万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2589の3)―書籍掲載歌を中軸に―

●歌は、「筑波嶺に我が行けりせばほととぎす山彦響め鳴かましやそれ(高橋虫麻呂 8-1497)」、「三栗の那賀に向へる曝井の絶えず通はむそこに妻もが(高橋虫麻呂 9-1745)」、「遠妻し多珂にありせば知らずとも手綱の浜の尋ね来なまし(高橋虫麻呂 9-1746)」、「衣手 常陸の国の 二並ぶ 筑波の山を 見まく欲ほり 君来ませりと 暑けくに 汗掻き投げ 木の根取り うそぶき登り・・・(高橋虫麻呂 9-1753)」、「今日の日にいかにか及かむ筑波嶺に昔の人の来けむその日も(高橋虫麻呂 9-1754)」である。

 

 「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)の「高橋虫麻呂」の項に紹介されている、高橋虫麻呂が詠んだ地方の歌の中で「常陸」の前半の歌をみていこう。

 

■巻八 一四九七歌■

 題詞は、「惜不登筑波山歌一首」<筑波山に登らざりしことを惜しむ歌一首>である。

 

◆筑波根尓 吾行利世波 霍公鳥 山妣兒令響 鳴麻志也其

       (高橋虫麻呂 巻八 一四九七)

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)に我が行けりせばほととぎす山彦(やまびこ)響(とよ)め鳴かましやそれ

 

(訳)筑波嶺に私が登って行ったとしたら、時鳥が、山をこだまさせて鳴いてくれたでしょうか。果たしてその時鳥が。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)せば 分類連語:もし…だったら。もし…なら。 ⇒参考 多く、下に反実仮想の助動詞「まし」をともない、事実と反する事柄や実現しそうもないことを仮定し、その上で推量する意を表す。 ⇒注意 「せば」の形には、サ変の未然形「せ」+接続助詞「ば」の場合もある。 ⇒なりたち 過去の助動詞「き」の未然形+接続助詞「ば」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)鳴かましやそれ:鳴いてくれたでしょうか、果たしてその時鳥が。(伊藤脚注)

(注の注)まし 助動詞特殊型《接続》活用語の未然形に付く。:①〔反実仮想〕(もし)…であったら、…であるだろうに。…であっただろう。…であるだろう。▽実際には起こり得ないことや、起こらなかったことを想像し、それに基づいて想像した事態を述べる。②〔悔恨や希望〕…であればよいのに。…であったならばよかったのに。▽実際とは異なる事態を述べたうえで、そのようにならなかったことの悔恨や、そうあればよいという希望の意を表す。③〔ためらい・不安の念〕…すればよいだろう(か)。…したものだろう(か)。…しようかしら。▽多く、「や」「いかに」などの疑問の語を伴う。④〔単なる推量・意志〕…だろう。…う(よう)。 ⇒語法:(1)未然形と已然形の「ましか」已然形の「ましか」の例「我にこそ開かせ給(たま)はましか」(『宇津保物語』)〈私に聞かせてくださればよいのに。〉(2)反実仮想の意味①の「反実仮想」とは、現在の事実に反する事柄を仮定し想像することで、「事実はそうでないのだが、もし…したならば、…だろうに。(だが、事実は…である)」という意味を表す。(3)反実仮想の表現形式反実仮想を表す形式で、条件の部分、あるいは結論の部分が省略される場合がある。前者が省略されていたなら、上に「できるなら」を、後者が省略されていたなら、「よいのになあ」を補って訳す。「この木なからましかばと覚えしか」(『徒然草』)〈この木がもしなかったら、よいのになあと思われたことであった。〉(4)中世以降の用法 中世になると①②③の用法は衰え、推量の助動詞「む」と同じ用法④となってゆく。(学研)ここでは①の意

 

左注は、「右一首高橋連蟲麻呂之歌中出」<右の一首は、高橋連虫麻呂が歌の中に出づ>である。

(注)歌の中に出づ:歌集の中から採って掲出した、の意。巻八のうち、唯一、私家集所出。追補らしい。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2449)」で

 ➡ こちら2449

 

 

 

 

茨城県つくば市大久保つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(高橋虫麻呂 8-1497) 20230927撮影



 

 

 

■巻九 一七四五歌■

題詞は、「那賀郡曝井歌一首」<那賀(なか)の郡(こほり)の曝井(さらしゐ)の歌一首>である。

(注)那賀郡:茨城県水戸市の北方。(伊藤脚注)

