万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2166)―香川県(2)丸亀市・三豊市他―

綾歌郡宇田津町>

香川県綾歌郡宇多津町 網の浦万葉公園万葉歌碑(巻一 五、六)■

香川県綾歌郡宇多津町 網の浦万葉公園万葉歌碑(軍王)

●歌をみていこう。                         

 

 題詞は、「幸讃岐國安益郡之時軍王見山作歌」<讃岐(さぬき)の国の安益(あや)の郡(こほり)に幸(いでます)時に、軍王(こにきしのおほきみ)が山を見て作る歌>である。

(注)軍王 いくさのおおきみ:飛鳥(あすか)時代の歌人。舒明(じょめい)天皇にしたがい、讃岐(さぬき)でよんだ歌を「万葉集」にのこす。斉明天皇七年(661年)百済(くだら)(朝鮮)に帰国した百済の王子余豊璋(よ-ほうしょう)とする説、文武天皇のころの人物とする説などがある。「こにきしのおおきみ」ともよむ。(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

(注)安益(あや)の郡:香川県綾歌群東部。(伊藤脚注)

(注)山を見て作る歌:山を見て望郷の念を述べる歌。(伊藤脚注)

 

◆霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 村肝乃 心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠手次 懸乃宜久 遠神 吾大王乃 行幸能 山越風乃 獨座 吾衣手尓 朝夕尓 還比奴礼婆 大夫登 念有我母 草枕 客尓之有者 思遣 鶴寸乎白土 網能浦之 海處女等之 焼塩乃 念曽所焼 吾下情

     (軍王 巻一 五)

 

≪書き下し≫霞立つ 長き春日(はるひ)の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥(どり) うら泣け居(を)れば 玉たすき 懸(か)けのよろしく 遠(とほ)つ神(かみ) 我(わ)が大君の 行幸(いでまし)の 山越(やまこ)す風の ひとり居(を)る 我(わ)が衣手(ころもで)に 朝夕(あさよひ)に 返らひぬれば ますらをと 思へる我(わ)れも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣(や)る たづきを知らに 網(あみ)の浦の 海人娘子(あまをとめ)らが 焼(や)く塩の 思ひぞ焼くる 我(あ)が下心(したごころ)

 

(訳)霞(かすみ)立ちこめる、長い春の日がいつ暮れたのかわけもわからぬほど、この胸のうちが痛むので、ぬえこ鳥のように忍び泣きをしていると、玉襷(たまたすき)を懸(か)けるというではないが、心に懸けて想うのに具合よろしく、遠い昔の天つ神そのままにわれらが大君のお出(で)ましの地の山向こうの故郷の方から神の運んでくる風が、家を離れてたったひとりでいる私の衣の袖(そで)に、朝な夕な、帰れ帰れと吹き返るものだから、立派な男子だと思っている私としてからが、草を枕の遠い旅空にあることとて、思いを晴らすすべも知らず、網(あみ)の浦(うら)の海人娘子(あまおとめ)たちが焼く塩のように、故郷への思いにただ焼(や)け焦(こ)がれている。ああ、切ないこの我が胸のうちよ。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)かすみたつ【霞立つ】分類枕詞:「かす」という同音の繰り返しから、地名の「春日(かすが)」にかかる。「かすみたつ春日の里」(学研)

(注)わづき:区別。孤語で、他に例がない。(伊藤脚注)

(注)むらきもの【群肝の】分類枕詞:「心」にかかる。心は内臓に宿るとされたことからか。「むらぎもの」とも。(学研)

(注)ぬえこどり【鵼小鳥】分類枕詞:悲しげな鳴き声から「うらなく(=忍び泣く)」にかかる。(学研)

(注の注)ぬえ【鵼・鵺】名詞:鳥の名。とらつぐみ。夜、ヒョーヒョーと鳴く。鳴き声は、哀調があるとも、気味が悪いともされる。「ぬえことり」「ぬえどり」とも。(学研)

(注)たまだすき【玉襷】名詞:たすきの美称。たすきは、神事にも用いた。 ※「たま」は接頭語。(学研)

(注の注)たまだすき【玉襷】分類枕詞:たすきは掛けるものであることから「掛く」に、また、「頸(うな)ぐ(=首に掛ける)」ものであることから、「うなぐ」に似た音を含む地名「畝火(うねび)」にかかる。(学研)

(注)かけ【掛け・懸け】名詞:心や口の端にかけること。口に出して言うこと。(学研)

(注)たづき【方便】名詞:①手段。手がかり。方法。②ようす。状態。見当。 ⇒参考 古くは「たどき」ともいった。中世には「たつき」と清音にもなった。(学研)ここでは①の意

 

 

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感想(1件)

