万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1808)―愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(20)―万葉集 巻十 一九七二

●歌は、「野辺見ればなでしこの花咲にけり我が待つ秋は近づくらしも」である。

愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(20)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(20)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母

      (作者未詳 巻十 一九七二)

 

≪書き下し≫野辺(のへ)見ればなでしこの花咲きにけり我(わ)が待つ秋は近づくらしも

 

(訳)野辺を見やると、なでしこの花がもう一面に咲いている。私が待ちに待っている秋は、すぐそこまで来ているらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)らし 助動詞特殊型 《接続》活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には連体形に付く。:①〔推定〕…らしい。きっと…しているだろう。…にちがいない。▽現在の事態について、根拠に基づいて推定する。②〔原因・理由の推定〕(…であるのは)…であるかららしい。(…しているのは)きっと…というわけだろう。(…ということで)…らしい。▽明らかな事態を表す語に付いて、その原因・理由となる事柄を推定する。

助動詞特殊型語法(1)連体形と已然形の「らし」(2)上代の連体形「らしき」 上代の連体形には「らしき」があったが、係助詞「か」「こそ」の結びのみで、しかも用例は少ない。係助詞「こそ」の結びの場合、上代では、形容詞型活用の語の結びはすべて連体形であるので、これも連体形とされる。(3)「らむ」との違い⇒らむ(4)主として上代に用いられ、中古には和歌に見られるだけである。(5)ラ変型活用の語の連体形に付く場合、活用語尾の「る」が省略されて、「あらし」「けらし」「ならし」などの形になる傾向が強い。

⇒注意「らし」が用いられるときには、常に、推定の根拠が示されるので、その根拠を的確にとらえることである。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)も 終助詞:《接続》文末、文節末の種々の語に付く。〔詠嘆〕…なあ。…ね。…ことよ。 ※上代語。(学研)

 

 この歌にならびに下記の四六四・一四四八歌ついてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1051)」で紹介している

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 なでしこは、万葉集では二十六首が収録されている。なでしこをこよなく愛好した家持は十一首詠っている。これをみてみよう。

 

■四〇八歌■

 題詞は、「大伴宿祢家持贈同坂上家之大嬢歌一首」<大伴宿禰家持、同じき坂上家(さかのうえのいへ)の大嬢(おほいらつめ)に贈る歌一首>である。

 

◆石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無

       (大伴家持 巻三 四〇八)

 

≪書き下し≫なでしこがその花にもが朝(あさ)な朝(さ)な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ

 

(訳)あなたがなでしこの花であったらいいんいな。そうしたら、毎朝毎朝、この手に取り持って賞(め)でいつくしまない日とてなかろうに。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その168)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

■四六四歌■

題詞は、「又家持見砌上瞿麦花作歌一首」<また、家持、砌(みぎり)の上(うへ)の瞿麦(なでしこ)の花を見て作る歌一首>である。

 

◆秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹 開家流香聞

      (大伴家持 巻三 四六四)

 

≪書き下し≫秋さらば見つつ偲へと妹(いも)が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも

 

(訳)「秋になったら、花を見ながらいつもいつも私を偲(しの)んで下さいね」と、いとしい人が植えた庭のなでしこ、そのなでしこの花はもう咲き始めてしまった。(同上)

(注)咲きにけるかも:早くも夏のうちに咲いたことを述べ、秋の悲しみが一層増すことを予感している。

 

 妾は、家持がなでしこをこよなく愛していることを知っているので、自分の思いをなでしこに託したのであろう。

 

 この歌については前出ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1051)」で紹介している。

 

 

■一四四八歌■

題詞は、「大伴宿祢家持贈坂上家之大嬢歌一首」<大伴宿禰家持、坂上家(さかのうえのいへ)の大嬢(おほいらつめ)に贈る歌一首>である。

 

◆吾屋外尓 蒔之瞿麦 何時毛 花尓咲奈武 名蘇経乍見武

        (大伴家持 巻八 一四四八)

 

≪書き下し≫我がやどに蒔(ま)きしなでしこいつしかも花に咲きなむなそへつつ見む

 

(訳)我が家の庭に蒔いたなでしこ、このなでしこはいつになったら花として咲き出るのであろうか。咲き出たならいつもあなただと思って眺めように。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)いつしかも【何時しかも】分類連語:〔下に願望の表現を伴って〕早く(…したい)。今すぐにも(…したい)。 ⇒ なりたち副詞「いつしか」+係助詞「も」(学研)