 

◆三栗乃 中尓向有 曝井之 不絶将通 従所尓妻毛我

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四五)

 

≪書き下し≫三栗(みつぐり)の那賀(なか)に向へる曝井(さらしゐ)の絶えず通(かよ)はむそこに妻もが

 

(訳)那賀の村のすぐ向かいにある曝井の水、その水が絶え間なく湧くように、ひっきりなしに通いたい。そこに妻がいてくれたらよいのに。(同上)

(注)みつぐりの【三栗の】分類枕詞:栗のいがの中の三つの実のまん中の意から「中(なか)」や、地名「那賀(なか)」にかかる。(学研)

(注)上三句は序。「絶えず」を起こす。(伊藤脚注)

 

 

 

「曝井」については、一般社団法人 水戸観光コンベンション協会HPに次のような解説がなされている。

愛宕山古墳の西方、北に下る滝坂の中程、曝台といわれる右手にあって、『千歳湧く曝井の泉』と郷土かるたに選定された1,200年の歴史を秘めた萬葉ゆかりの湧き水です。

 『三栗(みつくり)の中に向へる曝井の絶えず通はむ彼所(そこ)に妻もが』と我が国現存最古の『萬葉集』の巻九に、高橋連虫麻呂(たかはしむらじむしまろ)の作と伝えられている歌が残る、水戸市唯一の萬葉の遺跡です。この歌は、乙女達のこの華やいだ仕草に、遠く大和から派遣された萬葉歌人が、妻を偲んで詠んだものとされています。

 また、和銅6(713)年の詔命によって作られた常陸の地誌『常陸風土記』の那賀の郡にも『粟河(あわかわ、今の那珂川)を挟んで置かれた河内駅家の南に当たり、坂の中程に水量豊富で清い泉が出ており、これを曝井といって付近に住む村の乙女達が夏月に集い、布を洗い、曝し、乾した』とあります。

 高橋虫麻呂は、常陸国に下り、地方官として勤務していたと考えられており、その間、藤原宇合の下僚として『常陸国風土記』の編纂に関係していたとする説もある。」

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2034)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

高知県大豊町粟生土佐豊永万葉植物園万葉歌碑(高橋虫麻呂 9-1745) 20221130撮影

 

 

 

■巻九 一七四六歌■

題詞は、「手綱濱歌一首」<手綱(たづな)の濱の歌一首>である。

(注)手綱濱:常陸北部の多珂郡。高萩市の海岸。(伊藤脚注)

 

◆遠妻四 高尓有世婆 不知十方 手綱乃濱能 尋来名益

         (高橋虫麻呂 巻九 一七四六)

 

≪書き下し≫遠妻(とほづま)し多珂(たか)にありせば知らずとも手綱(たづな)の浜の尋(たづ)ね来(き)なまし

 

(訳)遠く家に残した妻がもしこの多珂の郡にいるのであったなら、たとえ道がわからなくても、手綱の浜の名のように、私は尋ねて来るのだが。(同上)

(注)とほづま【遠妻】:遠く離れている妻。会うことのまれな妻。また七夕の織女星。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)知らずとも:たとえ道がわからなくても。(伊藤脚注)

(注)手綱(たづな)の浜:地名に「尋ね」を導く序の役割も担わせている。(伊藤脚注)

 

 

 

 

■■巻九 一七五三・一七五四歌■■

題詞は、「検税使大伴卿登筑波山時歌一首 幷短歌」<検税使(けんせいし)大伴卿(おほとものまへつきみ)が筑波山(つくはやま)に登る時の歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)検税使:諸国の正税(しょうぜい)と正税帳との照合に派遣される特使。(伊藤脚注)

(注)大伴卿:家持の父旅人であろう。(伊藤脚注)

 

■巻九 一七五三歌■

◆衣手 常陸國 二並 筑波乃山乎 欲見 君来座登 熱尓 汗可伎奈氣 木根取 嘯鳴登峯上乎 公尓令見者 男神毛 許賜 女神毛 千羽日給而 時登無 雲居雨零 筑波嶺乎 清照 言借石 國之真保良乎 委曲尓 示賜者 歡登 紐之緒解而 家如 解而曽遊 打靡 春見麻之従者 夏草之 茂者雖在 今日之樂者

       (高橋虫麻呂 巻九 一七五三)

 

