万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2589の5)―書籍掲載歌を中軸に―

●歌は、「しなでる片足羽川のさ丹塗りの大橋の上ゆ紅の赤裳裾引き山藍もち摺れる衣着て ただひとりい渡らす子は・・・(高橋虫麻呂 9-1742)」、「大橋の頭に家あらばま悲しくひとり行く子にやど貸さましを(高橋虫麻呂 9-1743)」、「葦屋の 菟原娘子の 八年子の 片生ひの時ゆ 小放 髪たくまでに 並び居る 家にも見えず 虚木綿の 隠りて居せば 見てしかと・・・(高橋虫麻呂 9-1809)」、「春の日の 霞める時に 住吉の 岸に出で居て 釣船の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 水江の 浦の島子の 鰹釣り 鯛釣りほこり・・・(高橋虫麻呂 9-1740)」、「常世辺に住むべきものを剣大刀汝が心からおそやこの君(高橋虫麻呂 9-1741)」、

 

●歌をみていこう。

 

■■巻九 一七四二・一七四三歌■■

題詞は、「見河内大橋獨去娘子歌一首并短歌」<河内(かふち)の大橋を独り行く娘子(をとめ)を見る歌一首并(あは)せて短歌>である。

(注)河内:大阪府東部に南北に連なる一帯。(伊藤脚注)

 

■巻九 一七四二歌■

◆級照 片足羽河之 左丹塗 大橋之上従 紅 赤裳數十引 山藍用 摺衣服而 直獨 伊渡為兒者 若草乃 夫香有良武 橿實之 獨歟将宿 問巻乃 欲我妹之 家乃不知久

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四二)

 

≪書き下し≫しなでる 片足羽川(かたしはがは)の さ丹(に)塗(ぬ)りの 大橋の上(うへ)ゆ 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾引(すそび)き 山藍(やまあゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただひとり い渡らす子は 若草の 夫(つま)かあるらむ 橿(かし)の実の ひとりか寝(ぬ)らむ 問(と)はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)が 家の知らなく

 

(訳)ここ片足羽川のさ丹塗りの大橋、この橋の上を、紅に染めた美しい裳裾を長く引いて、山藍染めの薄青い着物を着てただ一人渡って行かれる子、あの子は若々しい夫がいる身なのか、それとも、橿の実のように独り夜を過ごす身なのか。妻どいに行きたいかわいい子だけども、どこのお人なのかその家がわからない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)しなでる:「片足羽川」の枕詞。葉が層を成して照る葛(かた)の意。(伊藤脚注)

(注の注)「しなでる」は片足羽川の「片」にかかる枕詞とされ、どのような意味かは不明です。(「歌の解説と万葉集柏原市HP)

(注)「片足羽川」は「カタアスハガハ」とも読み、ここでは「カタシハガハ」と読んでいます。これを石川と考える説もありますが、通説通りに大和川のことで間違いないようです。(同上)

(注)さにぬり【さ丹塗り】名詞:赤色に塗ること。また、赤く塗ったもの。※「さ」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(学研)

(注)やまあい【山藍】:トウダイグサ科多年草。山中の林内に生える。茎は四稜あり、高さ約40センチメートル。葉は対生し、卵状長楕円形。雌雄異株。春から夏、葉腋ようえきに長い花穂をつける。古くは葉を藍染めの染料とした。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注)かしのみの【橿の実の】の解説:[枕]樫の実、すなわちどんぐりは一つずつなるところから、「ひとり」「ひとつ」にかかる。(goo辞書)

(注)問はまくの欲しき我妹:妻問いのしたいかわいい人。マクはムのク語法。(伊藤脚注)

 

 

 

■巻九 一七四三歌■

◆大橋之 頭尓家有者 心悲久 獨去兒尓 屋戸借申尾

        (高橋虫麻呂 巻九 一七四三)

 

≪書き下し≫大橋の頭(つめ)にあらば悲しくひとり行く子に宿貸さましを

 

(訳)大橋のたもとに私の家があったらわびしげに一人行くあの子に宿を貸してあげたいのだが・・・。(同上)

(注)頭>つめ【詰め】名詞:端(はし)。きわ。橋のたもと。(学研)

(注)ま悲しく:見た目に悲しそうに。「ま愛(かな)し」の意もこもるか。(伊藤脚注)

 

 

 

 

 一七四二・一七四三歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1033)」で紹介している。

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 一七四二・一七四三歌に関して、「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)には、「河内の大橋の上に一人の女を見立てて『あの子は独身だろうか新妻だろうか、もし橋のたもとにわたしの家があったら泊めてやりたい』というのも、虫麻呂の夢想なのである。」と書かれている。

 

大阪府柏原市上市 大和川治水記念公園万葉歌碑(高橋虫麻呂 9-1742・1743) 20210421撮影

 

 

 

 

■■巻九 一八〇九~一八一一歌■■

題詞は、「見菟原處女墓歌一首幷短歌」<菟原娘子(うなひをとめ)が墓を見る歌一首 幷せて短歌>」である。

 

