万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1712)―香川県宇多津町 網の浦万葉公園―万葉集 巻一 五、六

●歌は、「霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥 うら泣け居れば・・・」と

「山越しの風を時じみ寝る夜おちず家にある妹を懸けて偲ひつ」である。

香川県宇多津町 網の浦万葉公園万葉歌碑(軍王)

●歌碑は、香川県宇多津町 網の浦万葉公園にある。

 

●歌をみていこう。                         

 

 題詞は、「幸讃岐國安益郡之時軍王見山作歌」<讃岐(さぬき)の国の安益(あや)の郡(こほり)に幸(いでます)時に、軍王(こにきしのおほきみ)が山を見て作る歌>である。

(注)軍王 いくさのおおきみ:飛鳥(あすか)時代の歌人。舒明(じょめい)天皇にしたがい、讃岐(さぬき)でよんだ歌を「万葉集」にのこす。斉明天皇七年(661年)百済(くだら)(朝鮮)に帰国した百済の王子余豊璋(よ-ほうしょう)とする説、文武天皇のころの人物とする説などがある。「こにきしのおおきみ」ともよむ。(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

(注)安益(あや)の郡:香川県綾歌群東部。(伊藤脚注)

(注)山を見て作る歌:山を見て望郷の念を述べる歌。(伊藤脚注)

 

 

◆霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 村肝乃 心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠手次 懸乃宜久 遠神 吾大王乃 行幸能 山越風乃 獨座 吾衣手尓 朝夕尓 還比奴礼婆 大夫登 念有我母 草枕 客尓之有者 思遣 鶴寸乎白土 網能浦之 海處女等之 焼塩乃 念曽所焼 吾下情

     (軍王 巻一 五)

 

≪書き下し≫霞立つ 長き春日(はるひ)の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥(どり) うら泣け居(を)れば 玉たすき 懸(か)けのよろしく 遠(とほ)つ神(かみ) 我(わ)が大君の 行幸(いでまし)の 山越(やまこ)す風の ひとり居(を)る 我(わ)が衣手(ころもで)に 朝夕(あさよひ)に 返らひぬれば ますらをと 思へる我(わ)れも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣(や)る たづきを知らに 網(あみ)の浦の 海人娘子(あまをとめ)らが 焼(や)く塩の 思ひぞ焼くる 我(あ)が下心(したごころ)

 

(訳)霞(かすみ)立ちこめる、長い春の日がいつ暮れたのかわけもわからぬほど、この胸のうちが痛むので、ぬえこ鳥のように忍び泣きをしていると、玉襷(たまたすき)を懸(か)けるというではないが、心に懸けて想うのに具合よろしく、遠い昔の天つ神そのままにわれらが大君のお出(で)ましの地の山向こうの故郷の方から神の運んでくる風が、家を離れてたったひとりでいる私の衣の袖(そで)に、朝な夕な、帰れ帰れと吹き返るものだから、立派な男子だと思っている私としてからが、草を枕の遠い旅空にあることとて、思いを晴らすすべも知らず、網(あみ)の浦(うら)の海人娘子(あまおとめ)たちが焼く塩のように、故郷への思いにただ焼(や)け焦(こ)がれている。ああ、切ないこの我が胸のうちよ。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)かすみたつ【霞立つ】分類枕詞:「かす」という同音の繰り返しから、地名の「春日(かすが)」にかかる。「かすみたつ春日の里」(学研)

(注)わづき:区別。孤語で、他に例がない。(伊藤脚注)

(注)むらきもの【群肝の】分類枕詞:「心」にかかる。心は内臓に宿るとされたことからか。「むらぎもの」とも。(学研)

(注)ぬえこどり【鵼小鳥】分類枕詞:悲しげな鳴き声から「うらなく(=忍び泣く)」にかかる。(学研)

(注の注)ぬえ【鵼・鵺】名詞:鳥の名。とらつぐみ。夜、ヒョーヒョーと鳴く。鳴き声は、哀調があるとも、気味が悪いともされる。「ぬえことり」「ぬえどり」とも。(学研)

(注)たまだすき【玉襷】名詞:たすきの美称。たすきは、神事にも用いた。 ※「たま」は接頭語。(学研)

