―その1569―
●歌は、「早来ても見てましものを山背の多賀の槻群散りにけるかも」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P58)にある。
●歌をみていこう。
◆速来而母 見手益物乎 山背 高槻村 散去毛奚留鴨
(高市黒人 巻三 二七七)
≪書き下し≫早(はや)来ても見てましものを山背(やましろ)の多賀の槻群(たかのつきむら)散にけるかも
(訳)もっと早くやって来て見たらよかったのに。山背の多賀のもみじした欅(けやき)、この欅林(けやきばやし)は、もうすっかり散ってしまっている。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
この歌は、題詞「高市連黒人覊旅歌八首」の内の一首である。八首すべては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(250)」で紹介している。
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歌碑(プレート)の植物名は、「つき(ケヤキ)」と書かれている。
「ケヤキ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に、「北海道西南部、本州、四国及び九州の山地や丘陵に自生するニレ科の落葉高木。新緑、紅葉のみならず箒状の樹形があらわになる冬季の佇まいも美しく、街路樹や屋敷の防風林として使われる。日本を代表する巨木の一つ・・・古代においては、強い木を意味する槻(ツキ)あるいは槻木(ツキノキ)と呼ばれていたが、16世紀頃から欅(ケヤキ)と表記されるようになった。ケヤキは『けやけき木』で、他の木より一際目立って樹形が端整であることや、木目が美しいことを意味する。」と書かれている。
確かに、街路樹で剪定されうなだれている大きめの葉の「ケヤキ」を見かける。これも愛嬌のうちである。
歌に詠われている「山背の多賀」は、今の京都府綴喜郡井手町多賀である。井手町といえば、橘諸兄が頭に浮かぶ。井手町には、橘諸兄の公旧址やゆかりの六角井戸、建てたといわれる井提寺跡などがある。
井手の地も万葉の香りが漂う一角である。
六角井戸の万葉歌碑については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その190)」で、井提寺跡の歌碑については。「同(その191)」で紹介している。
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―その1570―
●歌は、「五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまた鳴かぬかも」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P59)にある。
●歌をみていこう。
(作者未詳 巻十 一九五三)
≪書き下し≫五月山(さつきやま)卯(う)の花月夜(づくよ)ほととぎす聞けども飽かずまた鳴くぬかも
(訳)五月の山に卯の花が咲いている月の美しい夜、こんな夜の時鳥は、いくら聞いても聞き飽きることがない。もう一度鳴いてくれないものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その528)」で紹介している。
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歌碑(プレート)の植物名は、「うのはな(ウツギ)」となっている。
「ウツギ」は、「庭木図鑑 植木ペディア」によると、「北海道南部から九州まで日本各地に見られるアジサイ科の落葉低木。日当たりのよい野原や山林の縁、土手などで普通に見られ、初夏を代表する花として万葉の古くから親しまれる。花に着目し『ウノハナ(ウツギの花の略)』と呼ばれることも多い。・・・幹や枝の中心に『髄』がなく、空洞になっていることから『空木(うつろぎ)』が転じてウツギと呼ばれるようになった。」と書かれている。
―その1571―
●歌は、「黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざざむ」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P60)にある。
●歌をみていこう。
◆黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒
(作者未詳 巻十 二一八八)
≪書き下し≫黄葉(もみぢば)のにほひは繁(しげ)ししかれども妻(つま)梨(なし)の木を手折(たを)りかざさむ
(訳)あの山のもみじの色づきはとりどりだ。しかし、妻なしの私は梨の木を手折って挿頭(かざし)にしよう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)にほひ【匂ひ】名詞:①(美しい)色あい。色つや。②(輝くような)美しさ。つややかな美しさ。③魅力。気品。④(よい)香り。におい。⑤栄華。威光。⑥(句に漂う)気分。余情。(俳諧用語)(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(学研)
(注)つまなし【妻梨】名詞:植物の梨(なし)の別名。「妻無し」に言いかけた語。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介している。
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歌碑(プレート)の植物名は「なし(ヤマナシ)と書かれている。
「ヤマナシ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「本州、四国及び九州を原産地とするバラ科の落葉広葉樹。民家の近くに多く、山間に群生が見られないことから、古い時代に中国から渡ったものが野生化したとする説もある。日本のほか中国の中南部や韓国にも見られる。・・・日本書紀にも登場するほど日本人との関係は深く、我々が口にする『二十世紀』、『香水』、『長十郎』といった和ナシの原種かつ台木となる。」と書かれている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「庭木図鑑 植木ペディア」
★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市)