万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2111)―大阪市西淀川区姫島 姫嶋神社―万葉集 巻二 二二八

●歌は、「妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに蘿生すまでに」である。

大阪市西淀川区姫島 姫嶋神社万葉歌碑(河辺宮人)

●歌碑は、大阪市西淀川区姫島 姫嶋神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆妹之名者 千代尓将流 姫嶋之 子松之末尓 蘿生萬代尓

          (河辺宮人 巻二 二二八)

 

≪書き下し≫妹(いも)が名は千代(ちよ)に流れむ姫島の小松(こまつ)がうれに蘿生(こけむす)すまでに

 

(訳)このいとしいお方の名は、千代(ちよ)万代(よろずよ)に流れ伝わるであろう。娘子にふさわしい名の姫島の小松が成長してその梢(こずえ)に蘿(こけ)が生(む)すまでいついつまでも。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)千代に流れむ:漢籍に「名ハ世ニ流ル」などがある。その影響を受けた表現。(伊藤脚注)

(注)うれ【末】名詞:草木の枝や葉の先端。「うら」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

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感想(1件)

標題は、「寧樂宮」であり、題詞は、「和銅四年歳次辛亥河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首」<和銅四年歳次(さいし)辛亥(かのとゐ)に、河辺宮人(かはへのみやひと)姫島(ひめしま)の松原にして娘子(をとめ)の屍(しかばね)を見て悲嘆(かな)しびて作る歌二首>である。

(注)和銅四年:711年

(注)さいじ【歳次】:《古くは「さいし」。「歳」は歳星すなわち木星、「次」は宿りの意。昔、中国で、木星が12年で天を1周すると考えられていたところから》としまわり。とし。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)河辺宮人:伝未詳。物語上の作者名か。(伊藤脚注)

(注)姫島:淀川河口の島の名か。(伊藤脚注)

 

 二二九歌もみてみよう

 

◆難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母

         (河辺宮人 巻二 二二九)

 

≪書き下し≫難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも

 

(訳)難波潟(なにわがた)よ、引き潮などあってくれるな。ここに沈んだいとしいお方のみじめな姿を見るのはつらいことだから。(同上)

(注)難波潟:干満の差が激しく干潟が多いことで有名。(伊藤脚注)

(注)沈みにし:入水した。失恋ゆえか。(伊藤脚注)

(注)見まく苦しも:前歌の幻想が破れることへの嘆き。(伊藤脚注)

 

 類似の題詞「和銅四年辛亥(かのとゐ)に、河辺宮人(かはへのみやひと)、姫島(ひめしま)の松原の美人(をとめ)の屍(しかばね)を見て、哀慟(かな)しびて作る歌四首」が、四三四から四三七歌の歌群に見られるが、左注には「歌辞相違い、是非別きかたし。よりてこの次に累ね載す」とある。

 この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その707)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 巻一ならびに巻二の標題は、「・・・宮御宇天皇代(・・・の宮に天の下知らしめす天皇の代)」となっているが、この歌の標題が「寧楽宮」となっている。

 これについて、伊藤 博氏は、脚注において「編者と同時代なので、『寧楽の宮に天の下知らしめす天皇の代』と記していない。追補らしい。」と書かれている。

 

 標題が同じく「寧楽の宮」であるには、巻一では、八四歌である。

 八四歌もみてみよう。

 

 題詞は、「長皇子與志貴皇子於佐紀宮俱宴歌」<長皇子(ながのみこ)、志貴皇子(しきのみこ)と佐紀(さき)の宮(みや)にしてともに宴(うたげ)する歌>である。

(注)佐紀の宮:長皇子の邸宅。大極殿の北方にあった。(伊藤脚注)

 

◆秋去者 今毛見如 妻戀尓 鹿将鳴山曽 高野原之宇倍

            (長皇子 巻一 八四)

 

≪書き下し≫秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿(か)鳴かむ山ぞ高野原(たかのはら)の上(うへ)

 

(訳)秋になったら、今もわれらが見ているように、妻に恋い焦がれて雄鹿がしきりに泣いてほしいと思う山です。あの高野原の上は。(同上)

 

左注は、「右一首長皇子」 とある。

 

 この歌は、万葉集巻一の締めの歌である。

 長皇子は天武天皇の第四皇子、弓削皇子の兄。志貴皇子天智天皇の第七皇子である。

 

