―その2028―
●歌は、「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花」である。
●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(34)である。
●歌をみていこう。
◆芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝▼之花
(山上憶良 巻八 一五三八)
▼は「白」の下に「八」と書く。「朝+『白』の下に『八』」=「朝顔」
≪書き下し≫萩の花 尾花(をばな) 葛花(くずはな) なでしこの花 をみなへし また藤袴(ふぢはかま) 朝顔の花
(訳)一つ萩の花、二つ尾花、三つに葛の花、四つになでしこの花、うんさよう、五つにおみなえし。ほら、それにまだあるぞ、六つ藤袴、七つ朝顔の花。うんさよう、これが秋の七種の花なのさ。(伊藤 博著「萬葉集 二」角川ソフィア文庫より)
この歌については、秋の七種に因んだ歌とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1027)」で紹介している。
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昨年11月27日に所用で奈良に行った時、春日大社北参道の山上憶良の一五三七、一五三八歌の歌碑を撮影した。
―その2029―
●歌は、「我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし」である。
●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(35)である。
●歌をみていこう。
◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無
(大伴田村大嬢 巻八 一六二三)
≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし
(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(同上)
(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】自動詞:「もみづ」に同じ。※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)かへで【楓】名詞:①木の名。紅葉が美しく、一般に、「もみぢ」といえばかえでのそれをさす。②葉がかえるの手に似ることから、小児や女子などの小さくかわいい手のたとえ。 ※「かへるで」の変化した語。(学研)
(注)大伴田村大嬢 (おほとものたむらのおほいらつめ):大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。大伴坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)は異母妹
題詞は、「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌二首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌二首>である。
(注)いもうと【妹】名詞:①姉。妹。▽年齢の上下に関係なく、男性からその姉妹を呼ぶ語。[反対語] 兄人(せうと)。②兄妹になぞらえて、男性から親しい女性をさして呼ぶ語。
③年下の女のきょうだい。妹。[反対語] 姉。 ※「いもひと」の変化した語。「いもと」とも。(学研)
この歌ならびに、同じような題詞の歌が、七五六~七五九、一四四九、一五〇六、一六六二歌にもあるが、これらについても、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1013)」で紹介している。
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「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)によると、「カエデを一般的にモミヂというが、これは草木が黄色や赤に変わることを意味する上代の動詞『もみつ』の名詞化した『もみつ』からで、紅葉の美しいカエデの仲間をモミジと呼ぶようになったという。・・・集中では、『もみち』を詠んだものは多いが、『かへるで』を詠んだものは2首を数えるのみである。」と書かれている。
「かへるで」を詠んだもう一首をみてみよう。
◆兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖 宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布
(作者未詳 巻十四 三四九四)
≪書き下し≫児毛知山(こもちやま)若(わか)かへるでのもみつまで寝(ね)もと我(わ)は思(も)ふ汝(な)はあどか思(も)ふ
(訳)児毛知山、この山の楓(かえで)の若葉がもみじするまで、ずっと寝たいと俺は思う。お前さんはどう思うかね。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)児毛知山>子持山(こもちやま):群馬県沼田市(ぬまたし)と渋川市(しぶかわし)との境にある山。赤城(あかぎ)、榛名(はるな)両火山中間の北側にあるコニーデ型火山で、標高1296メートル。西の小野子山(おのこやま)と隣接して双子火山をなし、前橋付近からの眺めがよい。『万葉集』にも「子持山若かえるでのもみつまで……」と詠まれている。(後略)(コトバンク 小学館 日本大百科全書<ニッポニカ>)
(注)かへるで:楓(かえで)は、葉がカエルの手に似ていることから、古くは「かへるで」と呼ばれていた。(「植物で見る万葉の世界」國學院大學「万葉の花の会」発行)
(注)寝も:「寝む」の東国形(伊藤脚注)
(注)あど 副詞:どのように。どうして。 ※「など」の上代の東国方言か。(学研)
(注)もふ【思ふ】他動詞:思う。 ※「おもふ」の変化した語。(学研)
三四九四歌については、東歌の本質とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その938)」で紹介している。
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現代では、もみじは紅葉と書くが、万葉集の表記では、一字一音の「毛美知婆(もみちば)」のほかは、紅葉(一例)、赤葉(一例)、赤(二例)で、赤系統は計四例である。他は黄葉(七六例)、黄変(三例)、黄色(二例)、黄反(一例)と、黄系統は計八十八例にのぼっているという。(堀内民一著「大和万葉―その歌の風土」桜楓社)
「紅葉」と表記した歌をみてみよう。
◆妹許跡 馬▼置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒
(作者未詳 巻十 二二〇一)
▼は「木へんに安」である。
≪書き下し≫妹がりと馬に鞍置きて生駒山うち越え来れば黄葉(もみぢ)散りつつ
(訳)いとしい子のもとへと、馬に鞍を置いて、生駒山を鞭打ち越えてくると、もみじがしきりと散っている。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)いもがり【妹許】:愛する妻や女性のいる所。「がり」は居所および居る方向を表す接尾語。
二二〇一歌ならびに赤系統の表記の歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その85改)」で紹介している。
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―その2030―
●歌は、「高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも」である。
●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(36)である。
●歌をみていこう。
◆高圓之 野邊乃容花 面影尓 所見乍妹者 忘不勝裳
(大伴家持 巻八 一六三〇)
≪書き下し≫高円(たかまと)の野辺(のへ)のかほ花(ばな)面影(おもかげ)に見えつつ妹(いも)は忘れかねつも
(訳)高円の野辺に咲きにおうかお花、この花のように面影がちらついて、あなたは、忘れようにも忘れられない。(同上)
(注)上二句は序。「面影」を起しつつ、「妹」を匂わす。(伊藤脚注)
(注)かほ花:【顔花/容花/貌花】:花の名。ヒルガオ・カキツバタ・オモダカ・ムクゲ・アサガオ・シャクヤク、または、美しい花の意など、諸説があるが未詳。かおがはな。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
「かほばな」と考えられている花。
なお、「あさがお」は当時はまだ渡来していなかったと思われるので、省略いたしました。
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1849)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「福岡市薬剤師会HP」