万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1714~1716)―東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(1)~(3)―万葉集 巻三 二八九、巻三 四一三、巻三 四五三

―その1714―

●歌は、「天の原降り放け見れば白真弓張りて懸けたり夜道はよけむ」である。

東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(1)万葉歌碑<プレート>(間人大浦)

●歌碑(プレート)は、東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(1)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「間人宿祢大浦初月歌二首」<間人宿禰大浦(はしひとのすくねおほうら)が初月(みかづき)の歌二首>である。

(注)はつづき【初月】〘名〙:① 新月のこと。特に、陰暦八月初めの月。しょげつ。《季・秋》(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

天原 振離見者 白真弓 張而懸有 夜路者将吉

       (間人大浦 巻三 二八九)

 

≪書き下し≫天の原(あまのはら)振(ふ)り放(さ)け見れば白真弓(しらまゆみ)張りて懸(か)けたり夜道(よみち)はよけむ

 

(訳)天の原を遠く振り仰いで見ると、白木の真弓を張って月がかかっている。この分だと夜道はさぞかし歩みやすいであろう。

(注)白真弓:白木の弓。三日月の譬え。(伊藤脚注)

 

 もう一首もみてみよう。

 

◆椋橋乃 山乎高可 夜隠尓 出来月乃 光乏寸

       (間人大浦 巻三 二九〇)

 

≪書き下し≫倉橋(くらはし)の山を高みか夜隠(よごも)りに出で来(く)る月の光乏(とも)しき

 

(訳)倉橋の山が高いからであろうか、夜遅く出て来る月のその光の心細いのは。

(注)倉橋の山:奈良県桜井市倉橋の音羽山か。(伊藤脚注)

(注)よごもり【夜籠・夜隠】〘名〙:① 夜が深いこと。まだ夜が明けきらないこと。また、その時刻。深夜。夜ふけ。② 社寺に参拝して、一晩中こもって祈ること。(コトバンク  精選版 日本国語大辞典)ここでは①の意

 

 

 「初月(みかづき)」といえば、娘大嬢の気持ちを寓した大伴坂上郎女と家持(十六歳)の歌が浮かんでくる。歌をみてみよう。

 

 題詞は、「同坂上郎女初月歌一首」<同じき坂上郎女が初月(みかづき)の歌一首>である。

 

◆月立而 直三日月之 眉根掻 氣長戀之 君尓相有鴨

       (大伴坂上郎女 巻六 九九三)

 

≪書き下し≫月立ちてただ三日月(みかづき)の眉根(まよね)掻(か)き日(け)長く恋ひし君に逢へるかも

 

(訳)月が替わってほんの三日目の月のような細い眉(まゆ)を掻きながら、長らく待ち焦がれていたあなたにとうとう逢うことができました。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)三日月の眉:漢語「眉月」を踏まえる表現。(伊藤脚注)

(注)眉根掻く:眉がかゆいのは思う人に逢える前兆とされた。娘大嬢の気持ちを寓していると思われる。(伊藤脚注)

 

 家持の歌をみてみよう。

 

 題詞は、「大伴宿祢家持初月歌一首」<大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)が初月(きかづき)の歌一首>である。

 

◆振仰而 若月見者 一目見之 人乃眉引 所念可聞

       (大伴家持 巻六 九九四)

 

≪書き下し≫振り放(さ)けて三日月(みかづき)見れば一目(ひとめ)見し人の眉引(まよび)き思ほゆるかも

 

(訳)遠く振り仰いで三日月を見ると 一目見たあの人の眉根がしきりに思われます。(同上)

(注)まよびき【眉引き】名詞:眉墨(まゆずみ)でかいた眉。 ※後には「まゆびき」とも。上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)三句以下、坂上大嬢への思いを寓していると思われる。(伊藤脚注)

 

 九九三・九九四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その7改、8改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦下さい。)

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

―その1715-

●歌は、「須磨の海女の塩焼き衣の藤衣間遠にしあればいまだ着なれず」である。

東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(2)万葉歌碑<プレート>(大網公人主)

●歌碑(プレート)は、東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(2)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「大網公人主宴吟歌一首」<大網公人主(おほあみのきみひとぬし)が宴吟(えんぎん)の歌一首>である。

 

◆須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢

         (大網公人主 巻三 四一三)

 

