万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2157)―兵庫県(3)淡路市―

淡路市

兵庫県淡路市岩屋 大和島万葉歌碑(巻三 二五五)■

兵庫県淡路市岩屋 大和島万葉歌碑(柿本人麻呂) 20200818撮影

●歌をみていこう。

 

◆天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見  一本云家門當見由

       (柿本人麻呂 巻三 二五五)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ恋ひ来れば明石(あかし)の門(と)より大和島(やまとしま)見ゆ  一本には「家のあたり見ゆ」といふ。

 

(訳)天離る鄙の長い道のりを、ひたすら都恋しさに上って来ると、明石の海峡から大和の山々が見える。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)あまざかる【天離る】分類枕詞:天遠く離れている地の意から、「鄙(ひな)」にかかる。「あまさかる」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)明石の門(読み)あかしのと:明石海峡のこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)大和島:大和島は、淡路島の北東、絵島の南に位置する陸続きの小島である。砂岩、礫(れき)岩から成る。各所に小型の海食風景が見られ、山上には風圧の影響で特異な風衝形をつくるイブキ群落(県指定文化財)がある。

 昔は、大和島とのわずかな間に岩屋街道が通っていたが、現在の国道は島の西側を大きく開削して造られている。また、大和島と道路の間には宿泊施設が挟まれるように建っている。(ひょうご歴史ステーションHP「ひょうご歴史の道」)

 

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感想(1件)

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1944)」で紹介している。

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兵庫県淡路市野島 大川公園「野島海人の像」万葉歌碑(巻六 九三四、九三五)■

兵庫県淡路市野島 大川公園「野島海人の像」万葉歌碑(山部赤人、笠金村)

「野島海人の像」のプレートには九三四歌と九三五歌の一部が書かれており、「万葉集 巻六 山部赤人」とあるが、九三四歌は、山部赤人、九三五歌は、笠金村である。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「山部宿祢赤人作歌一首 幷短歌」<山部宿禰赤人が作る歌一首 幷せて短歌>の「反歌一首」である。

 

◆朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信

       (山部赤人 巻六 九三四)

 

≪書き下し≫朝なぎに楫(かぢ)の音(おと)聞こゆ御食(みけ)つ国野島(のしま)の海人(あま)の舟(ふめ)にしあるらし

 

(訳)朝凪に櫓(ろ)の音が聞こえてくる。あれは大御食の国淡路(あわじ)の、野島の海人たちの舟であるらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)みけつくに【御食つ国】名詞:天皇の食料を献上する国。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)野島:淡路島西岸、北端近くの地名。(伊藤脚注)

 

 続いてプレートの九三五歌の一部をみてみよう。(太字で示した)

 

◆名寸隅乃 船瀬従所見 淡路嶋 松帆乃浦尓 朝名藝尓 玉藻苅管 暮菜寸二 藻塩焼乍 海末通女 有跡者雖聞 見尓将去 餘四能無者 大夫之 情者梨荷 手弱女乃 念多和美手 俳徊 吾者衣戀流 船梶雄名三

       (笠金村 巻六 九三五)

 

≪書き下し≫名寸隅(なきすみ)の 舟瀬(ふなせ)ゆ見ゆる 淡路島(あはぢしま) 松帆(まつほ)の浦に 朝なぎに 玉藻(たまも)刈りつつ 夕なぎに 藻塩(もしお)焼きつつ 海人娘子(あまをとめ) ありとは聞けど 見に行(ゆ)かむよしのなければ ますらをの 心はなしに たわや女(め)の 思ひたわみて た徊(もとほ)り 我(あ)れはぞ恋ふる 舟楫(ふなかぢ)をなみ

 

(訳)名寸隅(なきすみ)の舟着き場から見える淡路島の松帆(まつほ)の浦で、朝凪(あさなぎ)の時には玉藻を刈ったり、夕凪(ゆうなぎ)の時には藻塩を焼いたりしている。美しい海人の娘子たちがいるとは聞いているが、その娘子たちを見に行く手だてもないので、ますらおの雄々しい心はなく、たわや女(め)のように思いしおれて、おろおろしながら私はただ恋い焦がれてばかりいる。舟も櫓もないので。(同上)

(注)名寸隅:明石市西端の魚住町付近という。(伊藤脚注)

(注)松帆(まつほ)の浦:淡路島北端付近(伊藤脚注)

(注)もしほ【藻塩】名詞:海藻から採る塩。海水をかけて塩分を多く含ませた海藻を焼き、その灰を水に溶かしてできた上澄みを釜(かま)で煮つめて採る。(学研)

(注)よし【由】名詞:手段。方法。手だて。(学研)

(注)たわやめ【手弱女】名詞:しなやかで優しい女性。「たをやめ」とも。 ※「たわや」は、たわみしなうさまの意の「撓(たわ)」に接尾語「や」が付いたもの。「手弱」は当て字。[反対語] 益荒男(ますらを)。(学研)

(注)おもひたわむ【思ひ撓む】自動詞:気持ちがくじける。(学研)

(注)たもとほる【徘徊る】自動詞:行ったり来たりする。歩き回る。 ※「た」は接頭語。上代語。(学研)

