万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2589の2)―書籍掲載歌を中軸に―

●歌は、「なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は・・・(高橋虫麻呂 3-319)」、「しなが鳥 安房に継ぎたる 梓弓 周淮の珠名は 胸別けの 広き我妹 腰細の すがる娘子の ・・・(高橋虫麻呂 9-1738)」、「鶏が鳴く 東の国に いにしへに ありけることと 今までに 絶えず言ひける 勝鹿の 真間の手児名が ・・・(高橋虫麻呂 9-1807)」、「埼玉の小埼の沼に鴨ぞ翼霧る おのが尾に降り置ける霜を掃ふとにあらし(高橋虫麻呂 9-1744)」である。

 

 「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)の「高橋虫麻呂」を読み進もう。

 「赤人や憶良が歌人としてはまったく異質であったように、虫麻呂もまた異質の歌人である。彼は地方にあって、多くその土地の歌をつくっている。たとえばその東国赴任にともなって富士山の歌三首(巻三、三一九~三二一。ただし作者に異説もある)、上総(巻九、一七三八・一七三九)・下総(巻九、一八〇七・一八〇八)の歌それぞれ二首、武蔵の歌一首(巻九、一七四四)、そして常陸の歌十一首(巻八、一四九七。巻九、一七四五・一七四六・一七五三・一七五四・一七五七~一七六〇・一七八〇・一七八一)をつくり、西の方河内で二首(巻九、一七四二・一七四三)、摂津で三首(巻九、一八〇九~一八一一)、住吉で二首(巻九、一七四〇・一七四一)をつくる。そのほかに宇合への贈歌二首と難波下向のおりの歌六首(巻九、一七四七~一七五二)が虫麻呂の歌のほとんどすべてで、残りは二首(巻九、一七五五・一七五六)にすぎない。つまりほとんどの歌が大和以外の土地と関係をもち、大和における日常起居の歌は一首もない。虫麻呂は大和の生活をもたない歌人である。この故郷喪失、これこそ実は虫麻呂の歌を一言でおおう特性であった。」(同著)

 

 本稿では、富士山の歌三首(巻三、三一九~三二一)、上総(巻九、一七三八・一七三九)・下総(巻九、一八〇七・一八〇八)の歌それぞれ二首、武蔵の歌一首(巻九、一七四四)をみてみよう。

 

 

■■巻三 三一九~三二一歌■■

題詞は、「詠不盡山歌一首 幷短歌」<富士の山を詠(よ)む歌一首 幷せて短歌>である。

 

■巻三 三一九歌■

◆奈麻余美乃 甲斐乃國 打縁流 駿河能國与 己知其智乃 國之三中従 出立有 不盡能高嶺者 天雲毛 伊去波伐加利 飛鳥母 翔毛不上 燎火乎 雪以滅 落雪乎 火用消通都 言不得 名不知 霊母 座神香聞 石花海跡 名付而有毛 彼山之 堤有海曽 不盡河跡 人乃渡毛 其山之 水乃當焉 日本之 山跡國乃 鎮十方 座祇可間 寳十方 成有山可聞 駿河有 不盡能高峯者 雖見不飽香聞

       (高橋虫麻呂 巻三 三一九)

 

≪書き下し≫なまよみの 甲斐(かひ)の国 うち寄する 駿河(するが)の国と こちごちの 国のみ中(なか)ゆ 出(い)で立てる 富士の高嶺(たかね)は 天雲(あまくも)も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上(のぼ)らず 燃(も)ゆる火を 雪もち消(け)ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得(え)ず 名付(なづ)けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の 堤(つつ)める海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日(ひ)の本(もと)の 大和(やまと)の国の 鎮(しづ)めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)甲斐(かい)の国と駿河の国と二つの国の真ん中から聳(そび)え立っている富士の高嶺は、天雲も行き滞り、飛ぶ鳥も高くは飛び上(のぼ)れず、燃える火を雪で消し、降る雪を火で消し続けて、言いようもなく名付けようもしらぬほどに、霊妙にまします神である。せの海と名付けている湖も、その山が塞(せ)きとめた湖だ。富士川といって人の渡る川も、その山からほとばしり落ちた水だ。この山こそは日の本の大和の国の鎮めとしてもまします神である。国の宝ともなっている山である。駿河の富士の高嶺は、見ても見ても見飽きることがない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)なまよみの 分類枕詞:地名「甲斐(かひ)」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)

