万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2582)―書籍掲載歌を中軸に―

 「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)を読み進んできたが、「七 平城の栄華」に入っていく。万葉和歌史の「第三期」である。

 「新しい時代をまのあたりに示すものは、平城の壮麗な都城である。そこへの遷都が行われたのは和銅三年(七一〇)のことだが、計画はすでに慶雲四年(七〇七)からはじめられた。白鳳の最後のにおいを消して持統が去ったのち、文武も五年間の在位をおえて二十五歳で現(うつ)し身を消した。遷都準備がはじまる慶雲四年のことである。残されたのは藤原不比等の娘宮子(みやこ)の生んだ首(おびと)皇子であった。しかし皇子はこの時七歳だった。そこにまたしても出現せざるをえなかったのが、女帝である。首の成人を待つ中継ぎとして、文武の母、草壁の妃だった阿閇(あべ)皇女が立つ。元明(げんめい)天皇である。」(同著)

 「華麗な新都が、天皇権力を中心とする国家体制によって可能だったことは、いうまでもない。そしてこの機構の骨格をなすものは律令である。・・・これ以後の万葉びとたちを規定した律令はほとんどこの大宝令である。」(同著)

 「当時の官人貴族はすべて特権階級である。彼らは位田・位禄また季禄によって生活が保証され、・・・朝廷はこの他に五位以上の官人・親王に資人(しじん)・帳内(ちょうない)と呼ばれる従者を支給し、三位以上の官人・親王らには家司(けいし)が派遣された。・・・大伴旅人が死んだとき嘆き悲しんだ歌を作った資人余明軍(よのみょうぐん)のあったことは、万葉集によって知られるとおりである。(巻三、四五四~四五八)」(同著)

(注)しじん【資人】〘 名詞 〙 奈良・平安時代の下級官人。親王や上級貴族に対し国家から与えられ、その警護や雑役につかわれたもの。親王に支給された帳内(ちょうない)、五位以上の有位者に支給された位分資人(いぶんしじん)、中納言以上の官職に応じて支給された職分資人(しきぶんしじん)や特別の人に支給された帯刀舎人(たちはきのとねり)などがある。下級官人の子息や庶人の中から式部省を通して任命された。つかいと。つかいびと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

●歌をみていこう。

 

四五四~四五八歌の題詞は、「天平三年辛未秋七月大納言大伴卿薨之時歌六首」<天平三年辛未(かのとひつじ)の秋の七月に、大納言大伴卿の薨(こう)ぜし時の歌六首>である。

(注)天平三年:七三一年。

(注)前五首は旅人の資人余明軍、後の一首は看護の人犬養人上の作。(伊藤脚注)

 

■四五四歌■

◆愛八師 榮之君乃 伊座勢婆 昨日毛今日毛 吾乎召麻之乎

       (余明軍 巻三 四五四)

 

≪書き下し≫はしきやし栄えし君のいましせば昨日(きのふ)も今日(けふ)も我(わ)を召(め)さましを

 

(訳)ああ、お慕わしい。お栄え遊ばしたわが君がこの世においでになったなら、昨日も今日も私をお召しになるだろうに。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はしきやし【愛しきやし】分類連語:ああ、いとおしい。ああ、なつかしい。ああ、いたわしい。「はしきよし」「はしけやし」とも。 ※上代語。 ⇒参考:愛惜や追慕の気持ちをこめて感動詞的に用い、愛惜や悲哀の情を表す「ああ」「あわれ」の意となる場合もある。「はしきやし」「はしきよし」「はしけやし」のうち、「はしけやし」が最も古くから用いられている。 ⇒なりたち:形容詞「は(愛)し」の連体形+間投助詞「やし」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)君:主君。五首のすべてにこの語を用いている。(伊藤脚注)

 

 

■四五五歌■

◆如是耳 有家類物乎 芽子花 咲而有哉跡 問之君波母

       (余明軍 巻三 四五五)

 

≪書き下し≫かくのみにありけるものを萩(はぎ)の花咲きてありやと問ひし君はも

 

(訳)こんなにもはかなくなくなられるお命であったのに、「萩の花は咲いているか」と私にお尋ねになった君は、ああ(同上)

(注)かく:旅人の死をさす。(伊藤脚注)

(注)「萩の花咲きてやありや」は旅人が作者に尋ねた言葉。臨終間際の言葉としていかにも旅人らしい。(伊藤脚注)

 

 

■四五六歌■

◆君尓戀 痛毛為便奈美 蘆鶴之 哭耳所泣 朝夕四天

       (余明軍 巻三 四五六)

 

≪書き下し≫君に恋ひいたもすべなみ葦鶴(あしたづ)の哭(ね)のみし泣かゆ朝夕(あさよひ)にして

 

(訳)わが君に恋い焦がれ、何ともしようがなくて、葦辺に騒ぐ鶴のように、ただ声をあげて泣けてくるばかりだ。朝にも夕べにも。(同上)