 

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1945)」で紹介している。

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兵庫県淡路市野島 「海若の宿」万葉歌碑(巻六 九三四)■

兵庫県淡路市野島 「海若の宿」万葉歌碑(山部赤人

●歌は、前述の大川公園「野島海人の像」万葉歌碑(山部赤人九三四歌)と同じなので省略させていただきます。

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1946)」で紹介している。ここでは「御食国」についても触れている。さらに「海若の宿HP」に名前の由来が書かれており参考になるのでこちらも書いております。

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淡路島万葉歌碑巡りの前日、寝られなかったので、淡路島の万葉歌碑についていろいろと先達のブログなどを読み直したりしている時に、ここの歌碑が最近立てられたとの記事を目にし、急きょ計画に織り込んだのである。それだけに思い出深い歌碑でもある。

 

 

 

兵庫県淡路市富島 JA淡路日の出北淡支店隣万葉歌碑(巻三 二五〇)■

兵庫県淡路市富島 JA淡路日の出北淡支店隣万葉歌碑(柿本人麻呂) 20200818撮影

(注)人麻呂の歌は『敏馬』であるがこの石柱の「富嶋」と刻された歌碑は『富嶋』となっているが、元歌としての二五〇歌を取り上げている。また「富嶋」と刻された歌碑は嘉永7年(1854年)頃かそれ以前に建立されたものという。

 

●歌をみていこう。

 

◆珠藻苅 敏馬乎過 夏草之 野嶋之埼尓 舟近著奴

     一本云 處女乎過而 夏草乃 野嶋我埼尓 伊保里為吾等者

      (柿本人麻呂 巻三 二五〇)

 

≪書き下し≫玉藻(たまも)刈る敏馬(みぬめ)を過ぎて夏草の野島(のしま)の崎に船近づきぬ

 一本には「処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島が崎に廬(いほり)す我(わ)れは」といふ

 

(訳)海女(あま)たちが玉藻を刈る敏馬(みぬめ)、故郷の妻が見えないという名の敏馬を素通りして、はや船は夏草茂るわびしい野島の崎に近づきつつある。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)たまもかる【玉藻刈る】分類枕詞:玉藻を刈り採っている所の意で、海岸の地名「敏馬(みぬめ)」「辛荷(からに)」「乎等女(をとめ)」などに、また、海や水に関係のある「沖」「井堤(ゐで)」などにかかる。(学研) 

(注)敏馬(みぬめ):神戸港の東、岩屋町付近。「見ぬ女」の意を匂わす。(伊藤脚注)

(注)野島が崎:兵庫県の淡路島にある野島の岬。和歌の名所。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1947)」で詳しく紹介している。

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兵庫県淡路市浅野南 浅野公園万葉歌碑(巻三 三八八)■

兵庫県淡路市浅野南 浅野公園万葉歌碑(作者未詳) 20200818撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「羈旅歌一首 幷短歌」<羈旅(たび)の歌一首 幷せて短歌>である。

 

左注は、「右歌若宮年魚麻呂誦之 但未審作者」<右の歌は、若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)誦(よ)む。ただし、いまだ作者を審(つばひ)にせず>である。

(注)誦む:口誦した、の意。(伊藤脚注)

 

◆海若者 霊寸物香 淡路嶋 中尓立置而 白浪乎 伊与尓廻之 座待月 開乃門従者 暮去者 塩乎令満 明去者 塩乎令于 塩左為能 浪乎恐美 淡路嶋 礒隠居而 何時鴨 此夜乃将明跡 待従尓 寐乃不勝宿者 瀧上乃 淺野之▼ 開去歳 立動良之 率兒等 安倍而榜出牟 尓波母之頭氣師

   ▼は「矢+鳥=「きざし」

       (作者未詳 巻三 三八八)

 

≪書き下し≫海若(わたつみ)は くしきものか 淡路島(あはぢしま) 中に立て置きて 白波を 伊予に廻(めぐ)らし 居待月(ゐまちつき) 明石の門(と)ゆは 夕(ゆふ)されば 潮(しほ)を満(み)たしめ 明(あ)けされば 潮(しほ)を干(ひ)しむ 潮騒(しほさゐ)の 波を畏(かしこ)み 淡路島 礒(いそ)隠(かく)り居て いつしかも この夜(よ)の明けむと さもらふに 寐(い)の寝(ね)かてねば 滝(たき)の上(うへ)の 浅野(あさの)の雉(きぎし) 明けぬとし 立ち騒(さわ)くらし いざ子ども あへて漕(こ)ぎ出(で)む 庭(には)も静けし

 

(訳)海の神は何と霊妙あらたかな存在(もの)であることか。淡路島(あわじしま)を大海(おおうみ)の真ん中に立てて置いて、白波をば伊予(いよ)の国までめぐらし、明石の海峡(せと)を通じて、夕方には潮を満ちさせ、明け方には潮を引かせる。その満ち引きの潮鳴りのとどろく波が恐ろしいので、淡路島の磯かげにひそんでいて、いつになったらこの夜が明けるかとじっと様子をうかがってまんじりともしないでいると、滝のそばの浅野の雉(きじ)が夜明けを告げて立ち騒いでいる。さあ、者どもよ、勇を鼓(こ)して漕ぎ出そうぞ。ちょうど海面もおだやかだ。                    

