万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1954)―鳥取市国府町庁 史跡「万葉の歌碑」―万葉集 巻十 一九四四

●歌は、「藤波の散らまく惜しみほととぎす今城の岡を鳴きて越ゆなり」である。

鳥取市国府町庁 史跡「万葉の歌碑」の歌碑(作者未詳)

●歌碑は、鳥取市国府町庁 史跡「万葉の歌碑」にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆藤浪之 散巻惜 霍公鳥 今城岳▼ 鳴而越奈利

   ▼「口(くちへん)+リ」である。「今城岳▼」=今城の岡を

       (作者未詳 巻十 一九四四)

 

≪書き下し≫藤波の散らまく惜しみほととぎす今城の岡を鳴きて越ゆなり

 

(訳)藤の花の散るのを惜しんで、時鳥が今城の岡の上を鳴きながら越えている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ふぢなみ【藤波・藤浪】名詞:藤の花房の風に揺れるさまを波に見立てていう語。転じて、藤および藤の花。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注 参考)ふぢなみの【藤波の・藤浪の】( 枕詞 )① 藤のつるが物にからまりつくことから「(思ひ)まつはる」にかかる。 ② 「ただ一目」にかかる。かかり方未詳。枕詞とはしない説もある。③ 波の縁語で、「たつ」にかかる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)今城の岡:所在未詳。「今来」を匂わすか。(伊藤脚注)

 

 この歌については、奈良県吉野郡大淀町今木 蔵王権現堂(泉徳寺)仁王門横の歌碑と共にブログ「万葉歌碑を訪ねて(その766)」で紹介している。

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奈良県吉野郡大淀町今木 蔵王権現堂(泉徳寺)仁王門横歌碑の大淀町教育委員会による解説案内板

 この案内板によると、「今城の岡は、今木付近の丘という今木峠越えは、飛鳥から吉野へ抜ける道の中で、西寄りの迂回路ではあるが、最も緩やかな道筋である。」と書かれている。

 

 一方、因幡万葉歴史館HPの「周辺情報 大伴家持歌碑(鳥取市指定文化財)」では、「・・・

万葉集の研究家としても著名な歌人・国文学者の佐佐木信綱が詠んだ『ふる雪のいやしけ吉事ここにしてうたひあけけむ 言ほきの歌』の歌碑と、万葉集の中から因幡三山のうちの今木山を詠み込んだともいわれる『藤波の散らまくおしみほととぎす今木の丘を鳴きて越えゆなり』の歌碑が昭和39年に建立されています。・・・」と書かれている。

(注)因幡三山:因幡三山(いなばさんざん)は鳥取平野の南部、鳥取県鳥取市国府町周辺にある甑山、今木山、面影山の3つの山の通称で、因幡国庁を中心に三方に位置する。形の美しい山が3つ並び立つ様が大和三山を思わせるため、鳥取市国府町高岡出身の川上貞夫が『因幡のふるさと - 国府町の歴史と文化』(1968年)に「因幡三山 国府町には、大和三山を彷彿とさせる三つの山があります。面影(俤)山・今木山・甑(こしき)山がそれであります」(P159)と書いたことに由来する。(weblio辞書 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 )

 

 いずれもそれなりの言い分があり、万葉へのロマンを掻き立ててくれる。

 

ほととぎすは156首、藤・藤波は26首(うち 藤波18首)詠われている。

 土田將雄氏「万葉集における霍公鳥の歌」(慶應義塾大学学術情報リポジトリ)を参考に、「霍公鳥と藤浪」が歌われている歌を探してみると、一九四四、一九九一、三九九三、四〇四二、四〇四三、四一九二、四一九三の七首が収録されている。これらについては、ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その205)」で紹介している。

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 「藤」は藤でも「時じき藤」を詠った家持の歌をみてみよう。

 

題詞は、「大伴宿祢家持攀非時藤花幷芽子黄葉二物贈坂上大嬢歌二首」<大伴宿祢宿禰家持、時じき藤の花、幷(あは)せて萩の黄葉(もみじ)の二つの物を攀(よ)じて、坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)に贈る歌二首>である。

 

◆吾屋前之 非時藤之 目頰布 今毛見壮鹿 妹之咲容乎

        (大伴家持 巻八 一六二七)

 

≪書き下し≫我がやどの時じき藤のめづらしく今も見てしか妹(いも)が笑(ゑ)まひを

 

(訳)我が家の庭の季節はずれに咲いた藤の花、この花のように、珍しくいとしいものとして今すぐでも見たいものです。あなたの笑顔を。(同上)

(注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。※参考上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。(学研)

(注)ゑまひ【笑まひ】名詞:①ほほえみ。微笑。②花のつぼみがほころぶこと。(同上)

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板には、「『ときじふじ』は本州静岡県より西・四国・九州各地の山林で見られるマメ科の蔓性落葉低木の『ナツフジ』のことである。蔓は右巻きで真夏の頃に藤に似た薄黄緑の長さ12~15センチの白い花房をつけ、長さ1.3~1.5センチの蝶形花を多数開かせ、盆栽用としても人気がある。

 

『ときじき』とは『時ならぬ』と言う意味の古語で、普通の藤は春に咲くがこの藤は真夏に小ぶりの花が咲くので『時期外れ(ジキハズレ)の藤』ということで『非時藤トキジフジ』、別名『土用(ドヨウ)藤』と名付けられた。」と書かれている。

 ちなみに、「一般にいう『フジ』は『ノダフジ』で、花房は垂れ、長さ30~90cm。ノダは大阪の地名でむかしのフジの名所であったからという。蔓が左巻のものは『ヤマフジ・ノフジ』であり、5~6月に開花する。」(野草図鑑 つる植物の巻 長田武政 著・長田喜美子 写真 <保育社>)

 

 単なる時期外れに咲いた藤と思っていたが、別の種類の藤なのである。

 

この一六二七歌については、ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1161)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「野草図鑑 つる植物の巻」 長田武政 著・長田喜美子 写真 (保育社

★「万葉集における霍公鳥の歌」 土田將雄氏稿 (慶應義塾大学学術情報リポジトリ

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio辞書 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』」

★「因幡万葉歴史館HP」