万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2186)―富山県(2)氷見市<2>―

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氷見市十二町 十二町潟水郷公園「萬葉布勢水海之跡」の碑と副碑に万葉歌(大伴家持)■

氷見市十二町 十二町潟水郷公園「萬葉布勢水海之跡」の碑と副碑に万葉歌(大伴家持) 20201104撮影

十二町潟水郷公園万葉歌碑(プレート) 20201104撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「遊覧布勢水海賦一首并短歌  此海者有射水郡舊江村也」<布勢(ふせ)の水海(みづうみ)に遊覧する賦(ふ)一首幷せて短謌 この海は射水の郡(いみづのこほり)の古江村(ふるえむら)に有り>である。

(注)布勢の水海:二上山の西北麓。富山県氷見市南部にあった湖。今は陸地。(伊藤脚注)

(注)賦:中国の韻文の一体。感じる所をそのままに詠じた韻文。ここでは長歌の意に当てたもの。(伊藤脚注)

(注)古江:氷見市南部にあった村。(伊藤脚注)

 

 家持は、二上(ふたがみ)山(巻十七 三九八五から三九八七歌)、立山(たちやま)(同 四〇〇〇から四〇〇二歌)、布勢(ふせ)の水海(みずうみ)(同 三九九一、三九九二歌)、いわゆる「越中三賦」と呼ばれるが、越中の風土を次々と長歌に詠んで、それを「賦」と称したのである。中国の韻文になぞらえようとしたのである。

 

 

◆物能乃敷能 夜蘇等母乃乎能 於毛布度知 許己呂也良武等 宇麻奈米氐 宇知久知夫利乃 之良奈美能 安里蘇尓与須流 之夫多尓能 佐吉多母登保理 麻都太要能 奈我波麻須義氏 宇奈比河波 伎欲吉勢其等尓 宇加波多知 可由吉加久遊岐 見都礼騰母 曽許母安加尓等 布勢能宇弥尓 布祢宇氣須恵氐 於伎敝許藝 邊尓己伎見礼婆 奈藝左尓波 安遅牟良佐和伎 之麻末尓波 許奴礼波奈左吉 許己婆久毛 見乃佐夜氣吉加 多麻久之氣 布多我弥夜麻尓 波布都多能 由伎波和可礼受 安里我欲比 伊夜登之能波尓 於母布度知 可久思安蘇婆牟 異麻母見流其等

         (大伴家持 巻十七 三九九一)

 

≪書き下し≫もののふの 八十(やそ)伴(とも)の男(を)の 思ふどち 心遣(や)らむと 馬並めて うちくちぶりの 白波の 荒礒(ありそ)に寄する 渋谿(しふたに)の 崎(さき)た廻(もとほ)り 麻都太江(まつだえ)の 長浜(ながはま)過ぎて 宇奈比川(うなひがは) 清き瀬ごとに 鵜川(うかは)立ち か行きかく行き 見つれども そこも飽(あ)かにと 布施の海に 舟浮け据(す)ゑて 沖辺(おくへ)漕(こ)ぎ 辺(へ)に漕ぎ見れば 渚(なぎさ)には あぢ群(むら)騒(さわ)き 島廻(しまみ)には 木末(こぬれ)花咲き ここばくも 見(み)のさやけきか 玉櫛笥(たまくしげ) 二上山(ふたがみやま)に 延(は)ふ蔦の 行きは別れず あり通(がよ)ひ いや年のはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと

 

(訳)数多くの官人たちが、親しい者同士で気晴らしにと、馬を打ち連ねて、うちくちぶりの、白波が荒磯に寄せる渋谿の崎をぐるりと廻(めぐ)り、麻都太江の長浜を通り過ぎて、宇奈比川の清らかな瀬ごとに鵜飼(うかい)を楽しんだり、あちらへ行きこちらへ行きして見て廻ったりしたが、それでもまだ物足りないと、布勢の水海に舟を浮かべて、沖を漕ぎ岸辺を漕ぎして見わたすと、波打ち際にはあじ鴨が群れ遊び、島陰(しまかげ)には木々の枝先一杯に花が咲いていて、ここの眺めはまあこんなにも見る目にさわやかであったのか。あの二上山にからみあって、這い延びて行く蔦のように、別れ別れになったりせずに、ずっと通い続けて、来る年も来る年も、気心合った仲間同士、こうして遊ばんものぞ。今見わたして楽しんでいるように。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)もののふの【武士の】分類枕詞:「もののふ」の「氏(うぢ)」の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)おもふどち【思ふどち】名詞:気の合う者同士。仲間。(学研)

(注)こころをやる【心を遣る】分類連語:①気晴らしをする。心を慰める。②得意がる。自慢する。 ※「心遣る」とも。(学研)

(注)うちくちぶり:語義未詳。 [補注]諸説ある。(1)「をちこちふり(遠近振)」で、遠近の磯に振う意。(2)「打ち来ちぶり」で、「ちぶり」は地名。(3)「うちくち」は打ち崩す意、「ちぶり」は寄せる波の意。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)渋谿:富山県高岡市太田(雨晴)の海岸。(伊藤脚注)

(注)麻都太江:渋谿から氷見にかけての海岸。今、松田江というあたり。(伊藤脚注)

(注)宇奈比川:氷見市北方を流れる宇波川。(伊藤脚注)

(注)鵜川立ち:鵜飼をすること。(伊藤脚注)

(注)あぢ【䳑】名詞:水鳥の名。秋に飛来し、春帰る小形の鴨(かも)。あじがも。ともえがも。(学研)

(注)ここばく>ここば 【幾許】副詞:甚だしく。たいそう。こんなにも。 ※上代語。(学研)

 

 