(注)くすし【奇し】形容詞:①神秘的だ。不思議だ。霊妙な力がある。②固苦しい。窮屈だ。不自然でそぐわない感じだ。 ⇒参考:「くすし」と「あやし」「けし」の違い 類義語「あやし」はふつうと違って理解しがたいもの、「けし」はいつもと違って好ましくないものにいうことが多いのに対して、「くすし」は神秘的なものにいう。(学研)

(注)ゐまちづき【居待ち月】名詞:陰暦十八日の夜の月。陰暦十七日の「立ち待ちの月」よりやや遅く十九日の「臥(ふ)し待ちの月」よりやや早く月の出があり、座って月の出を待つというところからこの名がある。季語としては、特に、八月十八日の夜の月をいう。居待ちの月。居待ち。[季語] 秋。(学研)

(注の注)ゐまちづき【居待ち月】分類枕詞:地名「明石(あかし)」にかかる。月を待って夜を明かすことからとも、十八日の夜の月が明るい意からともいう。(学研)ここでは枕詞として使われている。

(注)いつしかも【何時しかも】分類連語:〔下に願望の表現を伴って〕早く(…したい)。今すぐにも(…したい)。 ⇒なりたち:副詞「いつしか」+係助詞「も」(学研)

(注)さもらふ【候ふ・侍ふ】自動詞:①ようすを見ながら機会をうかがう。見守る。②貴人のそばに仕える。伺候する。 ※「さ」は接頭語。(学研)ここでは①の意。

(注)さもらふに 寐(い)の寝(ね)かてねば:様子を窺って寝るに寝られずにいると。(学研)

(注の注)いのねらえぬに【寝の寝らえぬに】分類連語:眠れないときに。寝ることができないでいると。 ⇒なりたち:名詞「い(寝)」+格助詞「の」+動詞「ぬ(寝)」の未然形+上代の可能の助動詞「らゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+接続助詞「に」(学研)

(注)庭:漁村の前に開けた海面。(伊藤脚注)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1948)」で紹介している。

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JA淡路日の出北淡支店隣万葉歌碑ならびに浅野公園万葉歌碑については、「飛鳥を愛する会 秋季現地講座 1:『飛鳥を愛する会 淡路・讃岐、吉備の史跡と万葉秀歌の舞台をめぐる旅』2016年10月2日~4日のブログ(日記)」のブログがなければ文字の解読がほとんど不可能であるが故お手上げ状態であった。改めて御礼申し上げます。

 

 

兵庫県南あわじ市岩屋 慶野松原万葉歌碑(巻三 二五六)■

兵庫県南あわじ市岩屋 慶野松原万葉歌碑(柿本人麻呂) 20200818撮影

●歌をみていこう。

 

◆飼飯海乃 庭好有之 苅薦乃 乱出所見 海人釣船

    一本云 武庫乃海能 尓波好有之 伊射里為流 海部乃釣船 浪上従所見

      (柿本人麻呂 巻三 二五六)

 

≪書き下し≫笥飯(けひ)の海(うみ)の庭(には)よくあらし刈薦(かりこも)の乱れて出(い)づ見ゆ海人(あま)の釣船(つりぶね)

     一本には「武庫(むこ)の海船庭(ふなには)ならし漁(いざ)りする海人の釣船波の上(うへ)ゆ見ゆ」といふ

 

(訳)笥飯(けい)の海の漁場は風もなく潮の具合もよいらしい。刈薦のように入り乱れて漕ぎ出ているのが見える。たくさんの漁師の釣船が。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(一本の訳)武庫の海、この海は漁場であるらしい。漁をする海人の釣船が波の上に群れているのが見える。

(注)笥飯(けひ)の海:淡路島西岸一帯の海(伊藤脚注)

(注)海の庭:仕事場。ここは漁をする海。(伊藤脚注)

(注の注)には【庭】名詞:①家屋の前後などにある平地。のち、邸内の、草木を植え、池・島などを設けた場所。②神事・農事・狩猟・戦争・教育など、物事が行われる場所。③海面。④家の中の土間。(学研)ここでは③の意

(注)あらし 分類連語:あるらしい。あるにちがいない。 ⇒なりたち:ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「らし」からなる「あるらし」が変化した形。ラ変動詞「あり」が形容詞化した形とする説もある。(学研)

(注)かりこもの【刈り菰の・刈り薦の】分類枕詞:刈り取った真菰(まこも)が乱れやすいことから「乱る」にかかる。(学研)

(注)船庭:海の漁場。(伊藤脚注)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1949)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 



 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「ひょうご歴史の道」 (ひょうご歴史ステーションHP)

★「飛鳥を愛する会 秋季現地講座 1:『飛鳥を愛する会 淡路・讃岐、吉備の史跡と万葉秀歌の舞台をめぐる旅』2016年10月2日~4日のブログ(日記)」

★「海若の宿HP」