(注の注)たまだすき【玉襷】分類枕詞:たすきは掛けるものであることから「掛く」に、また、「頸(うな)ぐ(=首に掛ける)」ものであることから、「うなぐ」に似た音を含む地名「畝火(うねび)」にかかる。(学研)

(注)かけ【掛け・懸け】名詞:心や口の端にかけること。口に出して言うこと。(学研)

(注)たづき【方便】名詞:①手段。手がかり。方法。②ようす。状態。見当。 ⇒参考 古くは「たどき」ともいった。中世には「たつき」と清音にもなった。(学研)ここでは①の意

 

「ますらをと思える我れも」とあるが、官人意識による語(伊藤脚注)である。

この歌ならびに「ますらを」について詠われた歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1367)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 次に六歌をみてみよう。

 

◆山越乃 風乎時自見 寐夜不落 家在妹乎 懸而小竹櫃

(巻一 六 軍王)

 

≪書き下し≫山越(やまこ)しの風を時じみ寝(ぬ)る夜(よ)おちず家なる妹(いも)を懸(か)けて偲ひつ

 

(訳)山越しの風が絶えず袖をひるがえすので、寝る夜は一夜(ひとよ)もおかず、家に待つ妻、あのいとしい妻を、私は吹きかえる風に事寄せては偲んでいる。(同上)

(注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。(学研) ⇒参考:上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。

(注)おちず【落ちず】分類連語:欠かさず。残らず。(学研) ⇒なりたち:動詞「おつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形(学研)

 

 左注は、「右檢日本書紀 無幸於讃岐國 亦軍王未詳也 但山上憶良大夫類聚歌林曰 記曰 天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午幸于伊与温湯宮 云々 一書 是時 宮前在二樹木 此之二樹斑鳩比米二鳥大集 時勅多挂稲穂而養之 乃作歌 云々 若疑従此便幸之歟」<右は、檢日本書紀に検(ただ)すに、讃岐の国に幸(いでま)すことなし。 また、軍王(こにきしのおほきみ)もいまだ詳(つばひ)らかにあらず。ただし、山上憶良大夫(やまのうへのおくらのまへつきみ)が類聚歌林(るいじうかりん)に曰(い)はく、「紀には『天皇の十一年己亥(つちのとゐ)の冬の十二月己巳(つちのとみ)の朔(つきたち)の壬午(みづのえうま)に、伊与(いよ)の温湯(ゆ)の宮(みや)に幸(いでま)す云々(しかしか)』といふ。 一書には『この時に宮の前に二つの樹木あり。この二つの樹(き)に斑鳩(いかるが)と比米(ひめ)との二つの鳥いたく集(すだ)く。時に勅(みことのり)して多(さは)に稲穂(いなほ)を掛けてこれを養(か)はしめたまふ。すなはち作る歌云々』といふ」と。けだし、ここよりすなはち幸(いでま)すか>である。

(注)この左注は、天平十七年(745年)段階で大伴家持たちが付したものらしい。(伊藤脚注)

(注)壬午(みづのえうま):干支で日を数えたもの。十四日。(伊藤脚注)

(注)いかるが【斑鳩】名詞:鳥の名。もずに似た渡り鳥。まめまわし。「いかる」とも(学研)

(注の注)斑鳩:「比米」と共にスズメ科の小鳥。(伊藤脚注)

「歌碑の解釈例」解説案内板

「用語の意味と解釈」説明案内板

 

 「網の浦万葉公園」については、宇多津町(うたづちょう)HPに「公園は旧市街地を示す『古街』エリア内にあり、『網の浦』は公園一帯を示す地名です。古くは万葉集の第一巻の五番に『網の浦』が詠まれ、宇多津の地名として現在に受け継がれたものと考えられており(諸説あり)、園内にある歌碑でその歌を詠むことができます。(町史より抜粋)

電車を模した遊具

 また、公園が面する町道は、昭和38年まで鉄道であったことが知られ(琴平参宮鉄道廃線跡)、園内にはその歴史を偲び電車を模した遊具が設置されています。

(トイレあり/平成22年度竣工:バリアフリートイレ)」と書かれている。

 同公園は、宇多津町役場近くにある。

園内風景

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」

★「宇多津町HP」