万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1797)―愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(9)―万葉集 巻五 八三四

●歌は、「梅の花今盛なり百鳥の声の恋しき春来るらし」である。

愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(9)万葉歌碑(田氏肥人)

●歌碑は、愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(9)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆烏梅能波奈 伊麻佐加利奈利 毛ゝ等利能 己恵能古保志枳 波流岐多流良斯  [小令史田氏肥人]

       (田氏肥人 巻八 八三四) 

 

≪書き下し≫梅の花今盛りなり百鳥(ももとり)の声の恋(こほ)しき春来(きた)るらし  [小令史(せうりゃうし)田氏肥人(でんじのこまひと)]

 

(訳)梅の花が今がまっ盛りだ。鳥という鳥のさえずりに心おどる春が、今まさにやってきたらしい。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)百鳥(ももとり):多くの鳥。種々の鳥。(コトバンク デジタル大辞泉

 

 この歌は、「梅花の歌三十二首」の一首である。

■序ならびに八二二歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その1)」で紹介している。

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■八一五から八二一歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その2)」で紹介している。

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万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その1」)―太宰府メモリアルパークー万葉集 梅花の歌三十二首 - 万葉集の歌碑めぐり

 

■八二三から八二九歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その3)」で紹介している。

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万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その3)―太宰府メモリアルパーク―梅花の歌三十二首 - 万葉集の歌碑めぐり

 

■八三〇から八三七歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その4)」で紹介している。

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万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その4)―太宰府メモリアルパーク―万葉集 梅花の歌三十二首 - 万葉集の歌碑めぐり

 

■八三八から八四五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その5)」で紹介している。

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万葉歌碑を訪ねて(太宰府番外編その5)―太宰府メモリアルパーク―万葉集 梅花の宴 - 万葉集の歌碑めぐり

 

 この「梅花の歌三十二首」に続いて、「員外、故郷を思ふ歌両首」と「後に梅の歌に追和する四首」が収録されているので、こちらもみてみよう。

 この六首の作者について、伊藤 博氏は、脚注において「旅人らしい」とされている。また、「大伴旅人―人と作品」(中西 進 編 祥伝社)の中の、「口語訳付大伴旅人全歌集」の稿で江口 洌氏は、当該歌について「作者認定の議論があるが、旅人歌として訳者が認めるもの」と書かれている。従って、この六首の作者名は「大伴旅人☆」と書かせていただきます。

 

題詞は、「員外思故郷歌兩首」<員外(ゐんぐわい)、故郷を思ふ歌両首>である。

(注)員外:梅花三二首の員数外の人。(伊藤脚注)

 

◆和我佐可理 伊多久々多知奴 久毛尓得夫 久須利波武等母 麻多遠知米也母

       (大伴旅人☆ 巻五 八四七)

 

≪書き下し≫我(わ)が盛(さか)りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬(くすり)食(は)むともまたをちめやも

 

(訳)私の盛りはすっかり過ぎてしまった。飛行長生(ひぎようちようせい)の仙薬(せんやく)を飲んでも、再び若返りはしまい。(同上)

(注)くたつ【降つ】自動詞タ:①(時とともに)衰えてゆく。傾く。②夕方に近づく。夜がふける。 ※「くだつ」とも。上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)くも【雲】 に 飛(と)ぶ薬(くすり):「列仙全伝‐二」から、 飲むと雲にまでも飛ぶことができるという仙人の霊薬。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注の注)せんやく【仙薬】名詞:飲むと仙人になれる不老不死の薬。霊薬。(学研)

(注)をつ【復つ】自動詞:元に戻る。若返

る。(学研)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち:推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 

 

 

◆久毛尓得夫 久須利波牟用波 美也古弥婆 伊夜之吉阿何微 麻多越知奴倍之

       (大伴旅人☆ 巻五 八四八)

 

≪書き下し≫雲に飛ぶ薬食むよは都見ばいやしき我(あ)が身また変若ぬべし

 

(訳)飛行長生の薬を飲むよりはむしろ奈良の都を一目見たい、そうしたら、この卑しい老爺(ろうや)の身も若返るにちがいない。(同上)

(注)よ 格助詞《接続》体言、活用語の連体形に付く。:①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒参考:上代の歌語。類義語に「ゆ」「ゆり」「より」があったが、中古以降は「より」に統一された。(学研)ここでは④の意

(注)ば 接続助詞《接続》活用語の未然形、已然形に付く。

(一)未然形に付く場合。〔順接の仮定条件:〕…たら。…なら。…ならば。

(二)已然形に付く場合。:①〔順接の確定条件、原因・理由〕…ので。…から。

②〔順接の確定条件、偶然の条件〕…と。…たところ。③〔順接の恒常条件〕…と決まって。…ときはいつも。④〔二つの事柄を並列・対照〕…と、一方では。 ⇒語法:逆接の確定条件の「ば」(二)の已然形接続の「ば」は普通は順接の確定条件であるが、逆接の確定条件を示すかのように訳した方がよい場合もある。この場合は、多く、打消の助動詞「ず」の已然形「ね」に付いた「ねば」の形をとり、「…のに」「…にもかかわらず」などと訳す。「秋立ちて幾日(いくか)もあらねばこの寝ぬる朝けの風は袂(たもと)寒しも」(『万葉集』)〈秋になってまだ幾日もたっていないのに、この寝ているところに吹く夜明けの風は、袂に寒く感じられるよ。〉 ⇒参考:接続助詞「ば」の接続と用法 ⇒語の歴史:室町時代後期以降、「未然形+ば」の形が少なくなり、次第に、「已然形+ば」の形で順接の仮定条件を表すようになる。これが現代語の「仮定形+ば」につながる。(学研)

