万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1670~1672)―福井県越前市 万葉ロマンの道(33~35)―万葉集 巻十五 三七五五~三七五七

―その1670―

●歌は、「愛しと我が思ふ妹を山川を中にへなりて安けくもなし」である。

福井県越前市 万葉ロマンの道(33)万葉歌碑<道標燈籠>(中臣宅守

●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(33)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆宇流波之等 安我毛布伊毛乎 山川乎 奈可尓敝奈里弖 夜須家久毛奈之

       (中臣宅守 巻十五 三七五五)

 

≪書き下し≫愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を山川(やまかは)を中にへなりて安けくもなし

 

(訳)すばらしいと私が思いつづけているあなたなのに、山や川、そう、山や川が中に隔てとなっていて、一時とて安らかな気持ちではいられない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うるはし【麗し・美し・愛し】形容詞:①壮大で美しい。壮麗だ。立派だ。②きちんとしている。整っていて美しい。端正だ。③きまじめで礼儀正しい。堅苦しい④親密だ。誠実だ。しっくりしている。⑤色鮮やかだ。⑥まちがいない。正しい。本物である。 ⇒参考うつくし(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注の注)うつくし【愛し・美し】形容詞:①いとしい。②かわいい。愛らしい。③美しい。きれいだ。④見事だ。りっぱだ。申し分ない。⑤〔近世以降連用形を副詞的に用いて〕手際よく円満に。きれいさっぱりと。(学研)

(注)やすけく【安けく】:心が安らかであること。 ※派生語。 ⇒なりたち:形容詞「やすし」の古い未然形+接尾語「く」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 「愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)」という句は、三七二九歌<愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を思ひつつ行けばかもとな行き悪しかるらむ>でも宅守は使っている。

 また、三七六六歌<愛(うるは)しと思ひし思はば下紐(したびも)に結(ゆ)ひつけ持ちてやまず偲(しの)はせ>でも「愛(うるは)し思ひし」というフレーズを使っている。

 

 宅守は娘子に対し、敬語を使うことがあるが、「愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)」という言い方にもそういったニュアンスが含まれているのであろう。

 

 

―その1671―

●歌は、「向ひ居て一日もおちず見しかどもいとはぬ妹を月わたるまで」である。

福井県越前市 万葉ロマンの道(34)万葉歌碑<道標燈籠>(中臣宅守



●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(34)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆牟可比為弖 一日毛於知受 見之可杼母 伊等波奴伊毛乎 都奇和多流麻弖

       (中臣宅守 巻十五 三七五六)

 

≪書き下し≫向(むか)ひ居(ゐ)て一日(ひとひ)もおちず見しかども厭はぬ妹を月わたるまで

 

(訳)向かい合って、一日も欠かさずに顔を見ていて、ちっともいやになることなどなかったあなたなのに、こんなに幾月にもわたるまで離れ離れでいて・・・。(同上)

(注)おちず【落ちず】分類連語:欠かさず。残らず。 ⇒なりたち 動詞「おつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形(学研)

(注)ども 接続助詞《接続》活用語の已然形に付く。:①〔逆接の確定条件〕…けれども。…のに。…だが。②〔逆接の恒常条件〕…てもいつも。…であっても必ず。 ⇒語法 軽い接続の用法 「ども」には、はっきりした逆接の関係にならず、「…だが、その一方で」「…だけではなく、さらに」などの意を表しているとみられる次のような例もある。「風吹き波激しけれども、かみさへ頂(いただき)に落ちかかるやうなるは」(『竹取物語』)〈風が吹き、波が激しいだけではなく、さらに雷までも頭の上に落ちかかるようなのは。〉 ⇒参考 「ど」とほとんど同義。中古では、和文には「ど」、漢文訓読文には「ども」が多用されたが、中世以降は「ども」が優勢になる。(学研)

(注)いとふ【厭ふ】他動詞:①いやがる。②〔多く「世をいとふ」の形で〕この世を避ける。出家する。③いたわる。かばう。大事にする。(学研)ここでは①の意

(注)わたる【渡る】自動詞:①越える。渡る。②移動する。移る。③行く。来る。通り過ぎる。④(年月が)過ぎる。経過する。(年月を)過ごす。(年月を)送る。暮らす。⑤行き渡る。広く通じる。及ぶ。⑥〔多く「せ給(たま)ふ」とともに用いて〕いらっしゃる。おられる。▽「あり」の尊敬語。(学研)ここでは④の意

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1380)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

―その1672―

●歌は、「我が身こそ関山越えてここにあらめ心は妹に寄りにしものを」である。

福井県越前市 万葉ロマンの道(35)万葉歌碑<道標燈籠>(中臣宅守

●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(35)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆安我未許曽 世伎夜麻故要弖 許己尓安良米 許己呂波伊毛尓 与里尓之母能乎

       (中臣宅守 巻十五 三七五七)

 

≪書き下し≫我(あ)が身こそ関山(せきやま)越えてここにあらめ心は妹に寄りにしものを

 

(訳)我が身こそ、関や山を越えてこんな遠くにありもしようが、心は抜け出て都のあなたの傍(そば)にぴったり寄り添っているのです。(同上)

(注)こそ-あらめ 分類連語:…(は)よいだろうけれど。…(は)構わないが。 ⇒なりたち:係助詞「こそ」+ラ変動詞「あり」の未然形+推量の助動詞「む」の已然形(学研)

(注)関山:三七五四歌<過所なしに飛び越ゆるほととぎす多我子尓毛やまず通はむ>の「関」、三七五五歌<愛しと我が思ふ妹を山川を中にへなりて安けくもなし>の「山川」をまとめた語。身は隔てていても、心は娘子の側にあると述べて、三七五四から三七五七歌四首を結ぶ歌としている。(伊藤脚注)

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉ロマンの道(歌碑)散策マップ」