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1712)」で紹介している。

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丸亀市

香川県丸亀市中津町 中津万象園万葉歌碑(巻二 二二〇~二二二)■

香川県丸亀市中津町 中津万象園万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌をみていこう。

 

この歌は、題詞、「讃岐狭岑嶋視石中死人柿本朝臣人麿作歌一首并短歌」<讃岐(さぬき)の狭岑(さみねの)島にして、石中(せきちゅう)の死人(しにん)を見て、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首并(あは)せて短歌>の長歌(二二〇歌)と反歌二首(二二一、二二二歌)の歌群である。

(注)狭岑(さみねの)島:香川県塩飽諸島中の沙弥島。今は陸続きになっている。

(注)石中の死人:海岸の岩の間に横たわる死人。

 

◆玉藻吉 讃岐國者 國柄加 雖見不飽 神柄加 幾許貴寸 天地 日月與共 満将行 神乃御面跡 次来 中乃水門従 船浮而 吾榜来者 時風 雲居尓吹尓 奥見者 跡位浪立 邊見者 白浪散動 鯨魚取 海乎恐 行船乃 梶引折而 彼此之 嶋者雖多 名細之 狭岑之嶋乃 荒磯面尓 廬作而見者 浪音乃 茂濱邊乎 敷妙乃 枕尓為而 荒床 自伏君之 家知者 往而毛将告 妻知者 来毛問益乎 玉桙之 道太尓不知 鬱悒久 待加戀良武 愛伎妻等者

       (柿本人麻呂 巻二 二二〇)

 

≪書き下し≫玉藻(たまも)よし 讃岐(さぬき)の国は 国からか 見れども飽かぬ 神(かむ)からか ここだ貴(たふと)き 天地(あめつち) 日月(ひつき)とともに 足(た)り行(ゆ)かむ 神の御面(みおも)と 継ぎ来(きた)る 那珂(なか)の港ゆ 船浮(う)けて 我(わ)が漕(こ)ぎ来(く)れば 時つ風 雲居(くもゐ)に吹くに 沖見れば とゐ波立ち 辺(へ)見れば 白波騒く 鯨魚(いさな)取り 海を畏(かしこ)み 行く船の 梶引き折(を)りて をちこちの 島は多(おほ)けど 名ぐはし 狭岑(さみね)の島の 荒磯(ありそ)面(も)に 廬(いほ)りて見れば 波の音(おと)の 繁(しげ)き浜辺を 敷栲(しきたへ)の 枕になして 荒床(あらとこ)に ころ臥(ふ)す君が 家(いへ)知らば 行きても告(つ)げむ 妻知らば 来(き)も問はましを 玉桙(たまほこ)の 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ はしき妻らは

 

(訳)玉藻のうち靡(なび)く讃岐の国は、国柄が立派なせいかいくら見ても見飽きることがない。国つ神が畏(かしこ)いせいかまことに尊い。天地・日月とともに充ち足りてゆくであろうその神の御顔(みかお)であるとして、遠い時代から承(う)け継いで来たこの那珂(なか)の港から船を浮かべて我らが漕ぎ渡って来ると、突風が雲居はるかに吹きはじめたので、沖の方を見るとうねり波が立ち、岸の方を見ると白波がざわまいている。この海の恐ろしさに行く船の楫(かじ)が折れるなかりに漕いで、島はあちこちとたくさんあるけれども、中でもとくに名の霊妙な狭岑(さみね)の島に漕ぎつけて、その荒磯の上に仮小屋を作って見やると、波の音のとどろく浜辺なのにそんなところを枕にして、人気のない岩床にただ一人臥(ふ)している人がいる。この人の家がわかれば行って報(しら)せもしよう。妻が知ったら来て言問(ことど)いもしように。しかし、ここに来る道もわからず心晴れやらぬままぼんやりと待ち焦がれていることだろう、いとしい妻は。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)たまもよし【玉藻よし】分類枕詞:美しい海藻の産地であることから地名「讚岐(さぬき)」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)那珂(なか)の港:丸亀市金倉川の河口付近。(伊藤脚注)

(注の注)金倉川:中津万象園・丸亀美術館の東側を流れる川である。

(注)ときつかぜ【時つ風】名詞:①潮が満ちて来るときなど、定まったときに吹く風。②その季節や時季にふさわしい風。順風。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞(学研)

(注)とゐなみ【とゐ波】名詞:うねり立つ波。(学研)

(注)狭岑(さみね)の島:今の沙弥島(しゃみじま)(香川県HP)

(注)ころふす【自伏す】:ひとりで横たわる。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)たまほこの【玉桙の・玉鉾の】分類枕詞:「道」「里」にかかる。かかる理由未詳。「たまぼこの」とも。(学研)

(注)おほほし 形容詞:①ぼんやりしている。おぼろげだ。②心が晴れない。うっとうしい。③聡明(そうめい)でない。※「おぼほし」「おぼぼし」とも。上代語。(学研)

