万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2022~2024)―高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(28~30)―万葉集 巻八 一四二四、巻八 一四四〇、巻八 一四六一

―その2022―

●歌は、「春の野にすみれ摘みにと来しわれぞ 野をなつかしみ一夜寝にける」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(28)万葉歌碑(山部赤人

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(28)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆春野尓 須美礼採尓等 來師吾曽 野乎奈都可之美 一夜宿二来

       (山部赤人 巻八 一四二四)

 

≪書き下し≫春の野にすみれ摘(つ)みにと来(こ)しわれぞ野をなつかしみ一夜寝(ね)にける

 

(訳)春の野に、すみれを摘もうとやってきた私は、その野の美しさに心引かれて、つい一夜を明かしてしまった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)なつかしむ【懐かしむ】:懐かしがる 懐かしく思う 恋い焦がれる 思慕〈の情〉追想 追 懐慕 追慕 追憶〈に耽る〉 (広辞苑無料検索 三省堂類語辞典

 

 題詞は、「山部宿祢赤人歌四首」<山部宿禰赤人が歌四首>である。

 

 この歌ならびに他の三首は、滋賀県東近江市下麻生の山部神社境内にある明治十二年に立てられ歌碑とともに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その417)」で紹介している。 

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―その2023―

●歌は、「春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(29)万葉歌碑(河邊東人)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(29)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆春雨乃 敷布零尓 高圓 山能櫻者 何如有良武

       (河邊東人 巻八 一四四〇)

 

≪書き下し≫春雨(はるさめ)のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ

 

(訳)春雨がしきりに降り続いている今頃、高円山の桜はどのようになっているのであろう。もう咲き出したであろうかな。(同上)

(注)しくしく【頻く頻く】[副]:《動詞「し(頻)く」を重ねたものから》絶え間なく。しきりに。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)高円の山:奈良市東方、春日山の南の山。(伊藤脚注)

 

この歌については、奈良市登美ヶ丘の松伯美術館入口近くの上村松篁が揮毫した万葉歌碑とともに拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(89改)」で紹介している。

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「しくしく」を「コトバンク 精選版 日本国語大辞典」で検索してみると、「〘副〙 (「しくしく(頻頻)」と同語源か。「と」を伴って用いることもある):① 勢いなくあわれげに泣くさまを表わす語。② たえずさしこむように、にぶく痛むさまを表わす語。③ 決断できないで、態度、気持などがはっきりしないさまを表わす語。ぐずぐず。じくじく。」と書かれている。

「勢いなくあわれげに泣くさまを表わす語」といった意味では、今も使われているが、他の意味ではもうひとつピンとこない。

万葉集に使われている「しくしく」をみてみよう。

 

◆夢耳 継而所見乍 竹嶋之 越礒波之 敷布所念

       (作者未詳 巻七 一二三六)

 

≪書き下し>夢(いめ)のみに継(つ)ぎて見えつつ高島(たかしま)の礒(いそ)越す波のしくしく思ほゆ

 

(訳)夢の中でばかり絶えず見えるだけなので、高島の磯を越す波のように、あの子のことがひっきりなしに思われる。(同上)

(注)高島:滋賀県高島市か。(伊藤脚注)

(注)「高島(たかしま)の礒(いそ)越す波の」は序。「しくしく」を起こす。(伊藤脚注)

(注)つぐ【継ぐ・続ぐ】他動詞①絶えないようにする。続ける。保ち続ける。②受け伝える。伝承する。継承する。③跡を受ける。相続する。◇「嗣ぐ」とも書く。④つなぎ合わせる。繕う。(学研)ここでは①の意

(注)しくしく【頻く頻く】[副]《動詞「し(頻)く」を重ねたものから》:絶え間なく。しきりに。(weblio古語辞典 デジタル大辞泉

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1461)」で紹介している。

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■二四五六歌■

◆烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷 益ゝ所思

       (作者未詳 巻十一 二四五六)

 

≪書き下し≫ぬばたまの黒髪山(くろかみやま)の山菅(やますげ)に小雨(こさめ)降りしきしくしく思(おも)ほゆ

 

(訳)みずみずしい黒髪山の山菅、その菅に小雨が降りしきりるように、あの人のことがしきりに思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)黒髪山:所在未詳。奈良市佐保山の一部とも。(伊藤脚注) 

(注)上四句「烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷」は序、「益ゝ(しくしく)」を起こす。(伊藤脚注)

