万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1584、1585,1586,1587)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P73、P74、P75、P76)―万葉集 巻七 一二四九、巻十七 三九四四、巻三 三七九、巻十一 二五三〇

―その1584―

●歌は、「君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P73)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P73)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆君為 浮沼池 菱採 我染袖 沾在哉

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二四九)

 

≪書き下し≫君がため浮沼(うきぬ)の池の菱(ひし)摘むと我(わ)が染(そ)めし袖濡れにけるか

 

(訳)あの方に差し上げるために、浮沼の池の菱の実を摘もうとして、私が染めて作った着物の袖がすっかり濡れてしまいました。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)浮沼(うきぬ)の池:所在未詳(伊藤脚注)

 

 伊藤氏は、脚注で「所在未詳」と書かれているが、島根県観光連盟HP「しまね観光なび]には、「浮布池」ついて、「三瓶山の西山麓にあり、三瓶山の噴火によって河川がせきとめられてできた『せきとめ湖』です。面積13万5,100平方メートル、最深部3.5mです。静間川の源にあたります。伝説では、長者の娘邇幣姫(にべひめ)が若者に変身した大蛇に恋をし、若者(大蛇)を追って、池に入水しました。その後池面に姫の衣が白線を描いて輝き、白い布が浮かぶようになったとされています。柿本人麻呂の『君がため浮沼(うきぬ)の池の菱(ひし)摘(つ)むとわが染めし袖ぬれにけるかも』は、この池で詠んだものといわれています。(後略)」と書かれている。

 「この池で詠んだものといわれています。」ロマンがあり、行って見たいと駆り立てられる。

 この歌については、2021年10月13日に同地を訪れた時のことや同歌碑とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1341)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「ひし(ヒシ)」である。

 「ヒシ」については、「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)に、薬効と用途について、「健胃、解熱、解毒、強壮作用があり、消化不良、胎毒、二日酔い、発熱などに用いる。果実を生食するか、粥で食べると消化を促進する。脱肛には煎液を患部に押し込むという療法がある。果実には多くのデンプンが含まれており、クリの実のような味がする。」と書かれている。

 

―その1585―

●歌は、「をみなへし咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出た廻り来ぬ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P74)万葉歌碑<プレート>(大伴池主)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P74)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆乎美奈敝之 左伎多流野邊乎 由伎米具利 吉美乎念出 多母登保里伎奴

      (大伴池主 巻十七 三九四四)

 

≪書き下し≫をみなへし咲きたる野辺(のへ)を行き廻(めぐ)り君を思ひ出(で)た廻(もとほ)り来(き)ぬ

 

(訳)女郎花の咲き乱れている野辺、その野辺を行きめぐっているうちに、あなたを思い出して廻り道をして来てしまいました。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌」<八月の七日の夜に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌である。三九四三~三九五五歌までが収録されている。

この家持を歓迎する宴は、越中歌壇の出発点となったと言われている。

 

三九四三~三九五五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その335)」で紹介している。

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 この歌とともに、家持と苦楽を共にした越中時代を経て、橘奈良麻呂の変で袂を分かつことになったことについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1021)」で紹介している。

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―その1586―

●歌は、「ひさかたの天の原より生れ来たる神の命奥山の賢木の枝に・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P75)万葉歌碑<プレート>(大伴坂上郎女

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P75)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者祈奈牟 君尓不相可聞

       (大伴坂上郎女 巻三 三七九)

 

≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の原(はら)より 生(あ)れ来(き)たる 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝(えだ)に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿(しし)じもの 膝(膝)折り伏して たわや女(め)の 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 我(わ)れは祈(こ)ひなむ 君に逢はじかも

 

 

(訳)高天原の神のみ代から現われて生を継いで来た先祖の神よ。奥山の賢木の枝に、白香(しらか)を付け木綿(ゆう)を取り付けて、斎瓮(いわいべ)をいみ清めて堀り据え、竹玉を緒(お)にいっぱい貫き垂らし、鹿のように膝を折り曲げて神の前にひれ伏し、たおやめである私が襲(おすい)を肩に掛け、こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう。それなのに、我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)しらか【白香】名詞:麻や楮(こうぞ)などの繊維を細かく裂き、さらして白髪のようにして束ねたもの。神事に使った。(学研)

(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(学研)

(注)いはひべ【斎ひ瓮】名詞:神にささげる酒を入れる神聖な甕(かめ)。土を掘って設置したらしい。(学研)

(注)たかだま【竹玉・竹珠】名詞:細い竹を短く輪切りにして、ひもを通したもの。神事に用いる。(学研)

