万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2058~2060)―高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(64~66)―万葉集 巻十二 三三一四、巻十四 三三七六、巻十四 三三七八

―その2058―

●歌は、「つぎねふ山背道を人夫の馬より行くに己夫し・・・」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(64)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(64)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆次嶺経 山背道乎 人都末乃 馬従行尓 己夫之 歩従行者 毎見 哭耳之所泣 曽許思尓 心之痛之 垂乳根乃 母之形見跡 吾持有 真十見鏡尓 蜻領巾 負並持而 馬替吾背

       (作者未詳 巻十三 三三一四)

 

≪書き下し≫つぎねふ 山背道(やましろぢ)を 人夫(ひとづま)の 馬より行くに 己夫(おのづま)し 徒歩(かち)より行けば 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ そこ思(おも)ふに 心し痛し たらちねの 母が形見(かたみ)と 我(わ)が持てる まそみ鏡に 蜻蛉(あきづ)領巾(ひれ) 負(お)ひ並(な)め持ちて 馬買(か)へ我(わ)が背

 

(訳)つぎねふ山背道 山背へ行くその道を、よその夫は馬でさっさと行くのに、私の夫はとぼとぼと足で行くので、そのさまを見るたびに泣けてくる。そのことを思うと心が痛む。母さんの形見として私がたいせつにしている、まそ鏡に蜻蛉(あきづ)領巾(ひれ)、これを品々に添えて負い持って行き、馬を買って下さい。あなた。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)つぎねふ 分類枕詞:地名「山城(やましろ)」にかかる。語義・かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)より 格助詞《接続》体言や体言に準ずる語に付く。①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段・方法〕…で。④〔比較の基準〕…より。⑤〔範囲を限定〕…以外。…より。▽多く下に「ほか」「のち」などを伴って。⑥〔原因・理由〕…ために。…ので。…(に)よって。⑦〔即時〕…やいなや。…するとすぐに。

※参考(1)⑥⑦については、接続助詞とする説もある。(2)上代、「より」と類似の意味の格助詞に「よ」「ゆ」「ゆり」があったが、中古以降は用いられなくなり、「より」のみが残った。(学研) ここでは③の意。

(注)まそみかがみ 【真澄鏡】名詞:よく澄んで、くもりのない鏡。 ※「ますみのかがみ」の変化した語。中古以後の語で、古くは「まそかがみ」。(学研)

(注)蜻蛉(あきづ)領巾(ひれ):トンボの羽のように透き通った上等な領布上代の婦人の装身具。(学研)

 

 この歌については、「領巾」とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1025)」でも紹介している。

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三三一四(長歌)ならびに反歌三首(三三一五から三三一七)については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その326)」で紹介している。

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―その2059―

●歌は、「恋しければ袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(65)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(65)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米

       (作者未詳 巻十四 三三七六)

 

≪書き下し≫恋(こひ)しけば袖(そで)も振らむを武蔵野(むざしの)のうけらが花の色に出(づ)なゆめ

 

(訳)恋しかったら私は袖でも振りましょうものを。しかし、あなたは、武蔵野のおけらの花の色のように、おもてに出す、そんなことをしてはいけませんよ。けっして。(同上)

(注)うけら【朮】名詞:草花の名。おけら。山野に自生し、秋に白や薄紅の花をつける。根は薬用。(学研)

(注)ゆめ【努・勤】副詞:①〔下に禁止・命令表現を伴って〕決して。必ず。②〔下に打消の語を伴って〕まったく。少しも。(学研)

 

 

 この歌については、「うけら」の歌三首(三三七六歌の「或る本の歌」をもカウントすると四首)とともに拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その340)」で紹介している。

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オケラ  weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました。

 

 

 

―その2060―

●歌は、「入間道の於保屋が原のいはゐつら引かばぬるぬる我にな絶えそね」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(66)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(66)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆伊利麻治能 於保屋我波良能 伊波為都良 比可婆奴流ゝゝ 和尓奈多要曽祢

       (作者未詳 巻十四 三三七八)

 

≪書き下し≫入間道(いりまぢ)の於保屋(おほや)が原(はら)のいはゐつら引かばぬるぬる我(わ)にな絶(た)えそね

 

(訳)入間の地の於保屋(おおや)が原のいわい葛(づら)のように、引き寄せたならそのまま滑らかに寄り添って寝て、私との仲を絶やさないようにしておくれ。(同上)

(注)於保屋が原:入間郡越生町大谷あたりか。(伊藤脚注)

(注)上三句は序。「引かばぬるぬる」を起こす。(伊藤脚注)

(注)引かばぬるぬる:さそったらすなおに寄り添って寝て。(伊藤脚注)

(注)ぬる 自動詞:ほどける。ゆるむ。抜け落ちる。(学研) 「寝る」を懸ける。

 

この歌については、「いはゐつら」を詠んだもう一首(三四一六歌)とともに「拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その669)」で紹介している。

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 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)によると、「『いはゐつら』は、現在のスベリヒユ」とある。

(注)すべりひゆ【滑莧】:スベリヒユ科一年草。路傍・畑など日当たりのよい所に生える。茎は赤紫色を帯び、下部は地をはう。葉は肉質で長円形、つやがある。夏、黄色の小花を開く。うまびゆ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

スベリヒユ weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