万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2113)―大阪市浪速区元町 難波八阪神社―万葉集 巻二十 四〇九四

●歌は、「海行かば水漬く屍山行かば草生す屍大君の辺にこそ死なめかへり見はせじ・・・」である。

大阪市浪速区元町 難波八阪神社万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、大阪市浪速区元町 難波八阪神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「賀陸奥國出金 詔書歌一首并短歌」<陸奥(みちのく)の國に金(くがね)を出だす詔書を賀(ほ)く歌一首并(あは)せて短歌>である。

 

◆葦原能 美豆保國乎 安麻久太利 之良志賣之家流 須賣呂伎能 神乃美許等能 御代可佐祢 天乃日嗣等 之良志久流 伎美能御代ゝゝ 之伎麻世流 四方國尓波 山河乎 比呂美安都美等 多弖麻都流 御調寶波 可蘇倍衣受 都久之毛可祢都 之加礼騰母 吾大王乃 毛呂比登乎 伊射奈比多麻比 善事乎 波自米多麻比弖 久我祢可毛 多之氣久安良牟登 於母保之弖 之多奈夜麻須尓 鶏鳴 東國能 美知能久乃 小田在山尓 金有等 麻宇之多麻敝礼 御心乎 安吉良米多麻比 天地乃 神安比宇豆奈比 皇御祖乃 御霊多須氣弖 遠代尓 可ゝ里之許登乎 朕御世尓 安良波之弖安礼婆 御食國波 左可延牟物能等 可牟奈我良 於毛保之賣之弖 毛能乃布能 八十伴雄乎 麻都呂倍乃 牟氣乃麻尓ゝゝ 老人毛 女童兒毛 之我願 心太良比尓 撫賜 治賜婆 許己乎之母 安夜尓多敷刀美 宇礼之家久 伊余与於母比弖 大伴乃 遠都神祖乃 其名乎婆 大来目主等 於比母知弖 都加倍之官 海行者 美都久屍 山行者 草牟須屍 大皇乃 敝尓許曽死米 可敝里見波 勢自等許等太弖 大夫乃 伎欲吉彼名乎 伊尓之敝欲 伊麻乃乎追通尓 奈我佐敝流 於夜能子等毛曽 大伴等 佐伯乃氏者 人祖乃 立流辞立 人子者 祖名不絶 大君尓 麻都呂布物能等 伊比都雅流 許等能都可左曽 梓弓 手尓等里母知弖 劔大刀 許之尓等里波伎 安佐麻毛利 由布能麻毛利尒 大王能 三門乃麻毛利 和礼乎於吉弖且 比等波安良自等 伊夜多氐 於毛比之麻左流 大皇乃 御言能左吉乃 <一云 乎> 聞者貴美<一云 貴久之安礼婆>

       (大伴家持 巻二十 四〇九四)

 