(注)しじに【繁に】副詞:数多く。ぎっしりと。びっしりと。(学研)

(注)ししじもの【鹿じもの・猪じもの】分類枕詞:鹿(しか)や猪(いのしし)のようにの意から「い這(は)ふ」「膝(ひざ)折り伏す」などにかかる。(学研)

(注)おすひ【襲】名詞:上代上着の一種。長い布を頭からかぶり、全身をおおうように裾(すそ)まで長く垂らしたもの。主に神事の折の、女性の祭服。(学研)

(注)だにも 分類連語:①…だけでも。②…さえも。 ※なりたち副助詞「だに」+係助詞「も」

(注)君に逢はじかも:祖神の中に、亡夫宿奈麻呂を封じ込めた表現(伊藤脚注)

 

 題詞は、「大伴坂上郎女祭神歌一首并短歌」<大伴坂上郎女、神を祭る歌一首并せて短歌>である。 

 

 この歌ならびに短歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1079)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「さかき(サカキ)」である。

 「サカキ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「サカキの葉の表面は濃緑色で光沢があり、裏面は淡い緑色。水平に広がる枝葉は、神が降臨する依代(よりしろ)とされ、紙垂や木綿を付けた『玉串』を神前に供え、五色の幣帛(へいはく)を付た『真榊』は神前の装飾に使われる。・・・サカキは朝鮮半島や台湾、中国にも分布するが、漢字表記の『榊』は『神』と『木』を合わせた国字(日本製の漢字)。名前の由来には、葉が一年中青く栄えていることから『栄える木』、これが転じてサカキとなったという説や、神の世界と人間界の境に植える木を意味する『境木』からサカキとなったという説がある。現在の漢字表記は『榊』のほか『賢木』」と書かれている。

「さかき(サカキ)」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

  大伴坂上郎女に関し、中西 進氏は、その著「古代史で楽しむ万葉集」(角川ソフィア文庫)のなかで、「相聞」の伝統をいかした数々の歌はいうに及ばず、「そして一方、大伴の氏神を祭る長歌(巻三、三七九・三八〇)、当時自宅に寄宿していた新羅の尼僧理願(りがん)をいたむ長歌(巻三、四六〇・四六一)、逢坂山を越える行旅の歌(巻六、一〇一七)など、儀礼歌・挽歌・行旅歌をつくる。これまたもうひとつの和歌の伝統を正面から継承したもので、郎女は後期万葉に活躍したみごとな歌人だった。」と書かれている。そして「怨恨(えんこん)」を主題とした長歌(巻四、六一九・六二〇)、親族と宴(うたげ)する歌(巻六、九九五)をあげられ、「要するに和歌の伝統をすべて継承して十二分にその機能の中に遊び、和歌を誇らかに保持したのが郎女であった。」とも書かれている。

 

巻三、四六〇・四六一歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その787)」で紹介している・

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―その1587―

●歌は、「あらたまの寸戸が竹垣編目ゆも妹し見えなば我れ恋ひめやも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P76)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園入口横(P76)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆璞之 寸戸我竹垣 編目従毛 妹志所見者 吾戀目八方

       (作者未詳 巻十一 二五三〇)

 

≪書き下し≫あらたまの寸戸(きへ)が竹垣(たかがき)網目(あみめ)ゆも妹し見えなば我(あ)れ恋ひめやも

 

(訳)寸戸の竹垣、この垣根のわずかな編み目からでも、あなたの姿をほの見ることさえできたら、私はこんなに恋い焦がれたりなどするものか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あらたまの:「寸戸」の枕詞。懸り方未詳。(伊藤脚注)

(注)寸戸:未詳。寸戸の竹垣の編み目からでも。(伊藤脚注)

 

 この歌については、「あらたまの」は地名か枕詞かについてとともに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1510)」で紹介している。

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 パンフレット「万葉の草花が薫たつ 万葉の森公園」には、浜北ゆかりの万葉歌として、 

 巻二十 四三二二歌、巻十一 二五三〇歌、巻十四 三三五四歌、巻十四 三三五三歌があげられている。

 

 「万葉の森公園」の歌碑やプレートを駆け足で巡って来た。時間の都合もあり、回りきれてない所も多く残っている。機会があれば再訪したいところである。

万葉の森公園入口と説明案内板

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)

★「柳川ブランド推進協議会HP」

★「しまね観光なび] (島根県観光連盟HP)

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市

★「万葉の草花が薫たつ 万葉の森公園」 (制作 浜松市