、「風早の三穂の浦みの白つつじ見れどもさぶなき人思へば」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P48)万葉歌碑<プレート>(河辺宮人)



●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P48)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆加座皤夜能 美保乃浦廻之 白管仕 見十方不怜 無人念者 <或云見者悲霜 無人思丹>

       (河辺宮人 巻三 四三四)

 

≪書き下し≫風早(かざはや)の美穂(みほ)の浦みの白(しら)つつじ見れどもさぶしなき人思へば <或いは「見れば悲しもなき人思ふに」といふ>

 

(訳)風早の三穂(みほ)の海辺に咲き匂う白つつじ、このつつじは、いくら見ても心がなごまない。亡き人のことを思うと。<見れば見るほどせつない。亡き人を思うにつけて>(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)かざはや【風早】:風が激しく吹くこと。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)三穂:和歌山県日高郡美浜町三尾

 

 四三四から四三七歌の題詞は、「和銅四年辛亥河邊宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首」<和銅四年辛亥(かのとゐ)に、河辺宮人(かはへのみやひと)、姫島(ひめしま)の松原の美人(をとめ)の屍(しかばね)を見て、哀慟(かな)しびて作る歌四首>である。

(注)和銅四年:711年

(注)姫島:ここは、紀伊三穂の浦付近の島(伊藤脚注)

 

 四三四から四三七歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その707)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 類似の題詞(二二八・二二九歌)がある。これについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1095)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 なお、四三五歌には、「久米の若子(わくご)」が登場するが、久米の若子が住んでいたという三穂の石室(いはや)を見て詠んだ博通法師の歌三首(三〇七から三〇九歌)について、和歌山県日高郡美浜町三尾海岸の歌碑とともに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1197)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」

★「weblio辞書 竹図鑑」

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市