(注)あしたづの【葦鶴の】分類枕詞:鶴(つる)が鳴くように泣くの意から、「ね泣く」にかかる。(学研)

 

 

■四五七歌■

◆遠長 将仕物常 念有之 君師不座者 心神毛奈思

       (余明軍 巻三 四五七)

 

≪書き下し≫遠長(とほなが)く仕(つか)へむものと思へりし君しまさねば心どもなし

 

(訳)いついつまでも末長くお仕え申し上げようと思っていた、わが君がこの世においでにならないので、心の張りが抜けてしまった。(同上)

(注)とほながし【遠長し】形容詞ク活用:①遠くはるかだ。②永遠だ。末長い。(学研)ここでは②の意

(注)こころど【心ど】名詞:しっかりした気持ち。精神。心の張り。 ※「こころどもなし」のように、多く打消に使われる。(学研)

 

 

■四五八歌■

若子乃 匍匐多毛登保里 朝夕 哭耳曽吾泣 君無二四天

       (余明軍 巻三 四五八)

 

≪書き下し≫みどり子(こ)の匍(は)ひた廻(もとほ)り朝夕(あさよひ)に哭(ね)のみぞ我(あ)が泣く君なしにして

 

(訳)赤子のように匍(は)いまわって悲しみ、朝にも夕べにも私は声をあげて泣いてばかりいる。わが君がおいでにならなくて。(同上)

(注)みどり子の:「匍ひた廻り」の枕詞。(伊藤脚注)

 

 左注は、「右五首資人余明軍不勝犬馬之慕心中感緒作歌」<右の五首は、資人(しじん)余明軍(よのみょうぐん)、不勝犬馬(けんば)の慕(したひ)に勝(あ)へずして、心の中(うち)に感緒(おも)ひて作る歌>である。

(注)余明軍:百済の王孫系の人。(伊藤脚注)

 

 

■四五九歌■

◆見礼杼不飽 伊座之君我 黄葉乃 移伊去者 悲喪有香

       (犬養人上 巻三 四五九)

 

≪書き下し≫見れど飽(あ)かずいましし君が黄葉(もみぢば)のうつりい行けば悲しくもあるか

 

(訳)見ても見ても見飽きることなくご立派でいらした君が、黄葉の散りゆくように逝ってしまわれたので、何とも悲しくてならない。(同上)

(注)黄葉の:「うつりい行く」の枕詞。(伊藤脚注)

(注)「うつる」は事態が変化し衰退する意。イは接頭語。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首勅内礼正縣犬養宿祢人上使檢護卿病 而醫藥無驗逝水不留 因斯悲慟即作此歌」<右の一首は、内礼正(ないらいのかみ)県犬養宿禰人上(あがたのいぬかひのすくねひとかみ)に勅(みことのり)して卿(まへつきみ)の病を検護(とりみ)しむ。しかれども、医薬験(しるし)なく、逝(ゆ)く水留 (とど)まらず、これによりて悲慟(かな)しびて、すなはちこの歌を作る>である。

(注)検護しむ:医薬を検し看護させた。(伊藤脚注)

(注)逝く水留まらず:旅人の死をいう。(伊藤脚注)

 

 

 「これに対して、一般庶民のほうはどうか。当時の日本の全人口は六百万と推定されているから、数百人の官人の・・・特権生活をささえたのは、この残り大多数の人びとである。当時の地方は・・・実際に庶民と接するのは郡の役人であった。郡の役所郡家(ぐうけ)・・・が各里(さと)(村)の里長(さとおさ)をとおして村人たちを統括していた。東歌などに見られる『殿(との)』、『殿の若子(わくご)』というのは、この郡家の役人や子どもをさすのであろう。村の娘たちの憧れがそれにあったとは、妙にいじらしいではないか。・・・万葉集に怒鳴(どな)られながら働かされている自嘲(しちょう)の歌、(巻一六、三八七九)(歌は省略)という一首を歌いあったのは、このように駆り出された農民の、さらに奴隷の境遇のものであろう。」(同著)

 

 

■三八七九歌■

三八七八~三八八〇の題詞は、「能登國歌三首」<能登の国の歌三首>である。

 

◆堦楯 熊来酒屋尓 真奴良留奴 和之 佐須比立 率而来奈麻之乎 真奴良留奴 和之

       (作者未詳 巻十六 三八七九)

 

≪書き下し≫はしたて 熊来(くまき)酒屋(さかや)に まぬらる奴(やつこ) わし さすひ立て 率(ゐ)て来(き)なましを まぬらる奴 わし

 

(訳)はしたて熊来の酒蔵(さかぐら)で、どやされているどじな奴(やつ)。わっしょい。引っ張り出して連れてきてやりたいんだけどな。どじな奴(やつ)。わっしょい。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)はしたての【梯立ての】分類枕詞:高床式の倉に梯子(はしご)をかけたところから「くら」「峻(さが)し(=険しい)」や地名「倉梯(くらはし)」にかかる。また「くら」の音の変化から地名「熊来(くまき)」にかかる。「はしたての倉梯山(くらはしやま)に」(学研)