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1902)」で紹介している。

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■三九七四歌■

◆夜麻夫枳波 比尓ゝゝ佐伎奴 宇流波之等 安我毛布伎美波 思久ゝゝ於毛保由

      (大伴池主 巻十七 三九七四)

 

≪書き下し≫山吹は日(ひ)に日(ひ)に咲きぬうるはしと我(あ)が思(も)ふ君はしくしく思ほゆ

 

(訳)山吹は日ごとに咲き揃います。すばらしいと私が思うあなたは、やたらしきりと思われてなりません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

(注)うるはし【麗し・美し・愛し】形容詞:①壮大で美しい。壮麗だ。立派だ。②きちんとしている。整っていて美しい。端正だ。③きまじめで礼儀正しい。堅苦しい。④親密だ。誠実だ。しっくりしている。⑤色鮮やかだ。⑥まちがいない。正しい。本物である。(学研)ここでは①の意

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 三九七三(長歌)と三七九四、三七九五歌(短歌)の歌群の前に、家持にあてた「書簡」が収録されている。書簡ならびに長・短歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その702)」で紹介している。

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■四四一一歌■

◆伊弊都刀尓 可比曽比里弊流 波麻奈美波 伊也之久ゝゝ二 多可久与須礼騰

       (大伴家持 巻二十 四四一一)

 

≪書き下し≫家づとに貝ぞ拾(ひり)へる浜波(はまなみ)はいやしくしくに高く寄すれど

 

(訳)家への土産に私は貝を拾っている。浜辺の波は、あとからあとからしきりに高く寄せて来るけれど。(同上)

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 四四〇八から四四一二歌の歌群の題詞は、「陳防人悲別之情歌一首幷短歌」<防人が悲別の情(こころ)を陳(の)ぶる歌一首幷(あは)せて短歌>である。この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その548)」で紹介している。

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■四四七六歌■

四四七五、四四七六歌の題詞は、「廿三日集於式部少丞大伴宿祢池主之宅飲宴歌二首」<二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)する歌二首>である。

 

◆於久夜麻能 之伎美我波奈能 奈能其等也 之久之久伎美尓 故非和多利奈無

        (大原真人今城 巻二十 四四七六)

 

≪書き下し≫奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ 

 

(訳)奥山に咲くしきみの花のその名のように、次から次へとしきりに我が君のお顔が見たいと思いつづけることでしょう、私は。(同上)

 

(注)しきみ【樒】名詞:木の名。全体に香気があり、葉のついた枝を仏前に供える。また、葉や樹皮から抹香(まつこう)を作る。(学研)

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

大伴池主の家に集まり宴をしているが、家持の歌どころか池主の歌も収録されていないのである。ただ大原真人今城の歌二首のみである。家持の幼馴染で、歌のやり取りも頻繁に行い万葉集にも数多く収録されている大伴池主の名前はこれ以降万葉集から消える。そして池主は奈良麻呂の変に連座し歴史からも名を消したのである。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1847)」で紹介している。

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―その2024―

●歌は、「昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(30)万葉歌碑(紀女郎)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(30)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆晝者咲 夜者戀宿 合歡木花 君耳将見哉 和氣佐倍尓見代

      (紀女郎 巻八 一四六一)

 

≪書き下し≫昼は咲き夜(よる)は恋ひ寝(ね)る合歓木(ねぶ)の花君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ

 

(訳)昼間は花開き、夜は葉を閉じ人に焦がれてねむるという、ねむの花ですよ。そんな花を主人の私だけが見てよいものか。そなたもご覧。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)きみ【君・公】名詞:①天皇。帝(みかど)。②主君。主人。③お方。▽貴人を敬っていう語。④君。▽人名・官名などの下に付いて、「…の君」の形で、その人に敬意を表す。(学研) ここでは、②の意

(注)わけ【戯奴】代名詞:①私め。▽自称の人称代名詞。卑下の意を表す。②おまえ。▽対称の人称代名詞。目下の者にいう。(学研)

 

 一四六〇、一四六一歌の題詞は、「紀女郎贈大伴宿祢家持歌二首」<紀女郎(きのいらつめ)大伴宿禰家持に贈る歌二首>である。続く一四六二、一四六三歌の題詞は、「大伴家持贈和歌二首」<大伴家持、贈り和(こた)ふる歌二首>である。

 

 この歌については、紀女郎の十二首とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1114)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著  (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著  (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著  (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio古語辞典 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「広辞苑無料検索 三省堂類語辞典