≪書き下し≫衣手(ころもで) 常陸(ひたち)の国の 二並(ふたなら)ぶ 筑波の山を 見まく欲ほ)り 君来ませりと 暑(あつ)けくに 汗掻(か)き投げ 木(こ)の根取り うそぶき登り 峰(を)の上(うへ)を 君に見すれば 男神(ひこかみ)も 許したまひ 女神(ひめかみ)も ちはひたまひて 時となく 雲居(くもゐ)雨降る 筑波嶺(つくはね)を さやに照らして いふかりし 国のまほらを つばらかに 示したまへば 嬉(うれ)しみと 紐(ひも)の緒(を)解きて 家(いへ)のごと 解けてぞ遊ぶ うち靡(なび)く 春見ましゆは 夏草(なつくさ)の 茂くはあれど 今日(けふ)の楽(たの)しさ

 

(訳)ここ常陸の国の雌雄並び立つ筑波の山、この山を見たいと我が君がはるばる来られたこととて、真夏の暑い時に汗を手でぬぐい払い投げて、木の根に縋(すが)って喘(あえ)ぎながら登り、頂上を我が君にお見せすると、男神もとくにお許し下さり、女神も霊威をお垂れになって、いつもは時を定めず雲がかかり雨の降るこの筑波嶺なのに、今日ははっきり照らして、気がかりにしていたこの国随一のすばらしさを隈(くま)なく見せて下さったので、嬉しさのあまり着物の紐をほどいて、家にいるううにくつろいで遊ぶ今日一日です。草なよやかな春に見るよりは、夏草が生い茂っているとはいえ、今日の楽しさはまた別格です。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ころもで【衣手】分類枕詞:袖(そで)を水に浸すことから、「ひたす」と同じ音を含む地名「常陸(ひたち)」にかかる。(学研)

(注)うそぶき登り:あえぎながら登り。(伊藤脚注)

(注の注)うそぶく【嘯く】自動詞:①口をすぼめて息をつく。息をきらす。②そらとぼける。③口笛を吹く。(学研)ここでは①の意

(注)ちはひたまひて:霊力を現し下さって。(伊藤脚注)

(注の注)ちはふ【幸ふ】自動詞:霊力を現して加護する。 ※「ち」は霊力の意。(学研)

(注)時となく雲居雨降る筑波嶺を:いつもは時を定めず雲がかかり雨の降る筑波嶺なのに。(伊藤脚注)

(注の注)ときとなく【時と無く】分類連語:いつと決めずに。いつも。 ⇒なりたち 名詞「とき」+格助詞「と」+形容詞「なし」の連用形(学研)

(注)いふかりし:どう見えるか気がかりであった。(伊藤脚注)

(注の注)いぶかる【訝る】自動詞:気がかりに思う。知りたいと思う。 ※上代は「いふかる」。(学研)

(注)まほら:最もすぐれた所。ラは接尾語。(伊藤脚注)

(注の注)まほら 名詞:まことにすぐれたところ。まほろば。まほらま。 ※「ま」は接頭語、「ほ」はすぐれたものの意、「ら」は場所を表す接尾語。上代語。(学研)

(注)解けてぞ遊ぶ:心がくつろいで。(伊藤脚注)

(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。(学研)

(注)春見ましゆは:かりに春に見るよりは。(伊藤脚注)

 

 

 

 

■巻九 一七五四歌■

◆今日尓 何如将及 筑波嶺 昔人之 将来其日毛

        (高橋虫麻呂 巻九 一七五四)

 

≪書き下し≫今日(けふ)の日にいかにか及(し)かむ筑波嶺に昔の人の来(き)けむその日も

 

(訳)今日のこの楽しさにどうして及ぼう。ここ筑波嶺に昔の人がやって来たというその日の楽しさだって。(同上)

(注)しく【如く・及く・若く】自動詞:①追いつく。②匹敵する。及ぶ。(学研)ここでは②の意

(注)むかしのひと【昔の人】分類連語:①過去の時代の人。古人(こじん)。②亡くなった人。故人(こじん)。③昔、なれ親しんだ人。昔なじみ。(学研)ここでは③の意

 

 

 

 一七五三・一七五四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2469)」で茨城県つくば市筑波神社の万葉歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

茨城県つくば市筑波 筑波山神社万葉歌碑(高橋虫麻呂 9-1753/1754) 20230927撮影



 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「一般社団法人 水戸観光コンベンション協会HP」