万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1609,1610,1611)―広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(16,17,18)―万葉集 巻十一 二七五九、巻十四 三四一二、巻十七 三九二一

―その1609―

●歌は、「我がやどの穂蓼古幹摘み生し実になるまでに君をし待たむ」である。

広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(16)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(16)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾屋戸之 穂蓼古幹 棌生之 實成左右二 君乎志将待

        (作者未詳 巻十一 二七五九)

 

≪書き下し≫我(わ)がやどの穂蓼(ほたで)古幹(ふるから)摘(つ)み生(おほ)し実(み)になるまでに君をし待たむ

 

(訳)我が家の庭の穂蓼の古い茎、その実を摘んで蒔(ま)いて育て、やがてまた実を結ぶようになるまでも、私はずっとあなたを待ち続けています。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)ほたで【穂蓼】:蓼の穂が出たもの。蓼の花穂(かすい)。蓼の花。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)ふるから【古幹】名詞:古い茎。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)古幹摘み生し:古い茎の実を採りそれを蒔いて育てて(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1117)」で紹介している。

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歌碑(プレート)の植物名は、「たで(蓼)」、万葉集花名「たで」・現代花名「タデ」と書かれている。

 

たで【蓼】:タデ科タデ属の植物の総称。イヌタデ・ハナタデ・オオケタデ・サクラタデなど。また特に、葉を和風香辛料とするヤナギタデなどをさす。(webkio辞書 デジタル大辞泉



 

―その1610―

●歌は、「上つ毛野久路保の嶺ろの葛葉がた愛しけ子らにいや離り来も」である。

広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(17)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)



●歌碑(プレート)は、広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(17)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆賀美都家野 久路保乃祢呂乃 久受葉我多 可奈師家兒良尓 伊夜射可里久母

      (作者未詳 巻十四 三四一二)

 

≪書き下し≫上つ毛野久路保(くろほ)の嶺(ね)ろの葛葉(くずは)がた愛(かな)しけ子(こ)らにいや離(ざか)り来(く)も

 

(訳)上野の久路保(くろほ)の嶺(ね)のどこまでも延びる葛(くず)の葉ではないが、かわいくてならぬあの子からいよいよ遠ざかってしまうばかりだ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)久路保の嶺:赤城山(伊藤脚注)

(注)上三句は序。下二句の譬喩。(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1153)」で紹介している。

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歌碑(プレート)の植物名は、「くず(葛)」、万葉集花名「くず」・現代花名「クズ」と書かれている。

 

 「葛」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介している。

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『葛』について「庭木図鑑 植木ペディア」に「日本全国の山野、土手、草藪や道端に見られるマメ科多年草秋の七草の一つであり、葛根根の原料となることで知られるが、旺盛な繁殖力で庭や緑地に侵入し、既存の樹木を枯死させる。」と書かれている。

   「葛」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

 

 

 

―その1611―

●歌は、「かきつはた衣の摺り付けますらをの着襲ひ猟する月は来にけり」である。

広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(18)万葉歌碑<プレート>(大伴家持

●歌碑(プレート)は、広島県呉市倉橋町 万葉植物公園(18)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆加吉都播多 衣尓須里都氣 麻須良雄乃 服曽比獦須流 月者伎尓家里

       (大伴家持 巻十七 三九二一)

 

≪書き下し≫かきつはた衣(きぬ)に摺(す)り付けますらをの着(き)襲(そ)ひ猟(かり)する月は来にけり

 

(訳)杜若(かきつばた)、その花を着物に摺り付け染め、ますらおたちが着飾って薬猟(くすりがり)をする月は、今ここにやってきた。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)きそふ【着襲ふ】他動詞:衣服を重ねて着る。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 題詞は、「十六年四月五日獨居平城故宅作歌六首」<十六年の四月の五日に、独り平城(なら)の故宅(こたく)に居(を)りて作る歌六首>である。

 

左注は、「右六首天平十六年四月五日獨居於平城故郷舊宅大伴宿祢家持作」<右の六首の歌は、天平十六年の四月の五日に、独り平城(なら)故郷(こきゃう)の旧宅(きうたく)に居(を)りて、大伴宿禰家持作る。>である。

 

 題詞、左注の「独り平城(なら)に居り」、「平城(なら)故郷(こきゃう)の旧宅(きうたく)」から、安積親王の喪に服していたと考えられるのである。家持は、天平十年から十六年、内舎人(うどねり)であった。

(注)天平十六年:744年

(注)うどねり【内舎人】名詞:律令制で、「中務省(なかつかさしやう)」に属し、帯刀して、内裏(だいり)の警護・雑役、行幸の警護にあたる職。また、その人。「うとねり」とも。 ※「うちとねり」の変化した語。(学研)

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1322)」で紹介している。

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 三九一六から三九一一歌、六首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その339)」で紹介している。

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歌碑(プレート)の植物名は、「かきつばた(杜若)」、万葉集花名「かきつばた」・現代花名「カキツバタ」と書かれている。

 

カキツバタ」については、「みんなの趣味の園芸(NHK出版HP)」に「カキツバタは水辺の修景には欠かせない花で、古くから『万葉集』など歌にも詠まれ親しまれています。名前の由来は『書き付け花』で、衣服を染めるのに利用されたことによります。50ほどの園芸品種があり、・・・『いずれアヤメかカキツバタ』といわれるように、優劣がつけがたく区別しにくいもののたとえとして引用されますが、アヤメは陸生で、一般の草花と同様、水はけのよいところで育ち、一方のカキツバタは水生で、池や沼地など常に水のあるところを好みます。」と書かれている。

「かきつばた」 「みんなの趣味の園芸(NHK出版HP)」より引用させていただきました。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」

★「webkio辞書 デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」

★「みんなの趣味の園芸(NHK出版HP)」