 

 

この二首が、「梅花三二首」に続いて収録されているのは、旅人の心境を如実に写し出している。

大宰府に赴任してほどなく最愛の妻を亡くし、長屋王の変藤原氏の台頭など様々な政治的暗雲、そして自身の高齢を考えるとその心の内はいかほどであっただろう。

梅花の宴、まさに宴の後の静寂がもろもろの要因とあい重なって、旅人を襲ったと考えられる。八四八歌の「薬食むよは都見ば」にその答えが表れている。

 この二首ならびに追和四首は、「梅花三二首」を都にいる吉田連宜(よしだのむらじよろし)に贈った際に添えたといわれている。

 心許せる吉田連宜に、今の自分の心境を吐露することで、崩れそうな自分の心を立て直しているのである。

 

 「大伴旅人」というまさに「ますらを」たるイメージと裏腹の実像的旅人をさらけ出す意外性には驚かされる。

 もっとも、心許せる仲間内の宴にあっては、望郷など自分の心境をさらけ出している歌などをみると、逆にそこに「旅人」の強さ、偉大性が感じられるのである。

 旅人の本音と建前的な側面に関する歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その921)」で紹介している。

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 題詞は、「後追和梅歌四首」<後(のち)に梅の歌に追和(ついわ)する四首>である。

 

◆能許利多留 由棄仁末自例留 宇梅能半奈 半也久奈知利曽 由吉波氣奴等勿

       (大伴旅人☆ 巻五 八四九)

 

≪書き下し≫残りたる雪に交(まじ)れる梅の花早くな散りそ雪は消(け)ぬとも

 

(訳)消え残る雪に交って咲いている梅の花よ、早々と散らないでおくれ。たとえ雪は消えてしまっても。(同上)

 

 

◆由吉能伊呂遠 有婆比弖佐家流 有米能波奈 伊麻左加利奈利 弥牟必登母我聞

      (大伴旅人☆ 巻五 八五〇)

 

≪書き下し≫雪の色を奪(うば)ひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも

 

(訳)雪の色を奪うかのようにまっ白に咲いている梅、この花は今が花盛りだ。ともに見る人があればいいのに。(同上)

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)

(注)見む人もがも:共に見る人がいればよいのに。二年前に死んだ妻を背景に置く。(伊藤脚注)

 

 

◆和我夜度尓 左加里尓散家留 宇梅能波奈 知流倍久奈里奴 美牟必登聞我母

       (大伴旅人☆ 巻五 八五一)

 

≪書き下し≫我がやどに盛(さか)りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも

 

(訳)この我が家の庭にいっぱい咲き誇っている梅の花、この花は今にも散りそうだ。ともに見る人がいればいいのに。(同上)

 

 

◆烏梅能波奈 伊米尓加多良久 美也備多流 波奈等阿例母布 左氣尓于可倍許曽 <一云 伊多豆良尓 阿例乎知良須奈 左氣尓宇可倍許曽>

       (大伴旅人☆ 巻五 八五二)

 

≪書き下し≫梅の花夢(いめ)に語らくみやびたる花と我(あ)れ思(も)ふ酒に浮(う)かべこそ <一には「いたづらに我(あ)れを散らすな酒に浮べこそ」といふ>

 

(訳)梅の花が夢の中でこう語った。“私は風雅な花だと自負しています。どうか酒の上に浮かべて下さい”と。<“むなしく私を散らさないでほしい。どうか酒の上に浮かべて下さい”と>(同上)

(注)梅に呼び掛けた形をとる八四九に対し、梅が作者に呼び掛けた形をとる。(伊藤脚注)

(注)こそ 終助詞:《接続》動詞の連用形に付く。〔他に対する願望〕…てほしい。…てくれ。 ※上代語。助動詞「こす」の命令形とする説もある。(学研)

 

 

 「梅の歌に追和(ついわ)する四首」とあるが、そこに詠われているのは、「梅花三二首」の宴の後の反動から来る淋しさであり、「見む人もがも」という切ない思いである。そして淋しさをまぎらわすための「酒」である。

旅人の亡妻悲傷歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その895)」で紹介している。

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「讃酒歌」については三三八~三四四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その898-1)」で、三四五~三五〇歌については、「同(898-2)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「大伴旅人―人と作品」 中西 進 編 (祥伝社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「三滝自然公園 万葉の道」 (せいよ城川観光協会