≪書き下し≫葦原(あしはら)の 瑞穂(みづほ)の国を 天(あま)下(くだ)り 知(し)らしめしける すめろきの 神(かみ)の命(みこと)の 御代(みよ)重(かさ)ね 天(あま)の日継(ひつぎ)と 知らし来(く)る 君の御代(みよ)御代(みよ) 敷きませる 四方(よも)の国には 山川(やまかは)を 広み厚みと 奉(たてまつ)る 御調(みつき)宝(たから)は 数(かぞ)へえず 尽(つく)くしもかねつ しかれども 我が大君(おほきみ)の 諸人(もろひと)を 誘(いざない)ひたまひ よきことを 始めたまひて 金(くがね)かも 確(たし)けくあらむと 思ほして 下(した)悩(なや)ますに 鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国の 陸奥(みちのく)の 小田(をだ)にある山に 金(くがね)ありと 申(まう)したまへれ 御心(みこころ)を 明(あき)らめたまひ 天地(あめつち)の 神(かみ)相(あひ)うづなひ すめろきの 御霊(みたま)助けて 遠き代(よ)に かかりしことを 我が御代(みよ)に 顕(あら)はしてあれば 食(を)す国は 栄(さか)えむものと 神(かむ)ながら 思ほしめして もののふの 八十(やそ)伴(とも)の男(を)を 奉(まつ)ろへの 向けのまにまに 老人(おいひと)も 女(をみな)童(わらは)も しが願ふ 心(こころ)足(だ)らひに 撫(な)でたまひ 治(をさ)めたまへば ここをしも あやに貴(たふと)み 嬉(うれ)しけく いよよ思ひて 大伴(おほとも)の 遠つ神(かむ)祖(おや)の その名をば 大久米(おほくめ)主(ぬし)と 負(を)ひ持ちて 仕(つか)へし官(つかさ) 海行かば 水浸(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草(くさ)生(む)す屍(かばね) 大君(おほきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへり見は せじと言立(ことだ)て ますらをの 清きその名を いにしへよ 今のをつづに 流さへる 祖(おや)の子どもぞ 大伴(おほとも)と 佐伯(さへき)の氏(うぢ)は 人の祖(おや)の 立つる言立(ことだ)て 人の子は 祖(おや)の名絶たず 大君に 奉仕(まつろ)ふものと 言ひ継(つ)げる 言(こと)の官(つかさ)ぞ 梓弓(あづさゆみ) 手に取り持ちて 剣太刀(つるぎたち) 腰(こし)に取り佩(は)き 朝(あさ)守(まも)り 夕(ゆふ)の守(まも)りに 大君(おほきみ)の 御門(みかど)の守り 我れをおきて また人はあらじ といや立て 思ひし増(ま)さる 大君(おほきみ)の 御言(みこと)の幸(さき)の <一には「を」といふ> 聞けば貴(たふと)み <一には「貴くしあれば」といふ>

 

(訳)葦原の瑞穂の国、この国を、高天原(たかまがはら)から降(くだ)ってお治めになった天皇の神の命、その神の命の御末が御代を重ねて、日の神の後継ぎとして治めて来られた貴い御代御代を通して、ずっと支配しておられる四方の国々では、山も川も広々と豊かであるとて、奉る貢(みつぎ)の宝は数えきれず、挙げ尽くしようもない。しかしながら、われらの大君が人びとを仏の道にお導きになり、善き業(わざ)をお始めになって、何とか黄金(こがね)が充分にあればとひそかに御心を砕いておられた折も折、鶏が鳴く東の国の陸奥の小田という所の山に黄金があると奏上してきたものだから、御心も晴れ晴れとなさり、「我が業を天地の神々も挙(こぞ)って嘉(よみ)したまい、代々の天皇の御霊もお助け下さって、遠い昔の代にあったと同じことを我が御代にも顕わしてくださったので、我が治める国は栄えるであろう」と、神の御子でましますままにおぼし召されて、もともろの臣下たちを心から仕えさせられるとともに、老人(おいひと)も女(おんな)子どもも、その願いが満ち足りるように、いとしみたまい治めたもうので、われらはそこのところが何とも貴くてならず、嬉(うれ)しさもいよいよつのって、大伴の遠い祖先の神、その名は大久米部の主(あるじ)という誉(ほま)れを背にお仕えしてきた役目柄、「海を行くなら水漬(みづ)く屍(かばね)、山を行くなら草生(む)す屍となり、大君の辺に死のうと本望、我が身を顧みるようなことはすまい」と言葉に唱えて誓ってきた大夫(ますらお)のいさぎよい名、その名を遠く遥かなる時代から今の今まで絶えることなく伝えてきた、祖先の末裔(まつえい)なのだ。大伴と佐伯の氏は、祖先の立てた誓いのままに、「子孫は祖先の名を絶やさず、大君にお仕えするものだ」と言い継いできた誓いを守り続ける靫負(ゆげい)の家柄であるぞ。梓の弓を手に掲げ持って、剣の太刀を腰にしっかと帯び、朝にも夕にも大君の御門を守る守り手は、われらをおいてほかに人はあるはずがないと、いよいよますます言立てしその思いはつのるばかり。大君のみ言葉のありがたさが<よ>、承るとただ貴くて<そのお言葉が貴くてならないので>。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)あしはらのみづほのくに【葦原の瑞穂の国】名詞:日本国の美称。 ※葦原にある、みずみずしい稲穂の実る国の意。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あまのひつぎ【天の日嗣ぎ】名詞:「あまつひつぎ」に同じ。>あまつひつぎ【天つ日嗣ぎ】名詞:「天つ神」、特に天照大神(あまてらすおおみかみ)の系統を受け継ぐこと。皇位の継承。皇位。(学研)