 

 

◆妻毛有者 採而多宜麻之 作美乃山 野上乃宇波疑 過去計良受也

        (柿本人麻呂 巻二 二二一)

 

≪書き下し≫妻もあらば摘みて食(た)げまし沙弥(さみ)の山野(の)の上(うへ)のうはぎ過ぎにけらずや

 

(訳)せめて妻でもここにいたら、一緒に摘んで食べることもできたろうに、狭岑のやまの野辺一帯の嫁菜(よめな)はもう盛りが過ぎてしまっているではないか。(同上)

 

「うはぎ」は、古名はオハギ(『出雲風土記(いずもふどき)』)あるいはウハギで、『万葉集』にはウハギの名で二首が収録されている。春の摘み草の対象とされ、「春日野(かすがの)に煙(けぶり)立つ見ゆ娘子(おとめ)らし春野のうはぎ摘(つ)みて煮らしも」(巻十 一八七九)と詠まれているように、よく食べられていたとみられる。(コトバンク 日本大百科全書<文化史>)

 

 

◆奥波 来依荒磯乎 色妙乃 枕等巻而 奈世流君香聞

       (柿本人麻呂 巻二 二二二)

 

≪書き下し≫沖つ波来(き)寄(よ)る荒磯(ありそ)を敷栲(しきたへ)の枕とまきて寝る(な)せる君かも

 

(訳)沖つ波のしきりに寄せ来る荒磯なのに、そんな磯を枕にしてただ一人で寝ておられるこの夫(せ)の君はまあ。」(同上)

(注)なす【寝す】動詞:おやすみになる。▽「寝(ぬ)」の尊敬語。※動詞「寝(ぬ)」に尊敬の助動詞「す」が付いたものの変化した語。上代語。(学研)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1711)」で紹介している。

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三豊市詫間町

香川県三豊市詫間町 西野近隣公園万葉歌碑(巻三 三九五)■

香川県三豊市詫間町 西野近隣公園万葉歌碑(笠女郎)

●歌をみていこう。

 

題詞は、「笠女郎贈大伴宿祢家持歌三首」<笠女郎(かさのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌三首>である。

 

◆託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来

        (笠女郎 巻三 三九五)

 

≪書き下し≫託馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(し)めいまだ着ずして色に出(い)でにけり

 

(訳)託馬野(つくまの)に生い茂る紫草、その草で着物を染めて、その着物をまだ着てもいないのにはや紫の色が人目に立ってしまった。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)託馬野:滋賀県米原市朝妻筑摩か。

(注)「着る」は契りを結ぶことの譬え

(注)むらさき【紫】名詞:①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。古くから「武蔵野(むさしの)」の名草として有名。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(学研)

 

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1710)」で紹介している。副碑には、「『託馬」を『つくま』と読む例はない』とあり、この他「『託馬野』の所在地」に関する論などにふれている。

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三豊市高瀬町>

香川県三豊市高瀬町 高瀬中学校万葉歌碑(巻五 八〇三)■

香川県三豊市高瀬町 高瀬中学校万葉歌碑(山上憶良

●歌をみていこう。

 

◆銀母 金母玉母 奈尓世武尓 麻佐礼留多可良 古尓斯迦米夜母

       (山上憶良 巻五 八〇三)

 

≪書き下し≫銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも

 

(訳)銀も金も玉も、どうして、何よりすぐれた宝である子に及ぼうか。及びはしないのだ。(同上)

(注)なにせむに【何為むに】分類連語:どうして…か、いや、…ない。▽反語の意を表す。 ※なりたち代名詞「なに」+サ変動詞「す」の未然形+推量の助動詞「む」の連体形+格助詞「に」(学研)

 (注)しかめやも【如かめやも】分類連語:及ぼうか、いや、及びはしない。※なりたち動詞「しく」の未然形+推量の助動詞「む」の已然形+係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1709)」で紹介している。

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三豊市山本町

香川県三豊市山本町辻 菅生神社(人倫)万葉歌碑(巻十一 二五一七)■

香川県三豊市山本町辻 菅生神社(人倫)万葉歌碑(作者未詳)

●歌をみてみよう。

 

◆足千根乃 母尓障良婆 無用 伊麻思毛吾毛 事應成

      (作者未詳 巻十一 二五一七)

 

≪書き下し≫たらちねの母に障(さは)らばいたづらに汝(いまし)も我(わ)れも事のなるべき

 

(訳)母さんに邪魔をされたら、ただ空しくて、あなたも私もせっかくの仲が台無しになってしまうでしょう。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)さはる【障る】自動詞:①妨げられる。邪魔される。②都合が悪くなる。用事ができる。(学研)

