万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1972、1973、1974)―島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(10、11、12)―万葉集 巻八 一六二三、巻十 一八一三、巻十 一八一四

―その1972―

●歌は、「我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし」である。

島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(10)万葉歌碑<プレート>(大伴田村大嬢)

●歌碑(プレート)は、島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(10)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌二首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌二首>である。

(注)いもうと【妹】名詞:①姉。妹。▽年齢の上下に関係なく、男性からその姉妹を呼ぶ語。[反対語] 兄人(せうと)。②兄妹になぞらえて、男性から親しい女性をさして呼ぶ語。

③年下の女のきょうだい。妹。[反対語] 姉。 ※「いもひと」の変化した語。「いもと」とも。(学研)

(注)(注)大伴田村大嬢 (おほとものたむらのおほいらつめ):大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。大伴坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)は異母妹

 

◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無

       (大伴田村大嬢 巻八 一六二三)

 

≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし

 

(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】自動詞:「もみづ」に同じ。※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かへで【楓】名詞:①木の名。紅葉が美しく、一般に、「もみぢ」といえばかえでのそれをさす。②葉がかえるの手に似ることから、小児や女子などの小さくかわいい手のたとえ。 ※「かへるで」の変化した語。(学研)

(注)かく【懸く・掛く】他動詞:①垂れ下げる。かける。もたれさせる。②かけ渡す。③(扉に)錠をおろす。掛け金をかける。④合わせる。兼任する。兼ねる。⑤かぶせる。かける。⑥降りかける。あびせかける。⑦はかり比べる。対比する。⑧待ち望む。⑨(心や目に)かける。⑩話しかける。口にする。⑪託する。預ける。かける。⑫だます。⑬目標にする。目ざす。⑭関係づける。加える。(学研)ここでは⑨の意

 

 この歌ならびに同じような題詞の歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1013)」で紹介している」。

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「かへるで」を詠んだ歌は、一六二三歌以外では三四九四歌のみである。

こちらもみておこう。

 

◆兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖 宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布

       (作者未詳 巻十四 三四九四)

 

≪書き下し≫児毛知山(こもちやま)若(わか)かへるでのもみつまで寝(ね)もと我(わ)は思(も)ふ汝(な)はあどか思ふ

 

(訳)児毛知山、この山の楓の若葉がもみじするまで、ずっと寝たいと俺は思う。お前さんはどう思うかね。

(注)寝も:「寝む」の東国形(伊藤脚注)

(注)あど<副詞>どのように。どうして。※「など」の上代の東国方言か。(学研)

 

三四九四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その938)」で「東歌」にも触れて紹介している。

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―その1973―

●歌は、「巻向の檜原に立てる春霞おほにし思はばなづみ来めやも」である。

島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(11)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(11)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆巻向之 檜原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方

       (柿本人麻呂歌集 巻十 一八一三)

 

≪書き下し≫巻向(まきむく)の檜原(ひはら)に立てる春霞(はるかすみ)おほにし思はばなづみ來(こ)めやも

 

(訳)この巻向の檜原にぼんやりと立ち込めている春霞、その春霞のように、この地をなおざりに思うのであったら、何で歩きにくい道をこんなに苦労してまでやって来るものか。(同上)

(注)上三句は実景の序。「おほに」を起こす。(伊藤脚注)

(注)おほなり【凡なり】形容動詞:①いい加減だ。おろそかだ。②ひととおりだ。平凡だ。※「おぼなり」とも。上代語。(学研)

(注)なづむ【泥む】自動詞:①行き悩む。停滞する。②悩み苦しむ。③こだわる。気にする。(学研)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち:推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 この歌とともに「檜原」が詠まれた六首、「檜乃嬬手」「檜山」「檜橋」の形での三首についても拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1124)」で紹介している。

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―その1974―

●歌は、「いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし」である。

島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(12)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(12)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古 人之殖兼 杉枝 霞霏▼ 春者来良之

       (柿本人麻呂歌集 巻十 一八一四)

   ※ ▼は、「雨かんむり+微」である。「霏▼」で「たなびく」と読む。

 

≪書き下し≫いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞(かすみ)たなびく春は来(き)ぬらし

 

(訳)遠く古い世の人が植えて育てたという、この杉木立(こだち)の枝に霞がたなびいている。たしかにもう春はやってきたらしい。(同上)

 

 一八一二から一八一八歌は、巻十の巻頭歌群である。部立「春雑歌」に収録されている「柿本人麻呂歌集」の歌である。

 この歌群」は、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1785)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」