万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2584)―書籍掲載歌を中軸に―

●歌は、「大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ(車持千年 6-950)」、「味凝りあやにともしく鳴る神の音のみ聞きしみ吉野の真木立つ山ゆ・・・(車持千年 6-913)」、「鯨取り浜辺を清みうち靡き生ふる玉藻に朝なぎに千重波寄せ夕なぎに五百重波寄須す・・・(車持千年 6-931)」、「草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを(清江娘子 1-69)」である。

 

「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)の「車持千年」を読み進もう。

 「神亀年間の行幸従駕の宮廷歌人の中にいたひとりが、車持千年であった。彼は吉野・難波の行幸に従って三回歌をよんでいるが、うち難波の短歌群(巻六、九五〇~九五三)は笠金村(かさのかなむら)の歌の中にありながら、一説に千年の作だと記される。」(同著)

 

 難波の短歌群をみてみよう。

■■九五〇~九五三歌■■

題詞は、「五年戊辰幸于難波宮時作歌四首」<五年戊辰(つちのえたつ)に、難波の宮に幸(いでま)す時に作る歌四首>である。

(注)聖武天皇行幸続日本紀には記事がない。(伊藤脚注)

(注)四首:はじめ二首は、男の立場で天皇監視の女官に迫る歌、あとの二首は、女の立場で前二首に答えた歌。(伊藤脚注)

 

■九五〇歌■

◆大王之 界賜跡 山守居 守云山尓 不入者不止

       (車持千年 巻六 九五〇)

 

≪書き下し≫大君(おほきみ)の境(さか)ひたまふと山守(やまもり)据(す)ゑ守(も)るといふ山に入(い)らずはやまじ

 

(訳)大君が境界をお定めになるとて、山守を置いて見張らせているという山でも、私は入らずにはおかないつもりだ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)大君の境ひたまふと:大君が境界を定められるために。「守る」まで天皇監視の譬え。(伊藤脚注)

(注)山に入る:女に逢う譬え。(伊藤脚注)

 

 

 

■九五一歌■

◆見渡者 近物可良 石隠 加我欲布珠乎 不取不巳

       (車持千年 巻六 九五一)

 

≪書き下し≫見わたせば近きものから岩隠(いはがく)りかがよふ玉を取らずはやまじ

 

(訳)見わたすと、すぐ近くにありながら、岩に隠れてちらちらときらめいている玉、なかなか得がたいそんな玉でも、私は手に入れないではおかないつもりだ。(同上)

(注)かがよふ【耀ふ】自動詞:きらきら光って揺れる。きらめく。(学研)

(注)玉:得がたい美女の譬え。

 

 

 

◆韓衣 服楢乃里之 嶋待尓 玉乎師付牟 好人欲得食

       (車持千年 巻六 九五二)

 

≪書き下し≫韓衣(からころも)着(き)奈良(なら)の里の夫松(つままつ)に玉をし付(つ)けむよき人もがも

 

(訳)韓衣をいつも着ならすという奈良の里の、夫(つま)を待つこのの木に、お取りになったその美しい玉をつけて下さるような立派なお方があったらよいのですが。(同上)

(注)「韓衣着」は序。「奈良」を起す。(伊藤脚注)

(注)夫松に」夫を待つ松の木である私に。(伊藤脚注)

(注)玉:前歌の「玉」を装身具の意に転じて、軽くいなしたもの。(伊藤脚注)

 

 

 

■九五三歌■

◆竿壮鹿之 鳴奈流山乎 越将去 日谷八君 當不相将有

       (車持千年 巻六 九五三)

 

≪書き下し≫さを鹿(しか)の鳴くなる山を越え行かむ日だにや君がはた逢(あ)はざらむ

 

(訳)雄鹿が妻を求めて鳴くのが聞こえる山、そんな山を越えて行かれる日にさえも、あなたはもしかして私に逢っては下さらないでしょうか。(同上)

(注)さを鹿の鳴くなる山:雄鹿が妻を求めて鳴く山。(学研)

(注)逢はずあらむ:どうやら逢って下さらぬのでないか。相手の不実への皮肉。(伊藤脚注)

 

左注は、「右笠朝臣金村之歌中出也 或云車持朝臣千年作之也」<右は、笠朝臣金村が歌の中に出づ。 或‘(ある)いは「車持朝臣千年が作」といふ>である。

(注)或いは:右四首、行幸先の宴席で金村と千年とが歌い交わしたのでこの伝えがあるか。(伊藤脚注)

 

千年の歌に目立つ傾向は、そのことばが他の歌人と共通することである。たとえば吉野の長歌(巻六、九一三~九一六)は、「味凝(うまごり) あやに羨(とも)しく」(ふしぎに羨(うらや)ましい)とはじめられるが、天武崩御の後、持統八年(六九四)の御斎会(ごさいえ)の夜持統が夢の中で口ずさんだという歌に見られることばである。」(同著)

「持統八年(六九四)の御斎会(ごさいえ)の夜持統が夢の中で口ずさんだという歌」は、巻二 一六二歌である。

 