(注)熊来:能登湾西岸の七尾市中島町あたり。(伊藤脚注)

(注)まぬらる[連語]:ひどくしかられる意で、上代能登方言かという。「梯立(はしたて)の熊来(くまき)酒屋に—奴(やっこ)わし」〈万・三八七九〉 ⇒[補説]:「ま」は接頭語、「ぬらる」は、動詞「の(罵)る」に受身の助動詞「る」の付いた「のらる」の音変化かという。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)わし 感動詞:よいしょ。▽歌謡の中のはやしことば。 ※上代語。(学研)

(注)さすひ:「さそひ」の訛り。(伊藤脚注)

 

 

 「(巻一四、三八五九)(歌は省略)という稲舂(つ)き女の歌・・・もあるから、女の労働も強制されたと思われる。ただ万葉集ではこれを逆に殿の若子に見そめられる機会として歌っているには、文学のもつせつない哀れさである。」(同著)

 

 

■三四五九歌■

◆伊祢都氣波 可加流安我手乎 許余比毛可 等能乃和久胡我 等里弖奈氣可武

      (作者未詳 巻十四 三四五九)

 

≪書き下し≫稲(いね)搗(つ)けばかかる我(あ)が手を今夜(こよひ)もか殿(との)の若子(わくご)が取りて歎かむ

 

(訳)稲を搗(つ)いてひび割れした手、この私の手を、今夜もまた、お屋敷の若様が手に取ってかわいそうにかわいそうにとおっしゃることだろうか(同上)

(注)かかる我が手:あかぎれのできる私の手。これも、女ののろけ歌か。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1883)」で紹介している。

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松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑<プレート>(作者未詳) 20220922撮影

 

 

 「養老八年(七二四)二月、元正はついに位を首(おびと)皇子に譲った。以後万葉の時代二十五年にわたって君臨する天子、聖武の誕生である。改元して神亀(じんき)という。元正は四十五歳となっていたが、物静かで美しい人だったと続紀に書かれたこの女帝は、三年前に母、元明を喪っていた。その寂寞(せきばく)が身をせめた退位だったろうか。いまこの親子の両女帝は奈保の山陵にあい並んで眠っている。」(同著)

          いずれも2022年12月8日撮影



 奈保山東陵ならびに西陵については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1937)」で紹介している。

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 「・・・元明・元正十七年間の女帝時代に、聖武はその青春をすごした。・・・この新しい帝王はもはや天武や文武とちがった、王権の安定の中にあった。その娘を皇太子妃とすることによって強固に天皇家と結びついた不比等は、養老四年八月に没ししていた・・・。それなりに聖武の柔和な人間性ができあがってくる。万葉集は、この人間聖武の姿を映し出すことにおいて敏感であった。聖武は酒人(さかひと)女王に対して、(巻四、六二四)(歌は省略)という一首をおくっている。・・・みごとな帝王の歌だ。そうした恋の優しくふくよかな雰囲気こそ、この都城のあるじをとりまく情感だったのである。」(同著)

 

 

■六二四歌■

題詞は、「天皇思酒人女王御製歌一首 女王者穂積皇子之孫女也」<天皇、酒人女王(さかひとのおほきみ)を思ほす御製歌一首 女王は、穂積皇子の孫女なり>である。

(注)天皇:四五代聖武天皇。(伊藤脚注)

(注)酒人女王:題詞の注以外経歴不明。(伊藤脚注)

 

◆道相而 咲之柄尓 零雪乃 消者消香二 戀云君妹

       (聖武天皇 巻四 六二四)

 

≪書き下し≫道に逢ひて笑(ゑ)まししからに降る雪の消(け)なば消(け)ぬがに恋ふといふ我妹(わぎも)

 

(訳)「道でお逢いしてほほえまれたばっかりに、まるで降る雪の消えるように、消え入るなら消えてしまえとばかりにお慕いしています」と、そう言ってくれるそなたよ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)からに 接続助詞:《接続》活用語の連体形に付く。①〔原因・理由〕…ために。ばかりに。②〔即時〕…と同時に。…とすぐに。③〔逆接の仮定条件〕…だからといって。たとえ…だとしても。…たところで。▽多く「…むからに」の形で。 ⇒参考:格助詞「から」に格助詞「に」が付いて一語化したもの。上代には「のからに」「がからに」の形が見られるが、これらは名詞「故(から)」+格助詞「に」と考える。(学研)ここでは①の意

(注)ふるゆきの【降る雪の】[枕]:雪が消えるところから、また白いところから、「消(け)」「白」などにかかる。「け(消・日)」「いちしろし」「行き」などを起こす序詞の一部にも用いた。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2011)」で聖武天皇の歌十二首とともに紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