(注)うちよする【打ち寄する】分類枕詞:「うちよする」の「する」と同音であることから、地名「駿河(するが)」にかかる。「うちえする」とも。(学研)

(注)こちごち【此方此方】代名詞:あちこち。そこここ。 ※上代語。(学研)

(注)けつ【消つ】他動詞:①消す。②取り除く。隠す。③圧倒する。無視する。ないものにする。(学研)ここでは①の意

(注)くすし【奇し】[形シク]:① 神秘的である。② 宗教上の禁忌などを固く守るさま。神妙である。③ 一風変わっているさま。(goo辞書)ここでは①の意

(注)せのうみ【剗海】:かつて富士山の北麓にあった湖。貞観6年(864)の大噴火による溶岩流が流入し、現在の西湖、精進湖ができたと考えられている。またこの時の溶岩原の上に森林が形成され、青木ヶ原の樹海になった。(goo辞書)

(注)富士川:今の富士川の源は富士山ではない。が、ここはそのように見たもの。(伊藤脚注)

(注)たぎち【滾ち・激ち】名詞:激流。また、その飛び散るしぶき。(学研)

 

 

 

■巻三 三二〇歌■

◆不盡嶺尓 零置雪者 六月 十五日消者 其夜布里家利

       (高橋虫麻呂 巻三 三二〇)

 

≪書き下し≫富士の嶺(ね)に降り置く雪は六月(みなつき)の十五日(もち)に消(け)ぬればその夜(よ)降りけり

 

(訳)富士の嶺(みね)に降り積もっている雪は、六月十五日に消えるとその夜またすぐ降るというが、まったくそのとおりだ。(同上)

(注)六月(みなつき):今の七月から八月初め頃。(伊藤脚注)

(注)十五日(もち):逸文駿河風土記に、雪の消えた十五日の子の刻(十六日午前零時頃)からまた降り出すと伝える。(伊藤脚注)

 

 

 

■巻三 三二〇歌■

◆布士能嶺乎 高見恐見 天雲毛 伊去羽斤 田菜引物緒

       (高橋虫麻呂 巻三 三二一)

 

≪書き下し≫富士の嶺(ね)を高み畏(かしこ)み天雲(あまくも)もい行きはばかりたなびくものを

 

(訳)富士の嶺が高々と聳え恐れ多いので、天空の雲さえも行きためらっているではないか。(同上)

 

左注は、「右一首高橋連蟲麻呂之歌中出焉 以類載此」<右の一首は、高橋連虫麻呂(たかはしむらじむしまろ)が歌の中(うち)に出づ。類(たぐひ)をもちてここに載す>である。

(注)右一首:長歌を中心に三一九から三二一歌をさす。

(注)万葉集の目録には、笠朝臣金村歌集所出の歌としている。(伊藤脚注)

(注)類をもちて:三一七・三一八歌と同類の富士の歌であるので。(伊藤脚注)

 

 この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1525)」で紹介している。

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■■巻九 一七三八・一七三九歌■■

題詞は、「詠上総末珠名娘子一首 幷短歌」<上総(かみつふさ)の周淮(すゑ)の珠名娘子(たまなをとめ)を詠む一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)上総:千葉県中部。(伊藤脚注)。

(注)周淮:東京湾沿いにあった郡名。安房から常陸へ向かう道筋。(伊藤脚注)

 

■一七三八歌■

◆水長鳥 安房尓継有 梓弓 末乃珠名者 胸別之 廣吾妹 腰細之 須軽娘子之 其姿之 端正尓 如花 咲而立者 玉桙乃 道徃人者 己行 道者不去而 不召尓 門至奴 指並 隣之君者 預 己妻離而 不乞尓 鎰左倍奉 人皆乃 如是迷有者 容艶 縁而曽妹者 多波礼弖有家留

      (高橋虫麻呂 巻九 一七三八)

 

