●歌は、「あぢかまの塩津をさして漕ぐ舟の名はのりてしを逢はずあらめやも」である。
●歌をみていこう。
◆味鎌之 塩津乎射而 水手船之 名者謂手師乎 不相将有八方
(作者未詳 巻十一 二七四七)
≪書き下し≫あぢかまの塩津(しほつ)をさして漕ぐ舟の名は告(の)りてしを逢はずあらめやも
(訳)あじかまの塩津を目指して漕ぎ進む舟が大声で名を告げるように、はっきりと私の名はうち明けたのだもの。逢って下さらないなんていうことがあるはずはない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)あぢかまの:未詳。塩津の枕詞か。(伊藤脚注)
(注)塩津:琵琶湖北東端の港。北陸道の入り口。
(注)上三句は「名は告(の)りてし」を起こす序。出航に際して大声で舟の名を告げる慣習によるものか。(伊藤脚注)
この歌は、部立「寄物陳思」の歌群の一つである。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その401,402)」で紹介している。
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「万葉歌碑を訪ねて(その401,402)」では、「塩津」を地名ととらえ、北陸道の入り口、琵琶湖北東端の港としての解説がなされている。
今回の歌碑は、高松市庵治町鎌野 鎌野海岸にある。「庵治」「鎌野」の塩津(港)として見ているようである。
「あぢ」については、鴨君足人の巻三 二五七歌に「・・・奥邊波 鴨妻喚 邊津方尓 味村左和伎 ・・・」<・・・ 沖辺(おきへ)には 鴨(かも)妻(つま)呼(よ)ばひ 辺(へ)つ辺(へ)に あぢ群騒(むらさわ)き ・・・>(訳)「・・・池の沖の方には鴨がつがいを呼び、岸辺ではあじ鴨の群れが騒いでいるけれども・・・」とあり、この「あぢ」を「あじ鴨」ととらえ、「塩津」にかかる枕詞として見ているようである。
「沖辺(おきへ)には 鴨(かも)妻(つま)呼(よ)ばひ 」「辺(へ)つ辺(へ)に あぢ群騒(むらさわ)き 」と対句として見た場合、「鴨」と「あぢ」(あじ鴨)と対句でもってくるのは不自然なように思えるのである。「あぢ群騒(むらさわ)き」は、「あぢさはふ」の「あぢ」と同じととらえ非常に群れて騒ぎとした方が、「沖辺」では、「鴨」が「妻よばひ」、「辺つ辺」では(鴨が)「群騒(むらさわ)き」となりしっくりいくように思える。
(注)(注)あぢ【䳑】名詞:水鳥の名。秋に飛来し、春帰る小形の鴨(かも)。あじがも。ともえがも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)枕詞「あぢさはふ」について、「目」あるいは「夜昼知らず」にかかる、とあり、語義・かかる理由未詳となっている。
朴炳植氏は、「『万葉集』は韓国語で歌われた 『万葉集の発見』」(学習研究社)のなかで、「『味沢相』は、『非常にしげしげと会う」の意である。この場合の『味』は、韓国語の『アズ(AJU)=非常に』または『マッ=味』から終子音を省略した『マ=真=ほんとうに』のどちらとも取れる。『沢』は「サハ=多い・たくさん」であり、『相』はずばり『会う』であるから、総合すると『非常にしげしげと会う』という意味に使われた(後略)』と書かれている。
「民俗学の広場HP」で庵治の名前の由来を検索してみると、「庵治(あじ): 香川県高松市庵治町(あじちょう) 地名の由来については、弘法大師が掘ったと伝える阿伽井(あかい)の泉があり、その上の石に阿の字が刻まれていたことによるとする説、葦の生えている地、つまり葦地が『あじ』となったという説などがある。」と書かれており奈良万葉まで遡ることが出来なかった。
「あぢかまの」で始まる歌は万葉集にはあと二首が収録されている。いずれも東歌である。
みてみよう。
◆阿遅可麻能 可多尓左久奈美 比良湍尓母 比毛登久毛能可 加奈思家乎於吉弖
(作者未詳 巻十四 三五五一)
≪書き下し≫阿遅可麻(あぢかま)の潟(かた)にさく波平(ひら)せにも紐解くものか愛(かな)しけを置きて
(訳)阿遅可麻(あぢかま)の干潟に白く咲く波、その波が広がる平瀬のように、のべつまくなしに他(あだ)しの女の下紐を解いたりなんかするもんか。いちしいお前さまをさしおいて。(同上)
(注)上二句は序。「平せに」を起こす。咲く波の広がる平瀬の意。(伊藤脚注)
(注)ものか 分類連語:①…ものか。…ていいものか。▽非難の意をこめて問い返す意を表す。②(なんとまあ)…ことよ。(驚いたことに)…ではないか。▽意外な事態に驚いたときの強い感動を表す。 ⇒参考:活用語の連体形に接続する。 ⇒なりたち:形式名詞「もの」+係助詞「か」(学研)ここでは①の意
(注)かなしけ【愛しけ】形容詞「かなし」の連体形の変化した形。: ※上代の東国方言。(学研)
◆安治可麻能 可家能水奈刀尓 伊流思保乃 許弖多受久毛可 伊里弖祢麻久母
(作者未詳 巻十四 三五五三)
≪書き下し≫安治可麻(あじかま)の可家(かけ)の港に入(い)る潮(しほ)のこてたずくもか入りて寝(ね)まくも
(訳)安治可麻(あじかま)の可家(かけ)の川口に入ってくる潮が緩やかなように、人の噂がおだやかであってくれたらなあ。あの子の寝床に入って寝たいんだ、俺は。(同上)
(注)上三句は序。「こてたずく」を起こす。(伊藤脚注)
(注)こてたずくもか:噂が静まってほしい意か。(伊藤脚注)
いずれも未勘国の歌である。阿遅可麻(あぢかま)の干潟も安治可麻(あじかま)の可家(かけ)もどこか未詳である。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「『万葉集』は韓国語で歌われた 『万葉集の発見』」 朴 炳植 著(学習研究社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「民俗学の広場HP」