 九一三~九一六歌ならびに巻二 一六二歌をみてみよう。

 

■■九一三~九一六歌■■

題詞は、「車持朝臣千年作歌一首 并短歌」<車持朝臣千年(くるまもちあそみちとせ)が作る歌一首 并(あは)せて短歌>である。

(注)歌一首:金村の九〇七以下と同じ折の作らしい。九一六左注。金村作の土地ぼめに対し、万葉羇旅歌のもう一つの主題である望郷の念を歌うことで、吉野の景をほめている。(伊藤脚注)

 

■九一三歌■

味凍 綾丹乏敷 鳴神乃 音耳聞師 三芳野之 真木立山湯 見降者 川之瀬毎 開来者 朝霧立 夕去者 川津鳴奈拝 紐不解 客尓之有者 吾耳為而 清川原乎 見良久之惜蒙

       (車持千年 巻六 九一三)

 

≪書き下し≫味凝(うまこ)り あやにともしく 鳴る神の 音(おと)のみ聞きし み吉野の 真木(まき)立つ山ゆ 見下(みお)ろせば 川の瀬ごとに 明(あ)け来(く)れば 朝霧(あさぎり)立ち 夕(ゆふ)されば かはづ鳴くなへ 紐解(ひもと)かぬ 旅にしあれば 我(あ)のみして 清き川原(かはら)を 見らくし惜(を)しも

 

(訳)むしょうに見たいと思いつつ、鳴る神の音のように噂にばかり聞いていたみ吉野、ここみ吉野の真木茂り立つ山の上から見おろすと、川の瀬という瀬に、夜が明けそめると朝霧が立ちのぼり、夕方になると河鹿(かじか)が鳴く、それにつけても、あの人を都に残して共寝もならぬ旅先のことなので、私ひとりだけで清らかな川原を見るのは、何とも惜しくてたまらない。(同上)

(注)味凝(うまこ)り:「あやにともしく」の枕詞。味佳く凝って絶妙の意か。(伊藤脚注)

(注の注)うまこり[枕]:美しい織物の意で、同意の「綾(あや)」と同音の「あや」にかかる。⇒[補説] 「美(うま)き織り」の音変化した形か。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)なるかみの【鳴る神の】 の解説:[枕]雷の音の意から、「音」「音羽 (おとわ) 」に掛かる。(goo辞書)

(注)かはづ鳴くなへ:河鹿の鳴く折しも。ナへは二つのことが並行して行われることを示す。(伊藤脚注)

(注)紐解かぬ旅:夫婦一緒でない旅。(伊藤脚注)

 

 

■九一四歌■

◆瀧上乃 三船之山者 雖畏 思忘 時毛日毛無

       (車持千年 巻六 九一四)

 

≪書き下し≫滝の上(うへ)の三船(みふね)の山は畏(かしこ)けど思ひ忘るる時も日もなし

 

(訳)滝のほとりの三船の山の霊威は畏(おそ)れ多く身も慎まれるけれども、それでもやはり都に残して来たあの人のことが思い忘れる時も日もない。(同上)

(注)畏(かしこ)けど:高く貴くて身の慎みを覚えるが。(伊藤脚注)

(注)思ひ忘るる:対象は家に残した人。(伊藤脚注)

 

 

■九一五歌■

 題詞は「或本反歌日」<或る本の反歌に日はく>である。

(注)以下二首、九一四の初案らしい。(伊藤脚注)

 

◆千鳥鳴 三吉野川之 川音 止時梨二 所思公

       (車持千年 巻六 九一五)

 

≪書き下し≫千鳥泣くみ吉野川の川音(かはおと)のやむ時なしに思ほゆる君

 

(訳)千鳥の鳴くみ吉野の川の川音のように、やむ時もなく思われるのはあの方(かた)のこと。(同上)

(注)上三句は序。「やむ時なしに」を起す。(伊藤脚注)

 

 

■九一六歌■

◆茜刺 日不並二 吾戀 吉野之河乃 霧丹立乍

       (巻六 九一六)

 

≪書き下し≫あかねさす日並(ひなら)べなくに我(あ)が恋は吉野の川の霧(きり)に立ちつつ

 

(訳)旅に出てまだ日数を重ねたというのでもないのに、私のあの方への思いは、吉野の川の霧となって立ちのぼっていく。(同上)

(注)日(ひ)並ならぶ:日数を重ねる。(コトバンク デジタル大辞泉

 

左注は、「右年月不審 但以歌類載於此次焉 或本云 養老七年五月幸于芳野離宮之時作」<右は、年月審(つばひ)らかにあらず。 ただし、歌の類(たぐひ)をもちてこの次に載す。 或本には「養老七年の五月に、吉野の離宮(とつみや)に幸(いでま)す時の作」といふ>である。

(注)右:九一三~九一六をさす。(伊藤脚注)

(注)歌の類:同じく吉野の作であるという類同性。

 

 

 

