万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1992)―倉敷市真備町 マービーふれあいセンター―万葉集 巻一 一二三、一二四

●歌は、「たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻くき入れつらむか        三方沙弥」と「人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも          娘子」である。

倉敷市真備町 マービーふれあいセンター万葉歌碑(三方沙弥、園臣生羽娘子)

●歌碑は、倉敷市真備町 マービーふれあいセンターにある。

 

●歌をみていこう。

 

 一二三から一二五歌の題詞は、「三方沙弥娶園臣生羽之女未経幾時臥病作歌三首」<三方沙弥(みかたのさみ)、園臣生羽(そののおみいくは)が女(むすめ)を娶(めと)りて、幾時(いくだ)も経ねば、病に臥(ふ)して作れる歌三首>である。

 

◆多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香  <三方沙弥>

       (三方沙弥 巻一 一二三)

 

≪書き下し≫たけばぬれたかねば長き妹(いも)が髪(かみ)このころ見ぬに掻(か)き入れつらむか

 

(訳)束ねようとすればずるずると垂れ下がり、束ねないでおくと長すぎるそなたの髪は、この頃見ないが、誰かが櫛(くし)けずって結い上げてしまったことだろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)  

(注)たく【綰く】他動詞:①髪をかき上げて束ねる。②舟を漕(こ)ぐ。③(馬の手綱(たづな)を)あやつる。「だく」とも。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)ぬる 自動詞:ほどける。ゆるむ。抜け落ちる。(学研)

(注)つらむ 分類連語:①〔「らむ」が現在の推量の意の場合〕…ているだろう。…たであろう。▽目の前にない事柄について、確かに起こっているであろうと推量する。②〔「らむ」が現在の原因・理由の推量の意の場合〕…たのだろう。▽目の前に見えている事実について、理由・根拠などを推量する。 ⇒注意:「つ」はこの場合は、確述(強意)を表す。

なりたち完了(確述)の助動詞「つ」の終止形+推量の助動詞「らむ」(学研)ここでは①の意

 

 

◆人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母  <娘子>

       (園臣生羽娘 巻一 一二四)

 

≪書き下し≫人皆(みな)は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも 娘子

 

(訳)まわりの人びとは皆、もう長くなったとか、もう結い上げなさいとか言いますけど、あなたがご覧になった髪ですもの、どんなに乱れていようと、私はそのままにしておきます。(同上)

副碑

 この歌に関して、樋口清之氏は、その著「万葉の女人たち」(講談社学術文庫)のなかで、「・・・成人した女性の髪は、夫と定めた男性の手によって結い上げられた習慣もあったかと思われます。けだし結髪が女子との結婚を意味したことは古代からのしきたりでした。」と書かれている。

 

 この二首については、一三五歌とともに、さらに三方沙弥の歌すべてを拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その198)」で紹介している。

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 副碑に、「園臣生羽の娘は、備中国下道(しもつみち)郡曾能郷(そのごう)、現在の吉備郡真備町の旧薗村・旧岡田村地方を本貫地(ほんかんち)とする薗氏(そのし)一族の女性と考えられる。」と書かれている。

歌碑と副碑

 

 万葉集で「髪」を詠った歌をいくつかみてみよう。まず頭に浮かぶのは、磐姫皇后(いはのひめのおほきさき)の歌である。

 

◆在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日

      (磐姫皇后 巻二 八七)

 

≪書き下し≫ありつつも君をば待たむうち靡(なび)く我が黒髪(くろかみ)に霜の置くまでに

 

(訳)やはりこのままいつまでもあの方をお待ちすることにしよう。長々と靡くこの黒髪が白髪に変わるまでも。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)在りつつも(読み)アリツツモ[連語]:いつも変わらず。このままでずっと。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)霜を置く(読み)しもをおく:白髪になる。霜をいただく。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1034)」で紹介している。

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 また、或る本の歌として八九歌がある。

◆居明而 君乎者将待 奴婆珠能 吾黒髪尓 霜者零騰文

       (古歌集 巻二 八九)

 

≪書き下し≫居(ゐ)明(あ)かして君をば待たむぬばたまの我(わ)が黒髪に霜は降るとも

 

(訳)このまま佇(たたず)みつづけて我が君のお出(いで)を待とう。この私の黒髪に霜は白々と降りつづけようとも。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゐあかす【居明かす】他動詞:起きたまま夜を明かす。徹夜する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ぬばたまの【射干玉の・野干玉の】分類枕詞:①「ぬばたま」の実が黒いところから、「黒し」「黒髪」など黒いものにかかり、さらに、「黒」の連想から「髪」「夜(よ)・(よる)」などにかかる。②「夜」の連想から「月」「夢」にかかる。(学研)

 

 題詞は、「或本歌日」<或本の歌に日(い)はく>である。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1038)」で紹介している。

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続いては、大伴坂上郎女の歌である。

黒髪白髪交 至耆 如是有戀庭 未相尓

       (大伴坂上郎女 巻四 五六三)

 

≪書き下し≫黒髪白髪(しろかみ)交(まじ)り老ゆるまでかかる恋にはいまだ逢はなくに

 

