万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1572,1573,1574)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P61、P62、P63)―万葉集 巻一 一〇二、巻七 一一一八、巻七 一三五九

―その1572―

●歌は、「玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我は恋ひ思ふを」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P61)万葉歌碑<プレート>(巨勢郎女)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P61)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

 題詞は、「巨勢郎女報贈歌一首  即近江朝大納言巨勢人卿之女也」<巨勢郎女、報(こた)へ贈る歌一首  すなはち近江の朝の大納言巨勢人(こせのひと)卿が女(むすめ)なり>である。

 

◆玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎

      (巨勢郎女 巻一 一〇二)

 

≪書き下し≫玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我(あ)は恋ひ思(も)ふを

 

(訳)玉葛で花だけ咲いて実がならない、そんな実のない恋はどこのどなたさんのものなんでしょう。私の方はひたすら恋い慕うておりますのに。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)たまかづら【玉葛・玉蔓】名詞:つたなど、つる草の美称。 ※「たま」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) 実のならない雄木を匂わしている。

(注の注)たまかづら【玉葛・玉蔓】分類枕詞:つる草のつるが、切れずに長く延びることから、「遠長く」「絶えず」「絶ゆ」に、また、つる草の花・実から、「花」「実」などにかかる。(学研)

(注の注の注)たまかづら:さな葛。「実」の枕詞。雌木は実をつけ、雄木は花だけが咲く。(伊藤脚注)

(注)玉葛花のみ咲きて:実のならぬ雄木を匂わす。(伊藤脚注)

(注)ならず:誠意のないことの譬え。(伊藤脚注)

 

 この歌については、大伴安麻呂の歌とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1101)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「たまかづら(サルナシ)」と書かれている。

 「サルナシ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「北海道~九州の各地に分布するマタタビ科のツル性木本。低山の林内や林縁に自生し、他の木や岩に絡んで生い茂るように育つ。・・・サルナシの開花は5~7月で、葉の脇に白い五弁花が垂れ下がるように咲く。雌雄異株で、雄株に咲く雄花は黒紫色の葯が目立ち、2~3輪ずつ咲く。雌株には雌花あるいは両性花が1~3輪ずつ咲き、イソギンチャクのようになった複数の白い花柱が目立つ。」と書かれている。

 

「サネカヅラ(サナカヅラ)」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「関東以西の本州、四国、九州及び沖縄に分布する常緑性のつる性植物。秋にできる赤い果実を観賞あるいは実用するため古くから庭木として親しまれ、万葉集小倉百人一首にもその名が登場する。・・・サネカズラの開花は8~9月。・・・雌雄異株(稀に同株)で、雄株に咲く雄花には球状の赤い雄しべが多数ある。雌株に咲く雌花は黄緑色の雌しべが球状に集まり、子房も球状になる。・・・数少ない常緑性のツルであるため、フェンスや庭園に用いる。別名はビナンカズラなど。」と書かれている・

 

 いずれも「雌雄異株」であり、万葉びとは、草木の特性をよく観察し、巧みに歌に詠み込んでいることにはいつも驚かされる。



 

 

―その1573―

●歌は、「いにしへにありけむ人も我がごとか三輪の桧原にかざし折りけむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P62)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P62)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古尓 有險人母 如吾等架 弥和乃檜原尓 挿頭折兼

      (柿本人麻呂歌集 巻七 一一一八)

 

≪書き下し≫いにしへにありけむ人も我がごとか三輪の檜原にかざし折けむ

 

(訳)遠く過ぎ去った時代にここを訪れた人も、われわれのように、三輪の檜原(ひはら)で檜の枝葉を手折って挿頭(かざし)にさしたことであろうか。(伊藤 博著「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

(注)いにしへ【古へ・古】名詞:①遠い昔。▽経験したことのない遠い過去。②以前。▽経験したことのある近い過去。③昔の人。過去のこと。 ⇒参考 「いにしへ」と「むかし」の違い 「いにしへ」は遠い昔・以前(=近い過去)のように時間の経過を意識しているが、類義語の「むかし」は、漠然とした過去(=ずっと以前・かつて)を表している。(学研)

(注)かざし折けむ:生命力を身につけるため、檜の枝を髪にさしたであろうか。

(注の注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(学研)

 

万葉集には、「檜原」が詠まれたのは六首、「檜乃嬬手」「檜山」「檜橋」の形で三首が収録されている。この歌ならびにこれらについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1124)」で紹介している。

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―その1574―

●歌は、「向つ峰の若桂の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも」である。

 

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P63)にある。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P63)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌をみていこう。

 

◆向岳之 若楓木 下枝取 花待伊間尓 嘆鶴鴨

      (作者未詳 巻七 一三五九)

 

≪書き下し≫向つ峰(むかつを)の若楓(わかかつら)の木下枝(しづえ)とり花待つい間に嘆きつるかも 

 

(訳)向かいの高みの若桂の木、その下枝を払って花の咲くのを待っている間にも、待ち遠しさに思わず溜息がでてしまう。(同上)

(注)むかつを【向かつ峰・向かつ丘】名詞:向かいの丘・山。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。(学研)

(注)上二句(向岳之 若楓木)は、少女の譬え(伊藤脚注)

(注)下枝(しづえ)とり:下枝を払う。何かと世話をする意。(伊藤脚注)

(注)花待つい間:成長するのを待つ間にも。(伊藤脚注)

 

 「かつら【桂】」については、「weblio辞書 デジタル大辞泉」に、「⓵カツラ科の落葉高木。山地に自生。葉は広卵形で裏面が白い。雌雄異株。5月ごろ、紅色の雄花、淡紅色の雌花をつけ、花びらはない。材を建築・家具や碁盤・将棋盤などに用いる。おかつら。かもかつら。②中国の伝説で、月の世界にあるという木。」と書かれている。


 万葉集には、桂を詠んだ歌は三首収録されている。実際の桂を詠ったのは、一三五九歌である。他の二首は想像上の月の桂を詠っているのである。また、月にある桂の木で作った楫で月の舟を漕ぐ若者を詠った歌もある。

 これらの歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1089)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」