万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1917~1919)―松山市御幸町 護国神社・万葉苑(82,83,84)―万葉集 巻十四 三三七六、巻十 二二七〇、巻十六 三八二五

―その1917―

●歌は、「恋しければ袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(82左)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(82)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米

       (作者未詳 巻十四 三三七六)

 

≪書き下し≫恋(こひ)しけば袖(そで)も振らむを武蔵野(むざしの)のうけらが花の色に出(づ)なゆめ

 

(訳)恋しかったら私は袖でも振りましょうものを。しかし、あなたは、武蔵野のおけらの花の色のように、おもてに出す。そんなことをしてはいけませんよ。けっして。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)うけら【朮】名詞:草花の名。おけら。山野に自生し、秋に白や薄紅の花をつける。根は薬用。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

「うけら」の現在名のオケラで頭に浮かぶのが、「おけら参り」である。コトバンク「百科事典マイペディア」によると、「京都八坂神社の行事。大晦日(おおみそか)から元日の朝にかけて神前に供えた削掛と薬草のオケラをたいて邪気を払い,参拝者はこの白朮火(おけらび)を吉兆縄に移して持ち帰り,元日の雑煮を煮たり,神棚や仏壇の灯明をともしたりする。」とある。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その648)」で紹介している。

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―その1918―

●歌は、「道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(82右)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(83)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆道邊之 乎花我下之 思草 今更尓 何物可将念

       (作者未詳 巻十 二二七〇)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)の尾花(をばな)が下(した)の思(おも)ひ草(ぐさ)今さらさらに何をか思はむ

 

(訳)道のほとりに茂る尾花の下蔭の思い草、その草のように、今さらうちしおれて何を一人思いわずらったりするものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)思ひ草 おもひぐさ〘名〙:① 植物「なんばんギセル(南蛮煙管)」の異名。《季・秋》② 植物「おみなえし(女郎花)」の異名。③ タバコの異称。 ⇒[補注]どの植物を指すのかについては古来諸説がある。和歌で「尾花が下の思草」と詠まれることが多いところから、ススキなどの根に寄生する南蛮煙管と推定されている。「思ふ」を導いたり、「思ひ種」にかけたりして用いられるが、下向きに花をつける形が思案する人の姿を連想させることによるものか。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)上三句は序。下二句の譬喩。(伊藤脚注)

 

「思ひ草」を詠んだ歌は、万葉集ではこの1首だけである。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1151)」で紹介している。

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 「ナンバンキセル」については、万葉歌碑巡りをし、万葉集にはまり出してから、その存在を知り、また可憐な姿に魅了されここ3年ほど7~9月の開花時期には平城宮跡の「オギ」の根元に「ナンバンキセル」を求めて訪れている。

 今年も3度ほど見に行ったのである。開花時期が済んだ「ナンバンキセル」はどのような姿だろうかと興味を持って10月初めに行って見た。枯れた姿にも惚れこんでしまった。

 平城宮跡という場所柄、万葉の時代からの連綿とこの地に毎年のように咲き続けてきたのかと考えると・・・。

 

 

 

―その1919―

●歌は、「食薦敷き青菜煮て来む梁に行縢懸けて休めこの君」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(84)万葉歌碑<プレート>(長忌寸意吉麻呂)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(84)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「行騰(むかばき)、蔓菁(あをな)、食薦(すごも)、屋梁(うつはり)を詠む歌」である。

(注)すごも 【簀薦・食薦】名詞:食事のときに食膳(しよくぜん)の下に敷く敷物。竹や、こも・いぐさの類を「簾(す)」のように編んだもの。(学研)

(注)むかばき【行縢】名詞:旅行・狩猟・流鏑馬(やぶさめ)などで馬に乗る際に、腰から前面に垂らして、脚や袴(はかま)を覆うもの。多く、しか・くまなどの毛皮で作る。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)屋梁(うつはり):家の柱に懸け渡す梁(伊藤脚注)

 

◆食薦敷 蔓菁▼将来 樑尓 行騰懸而 息此公

      (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二五)

▼は「者」に下に「火」=「煮」

 

≪書き下し≫食薦(すごも)敷き青菜煮(に)て来(こ)む梁(うつはり)に行縢(むかばき)懸(か)けて休めこの君

 

(訳)食薦(すごも)を敷いて用意し、おっつけ青菜を煮て持ってきましょう。行縢(むかばき)を解いてそこの梁(はり)に引っ懸(か)けて、休んでいて下さいな。お越しの旦那さん。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)休めこの君:それまで休んで下さい。猟の途中で休むさま。(伊藤脚注)

 

この歌ならびに長忌寸意吉麻呂作十四首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その987)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 百科事典マイペディア」