(注)なそふ【準ふ・擬ふ】他動詞:なぞらえる。他の物に見立てる。 ※後には「なぞふ」とも。(学研)

(注)「いつしかも花に咲きなむなそへつつ見む」と早く坂上大嬢が成長することを願いつつ、なでしこの花そのものを大嬢として見ている。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1029)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

■一四九六歌■

題詞は、「大伴家持石竹花歌一首」<大伴家持が石竹(なでしこ)の花の歌一首>である。

 

◆吾屋前之 瞿麥乃花 盛有 手折而一目 令見兒毛我母

       (大伴家持 巻八 一四九六)

 

≪書き下し≫我がやどのなでしこの花盛(さか)りなり手折(たを)りて一目(ひとめ)見せむ子もがも

 

(訳)我が家の庭のなでしこの花、この花は、今がまっ盛りだ。手折って一目なりと、見せてやる子がいればよいのに。(同上)

 

 

■一五一〇歌■

題詞は、「大伴家持贈紀女郎歌一首」<大伴家持、紀女郎(きのいらつめ)に贈る歌一首>である。

 

◆瞿麥者 咲而落去常 人者雖言 吾標之野乃 花尓有目八方

      (大伴家持 巻八 一五一〇)

 

≪書き下し≫なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標(し)めし野の花にあらめやも

 

(訳)なでしこの花は咲いてもう散ったと人は言いますが、よもや、私が標(しめ)を張っておいた野の花のことではありますまいね。(同上)

(注)上二句は、女が心変わりして他人のものになった意を寓する。(伊藤脚注)

(注)我が標(し)めし野の花:私の物として印をつけておいた野の花。意中の女の譬え。(伊藤脚注)

 

 

■四〇七〇歌■

題詞は、「詠庭中牛麦花歌一首」<庭中の牛麦(なでしこ)が花を詠(よ)む歌一首>である。

 

◆比登母等能 奈泥之故宇恵之 曽能許己呂 多礼尓見世牟等 於母比曽米家牟

      (大伴家持 巻十八 四〇七〇)

 

≪書き下し≫一本(ひともと)のなでしこ植ゑしその心誰(た)れに見せむと思ひ始めけむ

 

(訳)一株(ひとかぶ)のなでしこを庭に植えたその私の心、この心は、いったい誰に見せようと思いついてのことであったのだろか・・・。(同上)

 

左注は、「右先國師従僧清見可入京師 因設飲饌饗宴 于時主人大伴宿祢家持作此歌詞送酒清見也」<右は、先(さき)の国師(こくし)の従僧(じゆうそう)清見(せいけん)、京師(みやこ)に入らむとす。よりて、飲饌(いんせん)を設(ま)けて饗宴(きやうえん)す。時に、主人(あろじ)大伴宿禰家持、この歌詞(かし)を作り、酒を清見に送る>である。

(注)この歌は、花に先立って上京してしまう相手を惜しむ送別歌。(伊藤脚注)

(注)こくし【国師】:奈良時代の僧の職名。大宝令により、諸国に置かれ、僧尼の監督、経典の講義、国家の祈祷(きとう)などに当たった。のちに講師(こうじ)と改称。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)じゅうそう【従僧】〘名〙 高僧や住職などに付き従う僧侶。従者である僧。ずそう。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1349表⑥)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

■四一一三歌■

題詞は、「庭中花作歌一首并短歌」<庭中の花を見て作る歌一首并せて短歌>である。長歌(四一一三)と反歌二首(四一一四、四一一五歌)からなっている。

 

◆於保支見能 等保能美可等ゝ 末支太末不 官乃末尓末 美由支布流 古之尓久多利来安良多末能 等之能五年 之吉多倍乃 手枕末可受 比毛等可須 末呂宿乎須礼波 移夫勢美等 情奈具左尓 奈泥之故乎 屋戸尓末枳於保之 夏能ゝ 佐由利比伎宇恵天 開花乎 移弖見流其等尓 那泥之古我 曽乃波奈豆末尓 左由理花 由利母安波無等 奈具佐無流 許己呂之奈久波 安末射可流 比奈尓一日毛 安流へ久母安礼也

       (大伴家持 巻十八 四一一三)

 