(注)しきます【敷きます】分類連語:お治めになる。統治なさる。 ⇒なりたち:動詞「しく」の連用形+尊敬の補助動詞「ます」(学研)

(注)よも【四方】名詞:①東西南北。前後左右。四方(しほう)。②あたり一帯。いたるところ。(学研)

(注)みつき【貢・調】名詞:租・庸・調(ちよう)などの租税の総称。▽「調(つき)(=年貢(ねんぐ))」を敬っていう語。 ※「み」は接頭語。のちに「みつぎ」。(学研)

(注)確けく>確けし( 形ク ):たしかである。十分である。 (コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)下悩ますに:心中気にかけておられた時に。(伊藤脚注)

(注の注)した【下】名詞:①下。下方。下位。②内側。内部。③内心。④おかげ。もと。▽上位のものの恩顧を受ける立場。⑤劣勢。年若。力不足。低級。▽ものごとの程度が劣ること。(学研)ここでは③の意

(注)とりがなく【鶏が鳴く】:[枕]地名「東 (あづま) 」にかかる。東国の言葉が鳥のさえずりのようにわかりにくいからとも、鶏が鳴くと東から夜が明けるからともいう。(goo辞書)

(注)小田にある山:宮城県遠田群湧谷町黄金迫(はざま)の山。(伊藤脚注)

(注)申したまへれ:奏上してきたものだから。(伊藤脚注)

(注)天地の神相うづなひ:我が業を天地の神も嘉(よみ)したまい。(伊藤脚注)

(注の注)うづなふ【珍なふ】他動詞:貴重なものとする。よしとする。(神が)承諾する。(学研)

(注)奉(まつ)ろへ:心から従わせ仕えさせると共に。「奉ろへ」は下二段「奉ろふ」の名詞形、「向け」は下二段「向く」の名詞形。共に服従させること。(伊藤脚注)

(注)向け:服従させること

(注)し【其】代名詞:〔常に格助詞「が」を伴って「しが」の形で用いて〕①それ。▽中称の指示代名詞。②おまえ。なんじ。▽対称の人称代名詞。③おのれ。自分。▽反照代名詞(=実体そのものをさす代名詞)。(学研) ここでは③の意

(注)仕へし官:仕えて来た役目柄(伊藤脚注)

(注)ことだて【言立て】名詞:他に対して、はっきりと口に出して言うこと。言明。(学研)

(注)をつつ【現】名詞:今。現在。「をつづ」とも。(学研)

(注)言の官ぞ:名のある家柄なのだ。(伊藤脚注)

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 この歌の背景については、「別冊國文学 万葉集必携」(稲岡耕二 編 學燈社)に次のように書かれている。

 「平城遷都とともに大仏建立が大和国国分寺光明寺東大寺)の寺域で再開された。大仏毘廬舎那仏は、華厳宗に説く極楽浄土にまします本尊である。聖武天皇はこの華厳の教義にひかれたらしい。天平二十一年(749年)二月、陸奥国(みちのくのくに)から黄金が献上された。聖武天皇は、四月一日、造営中の大仏の前でよろこびと感謝の宣命を読み上げさせた。また、十四日にも東大寺行幸して大仏を拝し、年号を天平感宝(かんぽう)と改めた。