≪書き下し≫須磨(すま)の海女(あま)の塩焼(しほや)き衣(きぬ)の藤衣(ふぢごろも)間遠(まどほ)にしあればいまだ着なれず

 

(訳)須磨の海女が塩を焼く時に着る服の藤の衣(ころも)、その衣はごわごわしていて、時々身に着るだけだから、まだいっこうにしっくりこない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)須磨:神戸市須磨区一帯。

(注)ふぢごろも【藤衣】名詞:ふじやくずなどの外皮の繊維で織った布の衣類。織り目が粗く、肌触りが硬い。貧しい者の衣服とされた。 ※「藤の衣(ころも)」とも。(学研)

(注の注)藤衣の目が粗いことから逢う感覚が遠く馴染の浅い意を譬える。

(注)まどほ【間遠】名詞:①間隔があいていること。②編み目や織り目があらいこと。(学研)

 

 「藤衣」という響きからくるイメージと異なり「織り目が粗く、肌触りが硬い。貧しい者の衣服とされた」とは。

 

四一三歌は、自分の恐らく新妻をおとしめて譬えたのであろうが、譬えられた妻の気持ちや如何。

 

この歌ならびに「塩焼き衣」、「塩焼く煙」」、「塩焼く」、「焼く塩」、「藻塩焼く」などと詠まれている歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1636)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「わかめ」を刈ったり、干したりそして塩焼きと「櫛で髪をすく暇もなくきつい仕事に取り組んでいる海女の働きぶりを詠っている次の歌をみてみよう。

 

◆然之海人者 軍布苅塩焼 無暇 髪梳乃小櫛 取毛不見久尓

     (石川君子 巻三 二七八)

 

≪書き下し≫志賀(しか)の海女(あま)は藻(め)刈り塩焼き暇(いとま)なみ櫛笥(くしげ)の小櫛(をぐし)取りも見なくに

 

(訳)志賀島の海女(あま)は、藻を刈ったり塩を焼いたりして暇がないので、櫛笥の小櫛、その櫛を手に取って見ることもできない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)藻:食用や製塩の材料である海藻。(伊藤脚注)

 (注)石川君子:奈良朝風流侍従の一人。(伊藤脚注)

 

 石川朝臣君子は、号(あざな)は少郎子(せうらうし)であるが、塩焼き海女の話を聞き詠ったのであろう。女性の身だしなみの小道具にふれ、それを手に取って見ることもできないほどの忙しさは都人にとっては驚きであったのだろう。

 

 

 

―その1716―

●歌は、「我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心むせつつ涙し流る」である。

東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(3)万葉歌碑<プレート>(大伴旅人

●歌碑(プレート)は、東山魁夷せとうち美術館前庭広場小径(3)にある。

 

●歌をみていこう。

 

四五一~四五三歌の題詞は、「還入故郷家即作歌三首」<故郷の家に還(かへ)り入りて、すなわち作る歌三首>である。

 

◆吾妹子之 殖之梅樹 毎見 情咽都追 涕之流

     (大伴旅人 巻三 四五三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が植ゑし梅の木見るごとに心むせつつ涙(なみた)し流る

 

(訳)いとしいあの子が植えた梅の木、その木を見るたびに、胸がつまって、とどめもなく涙が流れる。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)見るごとに:追慕が将来かけてやむことのないことを匂わす。(伊藤脚注)

(注)むす【噎す・咽す】自動詞:①むせる。②(悲しみで)胸がつまったようになる。(学研)ここでは②の意

 

 この歌ならびに他の二首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1360)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 大宰府にあっては、大伴四綱の三三〇歌「・・・奈良の都を思ほすや君」と問われ、三三一から三三五歌であこがれ続けた奈良の都への思いを詠っていたが、最愛の妻大伴郎女を失ったのでかえって孤独の辛さに堪えがたいと四三九・四四〇歌で詠っている。

 果たして、我が家に戻ったその空しさたるや想像以上のもので、四五一歌では、「人もなき空しき家」と詠い、「妹として二人作りしわが山斎(しま)」の木々は延び放題(四五二歌)で、その中で「我妹子(わぎもこ)が植ゑし梅の木見るごとに心むせつつ涙(なみた)し流る(四五三歌)」と心に空いた空虚感を詠っている。

 

 四綱の三三〇歌、それに和した旅人の三三一から三三五歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その506)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 四三九・四四〇歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その895)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴旅人―人と作品」 中西 進 編 (祥伝社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク  精選版 日本国語大辞典