万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1923~1925)―松山市御幸町 護国神社・万葉苑(88,89,90)―万葉集 巻十 一九七二、巻十 二一一五、巻十 二二〇八

―その1923―

●歌は、「野辺見ればなでしこの花咲にけり我が待つ秋は近づくらしも」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(88)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(88)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母

      (作者未詳 巻十 一九七二)

 

≪書き下し≫野辺(のへ)見ればなでしこの花咲きにけり我(わ)が待つ秋は近づくらしも

 

(訳)野辺を見やると、なでしこの花がもう一面に咲いている。私が待ちに待っている秋は、すぐそこまで来ているらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)らし 助動詞特殊型 《接続》活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には連体形に付く。:①〔推定〕…らしい。きっと…しているだろう。…にちがいない。▽現在の事態について、根拠に基づいて推定する。②〔原因・理由の推定〕(…であるのは)…であるかららしい。(…しているのは)きっと…というわけだろう。(…ということで)…らしい。▽明らかな事態を表す語に付いて、その原因・理由となる事柄を推定する。

助動詞特殊型語法(1)連体形と已然形の「らし」(2)上代の連体形「らしき」 上代の連体形には「らしき」があったが、係助詞「か」「こそ」の結びのみで、しかも用例は少ない。係助詞「こそ」の結びの場合、上代では、形容詞型活用の語の結びはすべて連体形であるので、これも連体形とされる。(3)「らむ」との違い⇒らむ(4)主として上代に用いられ、中古には和歌に見られるだけである。(5)ラ変型活用の語の連体形に付く場合、活用語尾の「る」が省略されて、「あらし」「けらし」「ならし」などの形になる傾向が強い。

⇒注意「らし」が用いられるときには、常に、推定の根拠が示されるので、その根拠を的確にとらえることである。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)も 終助詞:《接続》文末、文節末の種々の語に付く。〔詠嘆〕…なあ。…ね。…ことよ。 ※上代語。(学研)

 

「なでしこ」は、万葉集では二十六首が収録されている。この歌ならびに「なでしこ」をこよなく愛好した家持の歌十一首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1808)」で紹介している。

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―その1924―

●歌は、「手に取れば袖さへにほふをみなえしこの白露に散らまく惜しも」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(89)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(89)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆手取者 袖并丹覆 美人部師 此白露尓 散巻惜

      (作者未詳 巻十 二一一五)

 

≪書き下し≫手に取れば袖(そで)さへにほふをみなへしこの白露(しらつゆ)に散らまく惜(を)しも

 

(訳)手に取れば袖までも染まる色美しいおみなえしなのに、この白露のために散るのが今から惜しまれてならない。(同上)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(学研) ここでは②の意

(注)白露:漢語「白露」の翻読語。普通秋の露にいう。(伊藤脚注)

 

この歌ならびに「をみなえし」を詠った歌十四首については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1178)」で紹介している。

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―その1925―

●歌は、「雁がねの寒く鳴きしゆ水茎の岡の葛葉は色づきにけり」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(90)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑                        

 

●歌をみていこう。

 

◆鴈鳴之 寒鳴従 水茎之 岡乃葛葉者 色付尓来

       (作者未詳 巻十 二二〇八)

 

≪書き下し≫雁(かり)がねの寒く鳴きしゆ水茎(みずくき)の岡の葛葉(くずは)は色づきにけり

 

(訳)雁が寒々と鳴いてからというもの、岡に茂る葛の葉はすっかり色づいてきた。(同上)

(注)ゆ:①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒参考 上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された。(学研)

(注)みづくきの【水茎の】分類枕詞:①同音の繰り返しから「水城(みづき)」にかかる。②「岡(をか)」にかかる。かかる理由は未詳。 ⇒参考 中古以後、「みづくき」を筆の意にとり、「水茎の跡」で筆跡の意としたところから、「跡」「流れ」「行方も知らず」などにかかる枕詞(まくらことば)のようにも用いられた。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1153)」で紹介している。

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 この歌が刻された歌碑は、滋賀県近江八幡市牧町の「水茎の岡」近くにある、というよりありそうだ。先達のブログには歌碑の写真が載っている。ブログの情報や近江八幡市文化観光課に問い合わせをした情報に基づき、これまで3度も挑戦したが見つけることができない小生にとって「まぼろしの万葉歌碑」となっている。


 3度目の正直を期待して、22年10月26日、岐阜養老の滝万葉歌碑を巡った後も、帰路ここに立ち寄り、「名勝 水茎岡」碑に向かって右手の「しの」の藪にかなり分け入り、背丈ぐらいの藪と戦ったのであるが、またしても見つけることができなかった。

 いずれの日か歌碑に出逢えると信じて・・・。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」