 大伴家持天平十八年から越中国守であった。はるかな「越(こし)」の国で、家持は、この宣命を読んだ。宣命は、特に大伴・佐伯両氏の武門をたたえ、祖先以来「海行かば水浸(みづ)く屍(かばね) 、山行かば 草(くさ)生(む)す屍(かばね)、 大君(おほきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ、のどには死なじ」と言挙(ことあ)げしてきた者どもだと、述べ、その変わらぬ奉仕を求めていた。家持は、感動して、この宣命をことほぐ歌を作った。万葉集中三番目に長い長歌である。・・・この賀歌が完成したのは、左注に五月十二日とある。・・・皇統賛美の心は、そのまま大伴の氏への誇りにつながる。・・・今新たに大伴の遠い祖先以来の言立てを思い起し、名誉ある家の子孫であることを自覚し、忠誠を尽くすことを誓うのであった。」

 

 大伴の遠い祖先以来の言立てを踏まえ、聖武天皇宣命のなかで「「海行かば水浸(みづ)く屍(かばね) 、山行かば 草(くさ)生(む)す屍(かばね)、 大君(おほきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ、のどには死なじ」と引用し、それを読んで家持が「海行かば 水浸(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草(くさ)生(む)す屍(かばね) 大君(おほきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへり見は せじ」と賀歌の中に詠みこんだのである。

 

 

 「世界の民謡・童謡HP」に「海行かば海ゆかば)」について「歌詞は奈良時代歌人大伴家持の詞に基づく 『海行かば』または『海ゆかば』は、NHKの嘱託を受けて信時 潔(のぶとき きよし/1887-1965)が1937年(昭和12年)に作曲した国民歌謡・歌曲(戦時歌謡)。歌詞は、奈良時代歌人・大伴 家持(おおとも の やかもち)による『万葉集』巻十八『賀陸奥国出金詔書歌』から抜粋されている。(中略)1880年明治13年)発表の『海行かば』も同じ詞に作曲されている(作曲:東儀季芳)。こちらの元祖バージョンは、『軍艦行進曲(軍艦マーチ)』の一部として現代でも演奏される機会がある。」と書かれている。

 

 難波八阪神社のように「戦艦陸奥主砲抑気具記念碑」の側面に歌が刻されていると、どうしても軍歌の歌詞のイメージが強く、暗い影を落としてしまうが、家持の長歌(四〇九四歌)の一部が刻されたとしてとらえていきたい。

 

 長歌(四〇九四歌)ならびに反歌三首については、京都市右京区龍安寺住吉町 住吉大伴神社きぬかけの道側プチパークの歌碑とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その552)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■■難波八阪神社■■

 地下鉄なんば駅大国町のほぼ中間にあり、難波駅から約10分の歩きである。

 神社に到着して度肝を抜かれたのは獅子殿である。

獅子殿


 同神社HPに「獅子殿」について「高きは十二メートル奥行き七メートル幅七メートル 昭和四十九年(一九七四年)五月本殿竣工と共に完成されました。鉄骨・鉄筋コンクリート殿内一部木造 外観は銅粉吹き付け合成樹脂仕上げ 内部神殿には 御祭神 素盞嗚尊の荒魂を祀る、唐櫃上加賀獅子一対奉安、獅子の二十四の歯、目の周りは、真鍮製 折腰格天井にはめ込まれている鳳凰の彫刻は、全て手彫りでその意匠が異なっております。又目はライト、鼻はスピーカーの役割を果たしております。・・・近年は、大きな口で勝利を呼び、邪気を飲み勝運(商運)を招くと、学業向上、就職、入試あるいは、会社発展を祈願するために、全国各地からのご参拝がたえません。」と書かれている。

難波八阪神社名碑

本殿

境内

 

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集の詩性 令和の心を読む」 中西 進 編著 (角川新書)

★「別冊國文学 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「goo辞書」

★「「世界の民謡・童謡HP」

★「難波八阪神社HP」