(訳)黒髪に白髪が入り交じり、こんなに年寄るまで、私はこれほど激しい恋にでくわしたことはありません。(同上)

 

 

◆未通女等之 放髪乎 木綿山 雲莫蒙 家當将見

       (作者未詳 巻七 一二四四)

 

≪書き下し≫娘子(をとめ)らが放(はな)りの髪を由布(ゆふ)の山(やま)雲なたなびき家のあたり見む

 

(訳)おとめらが放りの髪、その髪を結うという名の由布(ゆう)の山、この山に、雲よ、たなびいてくれるな、故郷の我が家(や)のあたりを見たいから。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「由布」を起す。(伊藤脚注)

(注)はなり【放り】:少女の、振り分けに垂らしたまま束ねない髪。また、その髪形の少女。うないはなり。はなりのかみ。ふりわけがみ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)由布の山:別府市由布市との境の山。(伊藤脚注)

 

 

 

◆振別之 乎短弥 青草乎 尓多久濫 妹乎師僧於母布

       (作者未詳 巻十一 二五四〇)

 

≪書き下し≫振分(ふりわ)けのを短(みじか)み青草(あをくさ)をにたくらむ妹(いも)をしぞ思ふ

 

(訳)振分けの髪が短いので、青草を髪に結いつけてるいる子、その子のことばかりを私は思っている。(同上)

(注)ふりわけがみ【振り分け髪】名詞:童男童女の髪型の一つ。頭頂から髪を左右に振り分けて垂らし、肩の辺りで切りそろえる。八歳ごろまでの髪型。「振り分け」とも。(学研)

(注)たく【綰く】他動詞:①髪をかき上げて束ねる。②舟を漕(こ)ぐ。③(馬の手綱(たづな)を)あやつる。「だく」とも。 ※上代語。(学研)

 

 

 

◆朝宿 吾者不梳 愛 君之手枕 觸義之鬼尾

       (作者未詳 巻十一 二五七八)

 

≪書き下し≫朝寝(あさねがみ)我(わ)れは梳(けづ)らじうるはしき君が手枕(たまくら)触(ふ)れてしものを

 

(訳)寝起きの朝髪を私は梳(くしけず)るまい。頼みとする我が君の手枕が触れた髪なのだから。(同上)

(注)あさねがみ【朝寝髪】名詞:朝起きたままの乱れた髪。(学研)

 

 

 

 

黒髪 白髪左右跡 結大王 心一乎 今解目八方

       (作者未詳 巻十一 二六〇二)

 

≪書き下し≫黒髪(くろかみ)の白髪(しろかみ)までと結びてし心ひとつを今解(と)かめやも

 

(訳)黒髪が白髪になるまでずっと心変わりすまいと、しっかと結び固めたこの心一筋でありますのに、どうして今さらゆるめたりするものですか。(同上)

(注)やも 分類連語:①…かなあ、いや、…ない。▽詠嘆の意をこめつつ反語の意を表す。②…かなあ。▽詠嘆の意をこめつつ疑問の意を表す。上代語。 ⇒語法:「やも」が文中で用いられる場合は、係り結びの法則で、文末の活用語は連体形となる。 ⇒参考:「やも」で係助詞とする説もある。 ⇒なりたち:係助詞「や」+終助詞「も」。一説に「も」は係助詞。(学研)ここでは①の意 

 

 二五七八歌の色っぽさ、しかし超越したやさしい女心を醸し出している。樋口清之氏は、その著、「万葉の女人たち」(講談社学術文庫)のなかで、「髪は昔から女人の魂ともして、神秘な生命、力あるものによそえられて来ましたが、それにかかわらずとも、この歌にあらわれた女心の深さには、すでに肉身を超えた高貴な神聖感さえ、窺われるではありませんか。あまりにも肉身的であったがゆえに肉身を超えて行ったのが万葉女人でした。」と書かれている。

 

 

 

岡山市南区西紅陽台干拓記念碑→マービーふれあいセンター■

 マービーふれあいセンターについては、くらしき地域資源ミュージアムHPに、「倉敷市真備地区最大の公共施設である『マービーふれあいセンター』は、大小2つのホールのほか、展示室・会議室等を備えるとともに、400台超の無料駐車場を有し、多種多様な催しに活用できます。

 建物の外観は、真備ゆかりの吉備真備公が唐へ渡る際に乗った『遣唐使船』をイメージしています。」と書かれ、「施設は2018年7月の西日本豪雨で被災。高さ約3.5メートルまで浸水し、1階部分が水没しましたが、復旧工事により2021年6月、約3年ぶりに業務を再開しました。真備地区の文化・芸術の交流拠点として、多くの市民が集い、地域に愛される施設を目指して、運営にあたっております。」と書かれている。

マービーふれあいセンター

 前回訪れたときは、ふれあいセンターは再建途上で、広場には仮設店舗が並んでいたのであった。

 ふれあいセンターとともに万葉歌碑も青空の下、輝いてその存在感を見せつけている。

 

ふれあいセンターを後にしてゆっくりと帰路についたのであった。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の女人たち」 樋口清之 著 (講談社学術文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「くらしき地域資源ミュージアムHP」