(注)いたづらなり【徒らなり】形容動詞:①つまらない。むなしい。②無駄だ。無意味だ。③手持ちぶさただ。ひまだ。④何もない。空だ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)いたづらに(台無しに)「なるべき」(なってしまうでしょう)に続く。

(注)いまし【汝】代名詞:あなた。▽対称の人称代名詞。親しんでいう語。(学研)

 

 歌は、神幸殿の石柱の「人倫」という文字の下に刻されている。

(注)じんりん【人倫】①人と人との間柄・秩序関係。君臣・父子・夫婦などの間の秩序。②人として守るべき道。人道。「—にもとる行為」③ひと。人類。人間一般。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1708)」で紹介している。

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香川県三豊市山本町辻 菅生神社(惟神)万葉歌碑(巻十七 四〇三一)■

香川県三豊市山本町辻 菅生神社(惟神)万葉歌碑(大伴家持

●歌をみてみよう。

 

 題詞は、「造酒歌一首」<造酒(ざうしゆ)の歌一首>である。

 (注)造酒りは秋が普通。これは春の歌。めでたい歌を巻末歌としたものか。(伊藤脚注)

 

◆奈加等美乃 敷刀能里等其等 伊比波良倍 安賀布伊能知毛 多我多米尓奈礼

       (大伴家持 巻十七 四〇三一)

 

≪書き下し≫中臣(なかとみ)の太祝詞言(ふとのりとごと)言ひ祓(はら)へ贖(あか)ふ命(いのち)も誰(た)がために汝(な)れ

 

(訳)中臣の太祝詞言(ふとのりとごと)、その祝詞言を恭(うやうや)しく称(とな)えて穢(けが)れを祓い、御酒(ごしゅ)を捧(ささ)げて長かれと祈る私の命、この命は誰のためのものなのか、ほかでもない、みんなあなたのため。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)中臣(なかとみ)の太祝詞言(ふとのりとごと):中臣氏が管理する祝詞。「太」は讃め言葉。(伊藤脚注)

(注)言ひ祓(はら)へ贖(あか)ふ命(いのち):称(とな)えて穢れを祓い酒を捧げて長かれと祈る命。(伊藤脚注)

(注)あがふ【贖ふ】他動詞:①金品を代償にして罪をつぐなう。贖罪(しよくざい)する。②買い求める。 ※上代・中古には「あかふ」。後に「あがなふ」とも。(学研)

(注)誰(た)がために汝(な)れ:誰のためかというと、そなたのためなのだぞ。(伊藤脚注)

 

左注は、「右大伴宿祢家持作之」<右は、大伴宿禰家持作る>である。

 

菅生神社の石柱の「惟神」の文字の下にこの歌が刻されている。「中臣の太祝詞・・・」とあるから、神への祈りに関した歌であると考えていたが、「恋人への思い」の歌であるには、驚かされてのである。

(注)かんながら【随神/惟神】[副]《古くは「かむながら」と表記。「な」は格助詞「の」に同じ、「から」は素性・性質の意》:① 神であるままに。神として。② 神代のままに。神のおぼしめしのままに。

 

 

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香川県三豊市山本町辻 毘沙門堂万葉歌碑(巻六 九九六)■

香川県三豊市山本町辻 毘沙門堂万葉歌碑(海犬養岡麻呂)

●歌をみていこう。

 

題詞は、「六年甲戌海犬養宿祢岡麻呂應詔歌一首」<六年甲戌(きのえいぬ)に、海犬養宿禰岡麻呂、(あまのいぬかひのすくねをかまろ)、詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一首>である。

(注)六年:天平六年(734年)

(注)海犬養宿禰岡麻呂:伝未詳

(注)おうせふ【応詔】〘名〙:① (「詔」は天子の命令の意) 勅命に応じること。勅命にこたえて天子のもとに来ること。〔後漢書‐杜林伝〕② 特に、勅命によって詩歌を詠進すること。中国で、唐以降は応制(おうせい)ということが多い。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

◆御民吾 生有驗在 天地之 榮時尓 相樂念者

       (海犬養宿禰岡麻呂 巻六 九九四)

 

≪書き下し≫御民(みたみ)我(わ)れ生(い)ける験(しるし)あり天地(あめつち)の栄ゆる時にあへらく思へば                  

 

(訳)大君の御民であるわれらは、生きているかいがあります。天地の栄える大御代に生まれ合わせたこの幸いを思うと。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)しるし【徴・験】名詞:①前兆。兆し。②霊験。ご利益。③効果。かい。(学研)ここでは③の意

(注)あへらく【会へらく】:会っていること。出会っていること。 ※派生語。 ⇒なり

たち:四段動詞「あ(会)ふ」の已然形+完了の助動詞「り」の未然形+接尾語「く」(学研)

 

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫) 

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 日本大百科全書<文化史>」

★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」