≪書き下し≫大王(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 任(ま)きたまふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越(こし)に下(くだ)り来(き) あらたまの 年の五年(いつとせ) 敷栲の 手枕(たまくら)まかず 紐(ひも)解(と)かず 丸寝(まろね)をすれば いぶせみと 心なぐさに なでしこを やどに蒔(ま)き生(お)ほし 夏の野の さ百合(ゆり)引き植(う)ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻(はなづま)に さ百合花(ゆりばな) ゆりも逢(あ)はむと 慰むる 心しなくは 天離(あまざか)る 鄙(ひな)に一日(ひとひ)も あるべくもあれや

 

(訳)我が大君の治めたまう遠く遥かなるお役所だからと、私に任命された役目のままに、雪の深々と降る越の国まで下って来て、五年もの長い年月、敷栲の手枕もまかず、着物の紐も解かずにごろ寝をしていると、気が滅入(めい)ってならないので気晴らしにもと、なでしこを庭先に蒔(ま)き育て、夏の野の百合を移し植えて、咲いた花々を庭に出て見るたびに、なでしこのその花妻に、百合の花のゆり―のちにでもきっと逢おうと思うのだが、そのように思って心の安まることでもなければ、都離れたこんな鄙の国で、一日たりとも暮らしていられようか。とても暮らしていられるものではない。

(注)手枕:妻の手枕

(注)まろね【丸寝】名詞:衣服を着たまま寝ること。独り寝や旅寝の場合にいうこともある。「丸臥(まろぶ)し」「まるね」とも。(学研)

(注)いぶせむ( 動マ四 )〔形容詞「いぶせし」の動詞化〕心がはればれとせず、気がふさぐ。ゆううつになる。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

 

 

■四一一四歌■

◆奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女良我 恵末比能尓保比 於母保由流可母

      (大伴家持 巻十八 四一一四)

 

≪書き下し≫なでしこが花見るごとに娘子(をとめ)らが笑(ゑ)まひのにほい思ほゆるかも

 

(訳)なでしこの花を見るたびに、いとしい娘子の笑顔のあでやかさ、そのあでやかさが思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゑまひ【笑まひ】名詞:①ほほえみ。微笑。②花のつぼみがほころぶこと。

 

 四一四三~四一四五歌の歌群の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その357)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

■四四四三歌■

◆比佐可多能 安米波布里之久 奈弖之故我 伊夜波都波奈尓 故非之伎和我勢

       (大伴家持 巻二十 四四四三)

 

≪書き下し≫ひさかたの雨は降りしくなでしこがいや初花(はつはな)に恋(こひ)しき我が背(せ)

 

(訳)ひさかたの雨はしとしとと降り続いております。しかし、なでしこは今咲いた花のように初々しく、その花さながらに心引かれるあなたです。(同上)

 

 これは、今城が上総帰任を送る集まりの歌で、四首とも女の歌を装うことで悲別の情を深めている。(伊藤脚注)

 

 

■四四五〇歌■

題詞は、「十八日左大臣宴於兵部卿橘奈良麻呂朝臣之宅歌三首」<十八日に、左大臣兵部卿橘奈良麻呂朝臣(ひやうぶきやうたちばなのならまろのあそみ)が宅(いへ)にして宴(うたげ)する歌三首>である。

 

◆和我勢故我 夜度能奈弖之故 知良米也母 伊夜波都波奈尓 佐伎波麻須等母

      (大伴家持 巻二十 四四五〇)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)がやどのなでしこ散らめやもいや初花(はつはな)に咲きは増(ま)すとも

 

(訳)あなたのお庭のなでしこ、このなでしこはよもや散ったりなどしましょうか。今咲き出した花のように初々しく咲き増さることはあっても。(同上)

 

 四四四三ならびに四四五〇歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1372)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■四四五一歌■

◆宇流波之美 安我毛布伎美波 奈弖之故我 波奈尓奈蘇倍弖 美礼杼安可奴香母

      (大伴家持 巻二十 四四五一)

 

≪書き下し≫うるはしみ我(あ)が思(も)ふ君はなでしこが花になそへて見れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)すばらしいお方だと私が思うあなた様は、咲きほこるこのなでしこの花と見紛うばかりで、見ても見ても見飽きることがありません。(同上)

(注)なそふ【準ふ・擬ふ】他動詞:なぞらえる。他の物に見立てる。 ※後には「なぞふ」とも。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1388)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「三滝自然公園 万葉の道」 (せいよ城川観光協会