 題詞にあるように、佐紀に長皇子の宮があった。平城京の北側一帯は台地である。佐紀にある孝謙天皇陵は高野陵と称されることから、この一帯の台地を含めて高野原と言われていたのではないかと思われる。

 

 この歌碑は、近鉄京都線高の原駅」改札を出たところにある。ちなみに駅の名前はこの歌によっているという。

近鉄京都線高の原駅万葉歌碑(長皇子)

 八四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その25の2改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■■■大阪市内万葉歌碑巡り■■■

 3月19日、大阪市内の道路事情を考え車で行くのをためらっていた4か所を電車で回ることにした。

 西淀川区姫嶋神社、同大和田住吉神社、難波八坂神社、生野区横野神社跡の4か所である。

 乗り換えなどを考え、自宅→阪神出来島駅→姫嶋神社→大和田住吉神社阪神福駅→なんば駅→難波八阪神社→地下鉄南巽駅→横野神社跡→地下鉄南巽駅→自宅

 

 

■自宅→西淀川区姫嶋神社■

近鉄奈良線阪神線に乗り入れているので、便利である。

9時過ぎに家を出た。「出来島駅」には11時ちょっと前に到着。携帯ナビをたよりに姫嶋神社へ。

阪神「出来島駅」

姫嶋神社名碑と鳥居

鳥居をくぐる。若い女性の姿が目立つ。御朱印をいただくためか、そこそこ並んでいる。さらに驚いたことに、この神社の絵馬は、帆立の貝殻である。

帆立の絵馬

万葉歌碑にのみ頭がいっていたので、帆立の貝殻の絵馬については事前調査ではノーマークであった。

 

姫嶋神社HPに、主祭神「阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)」について次のように書かれている。

​「主祭神  アカルヒメノミコト『 決断と行動の神様 』

姫島は古代難波八十島のひとつであった比売島がこの地に当たると伝えられてきた。『古事記』の応神記には、『昔、赤い玉より化生して美女となったアカルヒメが新羅の王子、天之日矛アメノヒボコ)の妻となり、常に美食を用意して夫に仕えたが、夫は慢心を起こし妻をののしるので、『わたしはあなたの妻となるべき女ではありません。わたしの祖国へ帰ります。』と言って、難波に逃避行してきた』とある。

応神天皇の御代、新羅の国の女神が夫から逃れて筑紫の伊波比(いわい)の比売島、さらに移って摂津の比売島(姫島)に留まったと伝えられている。アカルヒメは夫と別れ、海を渡り、新たな地で再起し女性たちに機織りや裁縫、焼き物や楽器などを教えたことから、多くの女性に親しまれ『決断と行動の神様』として信仰されてきた。」

 

 はじまりの碑のところでは女性たちが、赤い球を碑に向かって投げている。これも帰ってから調べて判ったのである。

 同神社HPに次のように書かれている。

「はじまりの碑とは?

神武天皇遥拝所にある石の碑です。神武天皇は初代天皇であり、日本のはじまりと言われていることから『はじまりの碑』となっています。

また、この石には遥拝石(遠く離れた神様を拝む石)の役割とは別に、御祭神である阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)のご神徳が注がれており、決断をして新たな出発が順風満帆に進むようにと願う祈願所でもあります」と。

 さらに「はじまりの碑の祈願方法」についても書かれていた。納得である。

 

 そして「帆立絵馬」についても書かれている。

​ 「帆立絵馬とは?

はじまりの碑には、様々な目標や願い事が書かれた帆立絵馬がかけられています

帆立とは、泳いでる姿がまるで帆を立てて進む船のようである事に由来します。

そのような帆立を絵馬にすることで、御祭神である阿迦留姫命が夫から船で逃れ姫島の地で再出発されたように、みなさまの新しいスタートも順風満帆に進むようにという願いが込められています。」

 

​ 女性たちが碑に向かって投げていた赤い球は、「 断ち玉(たちだま)」と呼ばれ、「新しいスタートを切る時や目標・願い事を叶える為に、断ち切らなければいけないことや物(例:弱気な自分や浪費癖、お酒など)を念じ、その玉を碑の上部に空いた穴を通すことで封じ込めておくというものです。

御祭神の阿迦留姫命は赤い玉から生まれた事から、姫嶋神社では赤い玉は縁起がいいものとされています。」と書かれている。

 

 帆立の絵馬とのめぐり逢いは万葉歌碑のおかげである。

 新しい知識は、次なる展開への「はじまりの碑」である。

姫嶋神社参道と社殿



 

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「姫嶋神社HP」