≪書き下し≫しなが鳥(どり) 安房(あは)に継(つ)ぎたる 梓弓(あづさゆみ) 周淮(すゑ)の珠名(たまな)は 胸別(むなわ)けの 広き我妹(わぎも) 腰細(こしぼそ)の すがる娘子(をとめ)の その姿(なり)の きらきらしきに 花のごと 笑(ゑ)みて立てれば 玉桙(たまほこ)の 道行く人は おのが行く 道は行かずて 呼ばなくに 門(かど)に至りぬ さし並ぶ 隣(となり)の君は あらかじめ 己妻(おのづま)離(か)れて 乞(こ)はなくに 鍵(かぎ)さへ奉(まつ)る 人皆(ひとみな)の かく惑(まと)へれば たちしなひ 寄りてぞ妹(いも)は たはれてありける

 

(訳)東は安房の国に地続きの、上総の国周淮(すえ)の郡(こおり)の珠名娘子は、胸乳(むなち)の豊かなかわいい女、すがれ蜂のように腰の細い娘子だが、その姿かたちがすっきりしている上に、花のようにほほえんで立っているので、道を行き交う人はといえば、自分の行くべき道は行かずに、呼びもせぬのについその門口に来てしまう。まして、軒を並べる隣のお主(ぬし)にいたっては、前もって妻と縁を切って、頼みもせぬのに大事な鍵さえ差し出す始末。世の男という男がみんなこれほどまでに血迷うものだから、ますます品(しな)を作ってしなだれかかり、この女(ひと)はただはしたなく振舞っていたという。(伊藤 博 著 「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

(注)しながとり【息長鳥】分類枕詞:①鳥が「ゐならぶ」ことから地名「猪那(ゐな)」にかかる。②地名「安房(あは)」にかかる。かかる理由未詳。 ※息の長い鳥の意で、具体的な鳥名には諸説ある。(学研)ここでは②の意

(注)あづさゆみ【梓弓】分類枕詞:①弓を引き、矢を射るときの動作・状態から「ひく」「はる」「い」「いる」にかかる。②射ると音が出るところから「音」にかかる。③弓の部分の名から「すゑ」「つる」にかかる。(学研)ここでは①の意

(注)胸別けの広き我妹:乳房の胸が張り出した女。「我妹」は主人公への愛称。(伊藤脚注)。

(注)すがる【蜾蠃】名詞:①じがばちの古名。腹部がくびれていることから、女性の細腰にたとえる。②鹿(しか)の別名。 ⇒参考:細腰は、万葉時代の女性の容姿の美しさの一つの基準である。『古今和歌集』以降は、もっぱら「鹿」の意で用いられるが、これも鹿の腰が細いことからの呼び方である。(学研)ここでは①の意

(注)きらきらし 形容詞:①光り輝いている。きらきらしている。②端正で美しい。③堂々としている。威厳がある。④際立っている。目立っている。 ※「きらぎらし」とも。(学研)ここでは②の意

(注)おのづま【己夫・己妻】名詞:自分の夫。自分の妻。 ※古くは夫も「つま」と言った。(学研)ここでは①の意

(注)鍵:財産を収める櫃の鍵。(伊藤脚注)。

(注)しなふ【撓ふ】自動詞:①しなやかにたわむ。美しい曲線を描く。②逆らわずに従う。(学研)ここでは①の意

(注)たはれてありける:はしたなく振舞うてばかり。ゾ・・・ケルは伝誦的事実を語り聞かせる語法。(伊藤脚注)。

(注の注)たはる【戯る・狂る】自動詞:①みだらな行為をする。色恋におぼれる。②ふざける。たわむれる。③くだけた態度をとる。(学研)ここでは①の意

 

高橋虫麻呂は、「珠名(たまな)は 胸別(むなわ)けの 広き我妹(わぎも) 腰細(こしぼそ)の すがる娘子(をとめ)の その姿(なり)の きらきらしきに 花のごと 笑(ゑ)みて立てれば」と、珠名娘子の絵を写実的に描いているかのように詠っているのである。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2088)」で紹介している。

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■巻九 一七三九歌■

◆金門尓之 人乃来立者 夜中母 身者田菜不知 出曽相来

       (高橋虫麻呂 巻九 一七三九)

 

≪書き下し≫かな門(と)にし人の来(き)立てば夜中(よなか)にも身はたな知らず出(い)でてぞ逢(あ)ひける

 

(訳)家の戸口に誰か男が来て立つと、真夜中でさえ、我が身のことはすっかり忘れて、外に出て逢ったという、この女(ひと)は。(同上)