■一六二歌■

題詞は、「天皇崩之後八年九月九日奉為御齋會之夜夢裏習賜御歌一首  古歌集中出」<天皇の崩りましし後の八年九月九日の奉為(おほみため)の御齋會(ごさいえ)の夜に、夢(いめ)の裏(うら)に習ひたまふ御歌一首  古歌集の中に出づ>である。

(注)天皇崩之後八年九月九日:天武天皇崩御八年後、持統七年(六九三)九月九日(伊藤脚注)

(注)奉為の御齋會:冥福を祈るため、僧尼を集めて供養する法会。(伊藤脚注)

(注)夢の裏に習ひたまふ御歌:持統天皇が夢の中で詠み覚えた歌。夢は、ここは魂鎮めのための夢占いか。(伊藤脚注)

 

 

◆明日香能 清御原乃宮尓 天下 所知食之 八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 何方尓 所念食可 神風乃 伊勢能國者 奥津藻毛 靡足波尓 塩氣能味 香乎礼流國尓 味凝 文尓乏寸 高照 日之御子

       (巻二 一六二)

 

≪書き下し≫明日香(あすか)の 清御原(きよみはら)の宮(みや)に 天の下 知らしめしし やすみしし 我(わ)が大君 高照(たかて)らす 日の御子(みこ) いかさまに 思ほしめせか 神風(かむかぜ)の 伊勢(いせ)の国は 沖つ藻も 靡(な)みたる波に 潮気(しほけ)のみ 香(かを)れる国に 味凝(うまこ)り あやにともしき 高照らす 日の御子

 

(訳)明日香の清御原の宮にあまねく天下を支配せられた、やすみしし我が大君、高く天上を照らし給う我が天皇(すめらみこと)よ、大君はどのように思し召されて、神風(かみかぜ)吹く伊勢の国は、沖の藻も靡いている波の上に潮の香(か)ばかりがけぶっている国、そんな国においであそばすのか・・・。味凝りのようにむしょうにお慕わしい、高照らす我が日の御子よ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 

 

 「『み吉野の 真立つ山ゆ』というのは人麻呂の軽皇子従駕の歌の『真木立つ 荒山道を」を思い出し、『明け来れば 朝霧立ち 夕されば かはづ鳴くなへ』は先にあげた飛鳥故京の赤人歌との類似に気づくだろう。またこの或る本の反歌の、恋と川音・川霧との関連は、赤人の飛鳥の歌の反歌と近い。そして、(巻六、九三二)(歌は省略)という一首も、慶雲三年(七〇六)とおぼしい難波行幸のおりに長皇子に献じた清江(すみのえ)娘子の歌(巻一、六九)(歌は省略)をたやすく想起するだろう。』(同著)

 

 九三二歌ならびに六九歌をみてみよう。

■九三二歌■

◆白浪之 千重来縁流 住吉能 岸乃黄土粉 二寶比天由香名

       (車持千年 巻六 九三二)

 

≪書き下し≫白波の千重(ちへ)に来寄する住吉の岸の埴生(はにふ)ににほひて行かな

 

(訳)去りがたいけれども、白波の幾重にも打ち寄せるこの住吉の埴土(はにつち)に、せめて衣を染めて立ち去ろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)(注)岸の埴生:崖の赤や黄の粘土。(伊藤脚注)

 

■六九歌■

草枕 客去君跡 知麻世婆 岸之埴布尓 仁寶播散麻思呼

       (清江娘子 巻一 六九)

 

≪書き下し≫草枕旅行く君と知らませば岸の埴生(はにふ)ににほはさましを

 

(訳)草を枕の旅のお方と知っていたなら、この住吉の岸の埴土(はにつち)で衣を染めてさしあげるのでしたのに(住吉に留まって下さるお方とばかり思っていたので、染めてさしあげられませんでした)(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)にほはす【匂はす】:他動詞:①美しく染める。美しく色づける。②香りを漂わせる。薫らせる。③それとなく知らせる。ほのめかす。(学研) ここでは①の意

 

左注は、「右一首清江娘子進長皇子 姓氏未詳」<右の一首は清江娘子(すみのえのをとめ)、長皇子(ながのみこ)に進(たてまつ)る   姓氏未詳>である。

(注)清江娘子:住吉の遊行女婦と思われる。

 

 六九歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その794-2)」で紹介している。

 ➡ こちら794-2

 

 

 

住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑<角柱碑正面上部左>(清江娘子) 20201012撮影



 

 

 「もし千年が先人の句を剽窃(ひょうせつ)しようとしたのだとしたら、みんなが知っていることだから、できないだろう。だから、むしろ千年は積極的にみんなの知っている名歌のことばを取り用いたにちがいない。人びとはこれら先代の周知の歌句を、千年の歌によって想起する。そこに起こる懐旧の情がじつはいま必要だった。同時代の赤人の歌とは、類想であっても同一ではないのは、そのちがいのためである。・・・神亀年間、聖武行幸を支配していた感情も、まさしくこの過去への回想だったのである。そこに、ことに岸の黄生(はにふ)の歌の喝采(かっさい)を得る所以(ゆえん)もあった。」(同著)

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「goo辞書」