―その1664―
●歌は、「他国に君をいませていつまでか我が恋ひ居らむ時の知らなく」である。
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(27)にある。
●歌をみてみよう。
◆比等久尓々 伎美乎伊麻勢弖 伊都麻弖可 安我故非乎良牟 等伎乃之良奈久
(狭野弟上娘子 巻十五 三七四九)
≪書き下し≫他国(ひとくに)に君をいませていつまでか我(あ)が恋ひ居(を)らむ時の知らなく
(訳)他国(よそぐに)にあなたを行かせてしまって、いったいいつまで私は恋い焦がれていなければならないのでしょうか。焦がれないでよい時のめどもわからないままで。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)ひとくに【人国/他国】:① 都以外の地方。他国。② 外国。異邦。(weblio辞書 デジタル大辞泉)ここでは①の意
宅守の三七四二歌<逢はむ日をその日と知らず常闇(とこやみ)にいづれの日まで我(あ)れ恋ひ居らむ>に答える形の歌である。(伊藤脚注)
「他国(ひとくに)」という言い方は、この前歌(三七四八歌)でも使われているが、他の事例もみてみよう。
題詞は、「大伴君熊凝歌二首 大典麻田陽春作」<大伴君熊凝(おほとものきみくまごり)が歌二首 大典(だいてん)麻田陽春(あさだのやす)作>である。
◆朝露乃 既夜須伎我身 比等國尓 須疑加弖奴可母 意夜能目遠保利
(麻田陽春 巻五 八八五)
≪書き下し≫朝露(あさつゆ)の消(け)やすき我(あ)が身他国(ひとくに)に過ぎかてぬかも親の目を欲(ほ)り
(訳)朝露のように消えやすい我が命ではあるが、こんな他国などでは死ぬに死にきれない。一目親に逢いたくて。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)あさつゆの【朝露の】分類枕詞:①朝露は消えやすいことから、「消(け)」「消(き)ゆ」、また「命」にかかる。②朝露が置く意から、「置く」に、また同音の「起く」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)他国(ひとくに):異郷。熊凝は肥後(熊本)の人だが、安芸(広島)で死んだ。(伊藤脚注)
もう一首みてみよう。
◆他國尓 結婚尓行而 大刀之緒毛 未解者 左夜曽明家流
(作者未詳 巻十二 二九〇六)
≪書き下し≫他国(ひとくに)によばひに行きて大刀(たち)が緒(を)もいまだ解(と)かねばさ夜(よ)ぞ明(あ)けにける
(訳)遠いよその国まで妻どいに出かけて行ったが、大刀の緒をまだ解きもしないうちに、一夜(いちや)が明けてしまった。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)ねば 分類連語:①〔「ば」が順接の確定条件を表す場合〕…ないので。…ないから。②〔「ば」が恒常条件を表す場合〕…ないと。…ないときは、いつも。③〔多く上に「も」を伴い、「ば」が逆接の確定条件のような意味を表す場合〕…ないのに。 ⇒なりたち:打消の助動詞「ず」の已然形+接続助詞「ば」(学研)ここでは③の意
―その1665―
●歌は、「天地の底ひのうちに我がごとく君に恋ふらぬ人はさねあらじ」である。
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(28)にある。
●歌をみていこう。
◆安米都知乃 曽許比能宇良尓 安我其等久 伎美尓故布良牟 比等波左祢安良自
(狭野弟上娘子 巻十五 三七五〇)
≪書き下し≫天地(あめつち)の底(そこ)ひのうらに我(あ)がごとく君に恋ふらむ人はさねあらじ
(訳)果てしもない天地のどん底にあって、私ほどあなたに身を焼く人、そんな人は、けっしておりますまい。(同上)
(注)そこひ【底ひ】名詞:極まる所。奥底。極み。果て。限り。(学研)
(注)うら【裏】名詞:①内側。内部。②表に現れない内容・意味。③裏面。裏。④(衣服の)裏地。⑤連歌(れんが)・俳諧(はいかい)で、二つ折りの懐紙の裏面。また、そこに書かれた句。[反対語]①~⑤表(おもて)。(学研)ここでは①の意
(注)さね 副詞:①〔下に打消の語を伴って〕決して。②間違いなく。必ず。(学研)ここでは①の意
三七五〇歌は、宅守の三七四〇歌<天地(あめつち)の神(かみ)なきものにあらばこそ我(あ)が思(も)ふ妹に逢(あ)はず死にせめ>を意識している。(伊藤脚注)
この歌はブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1379)」で紹介している。
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―その1666―
●歌は、「白栲の我が下衣失はず持てれ我が背子直に逢ふまでに」である。
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(29)にある。
●歌をみていこう。
◆之呂多倍能 安我之多其呂母 宇思奈波受 毛弖礼和我世故 多太尓安布麻弖尓
(狭野弟上娘子 巻十五 三七五一)
≪書き下し≫白栲(しろたへ)の我(あ)が下衣(したごろも)失はず持てれ我(わ)が背子(せこ)直(ただ)に逢ふまでに
(訳)まっ白な私の下衣、この衣も、肌身離さず持っていいて下さいね、あなた。じかにお逢いできるその日までずっと。(同上)
(注)したごろも【下衣】名詞:下に着る衣。下着。(学研)
宅守の三七三三歌【我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし <訳>いとしいあなたの形見の衣、この衣がなかったら、何を頼りに命を繋いでゆくことができようか。(同上)】と響き合っている。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1356③)」で紹介している。
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三七四五から三七五三歌を読めば読むほど、娘子の思いが張り裂けんばかりであり、「花筐」の照日の前が「狂女」となったのと同じような心境に追い込まれていっている感じが強く出ている。
こちらまで「なんとかしてあげて・・・」と叫びたくなる。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「万葉ロマンの道(歌碑)散策マップ」