(注)かな門:道に対し曲り角ををなす戸口(伊藤脚注)

(注)身はたな知らず:身のたしなみはすっかり忘れて。この句、作者の批評。以下、「・・・を詠む」と題する、純粋な伝説歌には、この類の表現が目立つ。(伊藤脚注)

(注の注)たなしる【たな知る】自動詞:すっかり知る。十分わきまえる。 ※上代語。「たな」は接頭語。(学研)

 

 

 

■■巻九 一八〇七・一八〇八歌■■

題詞は、「詠勝鹿真間娘子歌一首幷短歌」<勝鹿(かつしか)の真間(まま)の娘子(をとめ)を詠む歌一首 幷せて短歌>である。 

 

■巻九 一八〇七歌■

◆鶏鳴 吾妻乃國尓 古昔尓 有家留事登 至今 不絶言来 勝壮鹿乃 真間乃手兒奈我 麻衣尓 青衿著 直佐麻乎 裳者織服而 髪谷母 掻者不梳 履乎谷 不著雖行 錦綾之 中丹▼有 齊兒毛 妹尓将及哉 望月之 満有面輪二 如花 咲而立有者 夏蟲乃 入火之如 水門入尓 船己具如久 歸香具礼 人乃言時 幾時毛 不生物呼 何為跡歟 身乎田名知而 浪音乃 驟湊之 奥津城尓 妹之臥勢流 遠代尓 有家類事乎 昨日霜 将見我其登毛 所念可聞

 ▼=「果」の下に「衣」 「中丹▼有」=「中(なか)に包(つつ)める」

       (高橋虫麻呂 巻九 一八〇七)

 

≪書き下し≫鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国に いにしへに ありけることと 今までに 絶えず言ひける 勝鹿(かつしか)の 真間(まま)の手児名(てごな)が 麻衣(あさぎぬ)に 青衿(おをくび)着(つ)け ひたさ麻(を)を 裳(も)には織り着て 髪だにも 掻(か)きは梳(けづ)らず 沓(くつ)をだに 穿(は)かず行けども 錦綾(にしきあや)の 中(なか)に包(つつ)める 斎(いは)ひ児(こ)も 妹(いも)に及(し)かめや 望月(もちづき)の 足(た)れる面(おも)わに 花のごと 笑(ゑ)みて立てれば 夏虫(なつむし)の 火に入るがごと 港入(みなとい)りに 舟漕(こ)ぐごとく 行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生(い)けらじものを 何すとか 身をたな知りて 波の音(おと)の 騒(さわ)く港の 奥つ城(おくつき)に 妹(いも)が臥(こや)せる 遠き代(よ)に ありけることを 昨日(きのふ)しも 見けむがごとも 思ほゆるかも

 

(訳)鶏が鳴く東の国に、はるか遠くの世に実際にあったことだと、今の世まで絶えず言い伝えてきた話の主、勝鹿の真間の手児名が、粗末な麻の着物に青色の襟を付け、麻だけで織った裳を着て、たいせつな髪に櫛を入れず、沓(くつ)も履かずに行き来するのだけれども、錦や綾にくるまれて育てられたお姫様だって、この子にかなうわけがない。満月のように満ちたりた顔で、咲く花のような笑みを浮かべて立っていると、夏の虫が火の中に飛び込むように、港に入ろうと舟が漕ぎ集まって来るように、娘子めがけて寄り集まり男たちがわれもわれもと婚を求めたその時に、人はどうせどれほども生きられないものなのに、いったいどういうつもりで、我が身の上をすっかり分別して、波の音の騒々しい港の奥つ城なんぞに、このいとしい子が臥せっておいでなのか。はるか遠い世にあった出来事なのに、ほんの昨日見たことのように思われてならない。(同上)

(注)とりがなく【鳥が鳴く・鶏が鳴く】分類枕詞:東国人の言葉はわかりにくく、鳥がさえずるように聞こえることから、「あづま」にかかる。「とりがなくあづまの国の」(学研)

(注)「麻衣に」以下「はかず行けども」までの八句、寝くずれた髪の乱れも厭わずに、朝早くから水汲みに忙しく立ち働く娘子の姿を描いたものとする説がある。一八〇八参照。八句は、同時に、続けて述べる、娘子の容貌の美しさを浮き立たせてもいる。(伊藤脚注)