◆布勢能宇美能 意枳都之良奈美 安利我欲比 伊夜登偲能波尓 見都追思努播牟

       (大伴家持 巻十七 三九九二)

 

≪書き下し≫布勢(ふせ)の海の沖つ白波(しらなみ)あり通(がよ)ひいや年のはに見つつ偲(しの)はむ

 

(訳)布勢の海の沖に立つ白波、立ち続けてやまぬその波のように、ずっと通い続けて、来る年も来る年もこの眺めを賞(め)でようぞ。(同上)

(注)上二句は序。「あり通ひ」を起す。(伊藤脚注)

(注)としのは【年の端】分類連語:毎年。(学研)

 

左注は、「右守大伴宿祢家持作之 四月廿四日」<右は、守(かみ)大伴宿禰家持作る 四月の二十四日>である。

 

十二町潟水郷公園(じゅうにちょうがたすいごうこうえん)は、天然記念物オニバスの発生地としても有名で、「万葉の昔、歌人大伴家持が舟を浮かべ、その美しい景色を歌に残したといわれる『布勢の水海』(ふせのみずうみ)の姿を今にとどめた、貴重な自然資源を生かした都市公園」である。(富山県観光公式サイト 富山観光ナビより)

 

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感想(1件)

この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その813)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

氷見市十二町 日宮神社万葉歌碑(巻十七 三九九二)■

氷見市十二町 日宮神社万葉歌碑(大伴家持

●この歌は、上述の「十二町潟水郷公園万葉歌碑(プレート)」の反歌と同じなので省略させていただきます。

 



氷見市十二町 稲荷社(大フジ前)万葉歌碑(巻十八 四〇四三)■

氷見市十二町 稲荷社(大フジ前)万葉歌碑(大伴家持) 20201104撮影

●歌をみてみよう。

 

◆安須能比能 敷勢能宇良未能 布治奈美尓 氣太之伎奈可受 知良之底牟可母  一頭云 保等登藝須

        (大伴家持 巻十八 四〇四三)

 (注)歌碑は一句に「保等登藝須」をもってきている。

 

≪書き下し≫明日(あす)の日の布勢の浦廻(うらみ)の藤波にけだし来鳴かず散らしてむかも <一には頭に「ほととぎす」といふ>

 

(訳)明日という日の、布勢の入江の藤の花には、おそらく時鳥は来て鳴かないまま、散るにまかせてしまうのではないでしょうか。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

四〇三六から四〇四三歌の歌群の題詞は、「于時期之明日将遊覧布勢水海仍述懐各作歌」<時に、明日(あくるひ)に布勢(ふせ)の水海(みづうみ)に遊覧せむことを期(ねが)ひ、よりて、懐(おもひ)を述べておのもおのも作る歌>である。

 

左注は、「右一首大伴宿祢家持和之    前件十首歌者廿四日宴作之」<右の一首は、大伴宿禰家持和(こた)ふ    前(さき)の件(くだり)の十首の歌は、二十四日の宴(うたげ)にして作る>である

(注)十首とあるが、四〇三六歌以下のことであり、四〇三六の題詞の前に二首あったのが、脱落したものか。(伊藤脚注)

 

 

氷見市布勢 布勢神社境内御影社万葉歌碑(巻十八 四〇四三)■

氷見市布勢 布勢神社境内御影社万葉歌碑(大伴家持) 20201104撮影

●この歌は、前述の「稲荷社(大フジ前)万葉歌碑」の歌と同じなので省略させていただきます。

 

 

 三九九二歌(日宮神社)と歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その814)」で、四〇四三歌(稲荷社(大フジ前))については、同「同(その815)」で、四〇四三歌(布勢神社御影社)については、同「同(その816)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

氷見市上泉 泉の社公園万葉歌碑(巻十八 四〇五一)■

氷見市上泉 泉の社公園万葉歌碑(大伴家持

歌の部分を拡大したもの 20201104撮影

●歌をみていこう。

 

◆多胡乃佐伎 許能久礼之氣尓 保登等藝須 伎奈伎等余米婆 波太古非米夜母

       (大伴家持 巻十八 四〇五一)

 

≪書き下し≫多祜(たこ)の﨑(さき)木(こ)の暗茂(くらしげ)にほととぎす来鳴き響(とよ)めばはだ恋ひめやも

 

(訳)多祜の﨑、この崎の木蔭の茂みの中に、時鳥がやって来て鳴きたててくれたら、こうもひどく恋しがることなどありますまいに。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫

(注)多祜の﨑:乎布の浦の東南。(伊藤脚注)

(注)このくれしげ【木の暗茂】:暗くなるほど木の茂ること。また、その茂み。(goo辞書)

(注)はだ:はなはだしくの意。(伊藤脚注)

 

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氷見市下田子 田子浦藤波神社万葉歌碑(巻十九 四一九九)■

氷見市下田子 田子浦藤波神社万葉歌碑(大伴家持) 20201104撮影


●歌をみていこう。

 

◆藤奈美乃 影成海之 底清美 之都久石乎毛 珠等曽吾見流

       (大伴家持 巻十九 四一九九)

 

≪書き下し≫藤波(ふぢなみ)の影なす海の底清(きよ)み沈(しづ)く石をも玉とぞ我が見る  

 

(訳)藤の花房が影を映している海、その水底までが清く澄んでいるので、沈んでいる石も、真珠だと私はみてしまう。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ふぢなみ【藤波・藤浪】名詞:藤の花房の風に揺れるさまを波に見立てていう語。転じて、藤および藤の花。(学研)

 



 四〇五一歌(泉の社公園)と歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その817)」で、四一九九歌(田子浦藤波神社)と歌碑については、同「同(その818)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「goo辞書」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「富山観光ナビ」 (富山県観光公式サイトHP) 

★「高岡地区広域圏 高岡・氷見・小矢部 万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)