万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2055~2057)―高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(61~63)―万葉集 巻十一 三〇四八、巻十二 三〇五一、巻十二 三〇九六

―その2055―

●歌は、「み狩する雁羽の小野の櫟柴のなれはまさらず恋こそまされ」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(61)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(61)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆御獦為 鴈羽之小野之 櫟柴之 奈礼波不益 戀社益

     (作者未詳 巻十一 三〇四八)

 

≪書き下し≫み狩(かり)する雁羽(かりは)の小野の櫟柴(ならしば)のなれはまさらず恋こそまされ

 

(訳)み狩りにちなみの雁羽の小野のならの雑木ではありませんが、あなたと馴れ親しむことはいっこうになさらずに、お逢いできぬ苦しみが増すばかりですが。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)み狩りする:「雁羽(かりは:所在未詳)」の枕詞。同音。(伊藤脚注)

(注)上三句は序。「なれ(馴れ)」を起す。(伊藤脚注)

(注の注)みかり【御狩】〘名〙 (「み」は接頭語):① 天皇や皇子などの狩することを敬っていう語。② 狩の美称。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)ここでは②の意

(注)ならしば【楢柴】:楢の木の枝。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 「み狩り」・「雁羽」、「楢柴」・「馴れ」、「まさらず」・「まされ」という歌いっぷりは、万葉集らしからぬ技巧的な歌になっている。物名歌のように万葉集が後々の歌に影響を与えたとみるべきであろう。

 

 この歌ならびに「み狩り」に関する歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1064)」で紹介している。

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―その2056―

●歌は、「あしひきの山菅の根のねもころに我れはぞ恋ふる君が姿に」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(62)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(62)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆足桧木之 山菅根之 懃 吾波曽戀流 君之光儀乎 <或本歌曰 吾念人乎 将見因毛我母>

      (作者未詳 巻十二 三〇五一)

 

≪書き下し≫あしひきの山菅(やますが)の根のねもころに我れはぞ恋ふる君が姿を <或る本の歌には「我(あ)が思ふ人を見むよしもがも」といふ>

 

(訳)山菅の長い根ではないが、ねんごろに心底私は恋い焦がれています。あなたのお姿に。<私が思っているあの方に逢えるきっかけがあればよいのに>(同上)

(注)上二句は序。「ねもころに」を起こす。(伊藤脚注)

(注)ねもころ【懇】副詞:心をこめて。熱心に。「ねもごろ」とも。 ※「ねんごろ」の古い形。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌については、「山菅」を詠んだ歌とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1159)」で紹介している。

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 「菅の根の」は枕詞でもある。

(注)「すがのねの【菅の根の】分類枕詞:①すげの根が長く乱れはびこることから「長(なが)」や「乱る」、また、「思ひ乱る」にかかる。②同音「ね」の繰り返しで「ねもころ」にかかる。(学研)

 

 「ねもころ」と詠まれている歌をみてみよう。

 

◆見渡 三室山 石穂菅 惻隠吾 片念為 <一云 三諸山之 石小菅>

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四七二)

 

≪書き下し≫見わたしの三室(みむろ)の山の巌菅(いはほすげ)ねもころ我(あ)れは片思(かたもひ)ぞする <一には「みもろの山の岩小菅(いはこすげ)」といふ>

 

(訳)すぐ向こうに見わたせる三室の山の岩に生えた菅、その菅のではないが、ただんごろに、私は思ってもくれない人に思いを寄せている。<みもろの山の岩小菅ではないが>(同上)

(注)上三句は序。「ねもころ」を起す。(伊藤脚注)

 

 

◆菅根 惻隠君 結為 我紐緒 解人不有

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四七三)

 

≪書き下し≫菅(すが)の根のねもころ君が結びてし我(わ)が紐(ひも)の緒(を)を解(と)く人はあらじ

 

(訳)菅のではないが、んごろにあなたが結んで下さった私の下紐、この下紐を解く人はよもやほかにはいないでしょう。(同上)

(注)菅の根の:「ねもころ」の枕詞。

 

 

 

―その2057―

●歌は、「馬柵越しに麦食む駒の罵らゆれどなほし恋しく思ひかねつも」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(63)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(63)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆柜楉越尓 麦咋駒乃 雖詈 猶戀久 思不勝焉

        (作者未詳 巻十二 三〇九六)

 

≪書き下し≫馬柵(うませ)越(ご)しに麦(むぎ)食(は)む駒(こま)の罵(の)らゆれどなほし恋しく思ひかねつも

 

(訳)馬柵越しに麦を食(は)む駒がどなり散らかされるように、どんなに罵られても、やはり恋しくて、思わずにいようとしても思わずにはいられない。(同上)

(注)上二句は序。「罵(の)らゆ」を起こす。

(注)おもひかぬ【思ひ兼ぬ】他動詞①(恋しい)思いに堪えきれない。②判断がつかない。(学研)

(注)うませ【馬柵】:馬を囲っておく柵(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)のる【罵る】他動詞:悪口を言う。ののしる。(学研)

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1176)」で紹介している。なお、1176では、「麦」ならびに「馬柵」を詠んだ歌もそれぞれ紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典