(注)あをくび【青衿】名詞:青い布で作った着物の襟(えり)。▽粗末な着物につける(学研)

(注)ひたさを【直さ麻】名詞:ほかの糸が混じらない麻糸。 ※「ひた」「さ」は接頭語。(学研)

(注)も【裳】名詞:①上代、女性が腰から下を覆うようにまとった衣服。「裙(くん)」とも。◇「裙」とも書く。②平安時代、成人した女性が正装のときに、最後に後ろ腰につけて後方へ長く引き垂らすようにまとった衣服。多くのひだがあり、縫い取りをして装飾とした。③僧が、腰から下にまとった衣服。 ⇒参考:②の用例は、平安時代の貴族の女子の成人の儀式である「髪上(かみあ)げ」と「裳着(もぎ)」をいっている。⇒もぎ(学研)ここでは①の意

(注)にしきあや【錦綾】〘名〙 錦と綾。ともに美しく立派な絹織物。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)いはひこ【斎ひ児】名詞:いとおしんで育てている子ども。「いはひご」とも。(学研)

(注)もちづきの【望月の】分類枕詞:①満月には欠けた所がないことから「たたはし(=満ち足りる)」や「足(た)れる」などにかかる。②満月の美しく心ひかれるところから「愛(め)づらし」にかかる。(学研)

(注)おもわ【面輪】名詞:顔。顔面。(学研)

(注)港入りに:港に入ろうとして。(学研)

(注)行きかぐれ:「かぐれ」は未詳。集まる意かとも、「焦がれ」の類義語かともいう。(伊藤脚注)

(注)いくばくも生けらじものを:人生どれほども生きられないのに。作者の批評。(伊藤脚注)

(注)何すかと身をたな知りて:何だってまあ我が身の上をすっかり見通して。挽歌のくどき文句の伝統を承ける表現。(伊藤脚注)

(注の注)たなしる【たな知る】自動詞:すっかり知る。十分わきまえる。 ※上代語。「たな」は接頭語。(学研)

 

 

 

 

■巻九 一八〇八歌■

◆勝壮鹿之 真間之井見者 立平之 水挹家武 手兒名之所念

       (高橋虫麻呂 巻九 一八〇八)

 

≪書き下し≫勝鹿(かつしか)の真間(まま)の井(ゐ)見れば立ち平(なら)し水汲(く)ましけむ手児名(てごな)し思(おも)ほゆ

 

(訳)勝鹿の真間の井を見ると、毎日何度もやって来ては、ここで水を汲んでおられたという手児名が偲(しの)ばれてならない。(同上)

(注)立ち平し:地面が平らになるほど何度も来て立って。(伊藤脚注)

(注)手児名:女への愛称。「手児」は手に抱く子が原義だが、ここはいとしい娘子の意。「名」は愛称の接尾語。(伊藤脚注)

 

 この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2308)」で紹介している。

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■巻九 一七四四歌■

題詞は、「見武蔵小埼沼鴨作歌一首」<武蔵(むざし)の小埼(をさき)の沼(ぬま)の鴨(かも)を見て作る歌一首>である。

 

◆前玉之 小埼乃沼尓 鴨曽翼霧 己尾尓 零置流霜乎 掃等尓有斯

        (高橋虫麻呂 巻九 一七四四)

 

≪書き下し≫埼玉(さきたま)の小埼の沼に鴨ぞ翼霧(はねき)る おのが尾に降り置ける霜を掃(はら)ふとにあらし

 

(訳)埼玉の小埼の沼で鴨が羽ばたきをしてしぶきを飛ばしている。自分の尾に降り置いた霜を掃いのけようとするのであるらしい。(同上)

(注)小埼の沼:今の埼玉県行田市南東部の沼。(伊藤脚注)

(注)翼霧る:羽ばたいてしぶきを散らす。(伊藤脚注)

(注)あらし 分類連語:あるらしい。あるにちがいない。 ⇒なりたち:ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「らし」からなる「あるらし」が変化した形。ラ変動詞「あり」が形容詞化した形とする説もある。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2536)」で、前玉神社の万葉灯籠(元禄十年奉納)とともに紹介している。

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埼玉県行田市埼玉 前玉神社万葉歌碑(万葉灯籠)(高橋虫麻呂 9-1744) 20231119撮影



 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「goo辞書」