■一八〇九歌■

◆葦屋之 菟名負處女之 八年兒之 片生之時従 小放尓 髪多久麻弖尓 並居 家尓毛不所見 虚木綿乃 牢而座在者 見而師香跡 悒憤時之 垣廬成 人之誂時 智弩壮士 宇奈比壮士乃 廬八燎 須酒師競 相結婚 為家類時者 焼大刀乃 手頴押祢利 白檀弓 靫取負而 入水 火尓毛将入跡 立向 競時尓 吾妹子之 母尓語久 倭文手纒 賎吾之故 大夫之 荒争見者 雖生 應合有哉 宍串呂 黄泉尓将待跡 隠沼乃 下延置而 打歎 妹之去者 血沼壮士 其夜夢見 取次寸 追去祁礼婆 後有 菟原壮士伊 仰天 ▼於良妣 ▽地 牙喫建怒而 如己男尓 負而者不有跡 懸佩之 小劔取佩 冬尉蕷都良 尋去祁礼婆 親族共 射歸集 永代尓 標将為跡 遐代尓 語将継常 處女墓 中尓造置 壮士墓 此方彼方二 造置有 故縁聞而 雖不知 新喪之如毛 哭泣鶴鴨  

     (高橋虫麻呂 巻九 一八〇九)

 ▼は「口へん+リ」=さけび

 ▽は「足へん+昆」=ふむ

 

≪書き下し≫葦屋(あしのや)の 菟原娘子の 八年子(やとせご)の 片(かた)生(お)ひの時ゆ 小放(をばな)り 髪たくまでに 並び居(を)る 家にも見えず 虚木綿(うつゆふ)の 隠(こも)りて居(を)せば 見てしかと いぶせむ時の 垣ほなす 人の問(と)ふ時 茅渟(ちぬ)壮士(をとこ) 菟原(うなひ)壮士(をとこ)の 伏屋(ふせや)焚(た)き すすし競(きほ)ひ 相(あひ)よばひ しける時は 焼太刀(やきたち)の 手(た)かみ押(お)しねり 白真弓(しらまゆみ) 靫(ゆき)取り負(お)ひて 水に入り 火にも入らむと 立ち向(むか)ひ 競(きほ)ひし時に 我妹子(わぎもこ)が 母に語らくしつたまき いやしき我(わ)がゆゑ ますらをの 争(あらそ)ふ見れば 生(い)けりとも 逢ふべくあれや ししくしろ 黄泉(よみ)に待たむと 隠(こも)り沼(ぬ)の 下延(したは)へ置きて うち嘆き 妹が去(い)ぬれば 茅渟(ちぬ)壮士(をとこ) その夜(よ)夢(いめ)見 とり続(つつ)き 追ひ行きければ 後(おく)れたる 菟原(うなひ)壮士(をとこ)い 天(あめ)仰(あふ)ぎ 叫びおらび 地(つち)を踏(ふ)み きかみたけびて もころ男(を)に 負けてはあらじと 懸(か)け佩(は)きの 小太刀(をだち)取り佩(は)き ところづら 尋(と)め行きければ 親族(うから)どち い行き集(つど)ひ 長き代(よ)に 標(しるし)にせむと 遠き代に 語り継(つ)がむと 娘子墓(をとめはか) 中(なか)に造り置き 壮士墓(をとこはか) このもかのもに 造り置ける 故縁(ゆゑよし)聞きて 知らねども 新喪(にひも)のごとも 哭(ね)泣きつるかも

 

(訳)葦屋の菟原娘子(うないおとめ)が、八つばかりのまだ幼い時分から、振り分け髪を櫛上(くしあ)げて束ねる年頃まで、隣近所の人にさえ姿を見せず、家(うち)にこもりっきりでいたので、一目見たいとやきもきして、まるで垣根のように取り囲んで男たちが妻どいした時、中でも茅渟壮士(ちぬおとこ)と菟原壮士(うないおとこ)とが、最後までわれこそはとはやりにはやって互いに負けじと妻どいに来たが、その時には、焼き鍛えた太刀(たち)の柄(つか)を握りしめ、白木の弓や靫(ゆき)を背負って、娘子のためなら水の中火の中も辞せずと必死に争ったものだが、その時に、いとしいその子が母にうち明けたことには、「物の数でもない私のようなもののために、立派な男(お)の子が張り合っているのを見ると、たとえ生きていたとしても添い遂げられるはずはありません。いっそ黄泉の国でお待ちしましょう」と、本心を心の底に秘めたまま、嘆きながらこの子が行ってしまったところ、茅渟壮士はその夜夢に見、すぐさまあとを追って行ってしまったので、後れをとった菟原壮士は、天を仰いで叫びわめき、地団駄踏んで歯ぎしりし、あんな奴に負けてなるかと、肩掛けの太刀を身に着け、あの世まで追いかけて行ってしまった。それで、この人たちは身内の者が寄り集まって、行く末かけての記念にしようと、遠いのちの世まで語り継いでゆこうと、娘子の墓を真ん中に造り、壮士の墓を左と右に造って残したというその謂(い)われを聞いて、遠い世のゆかりもな人のことではあるが、今亡くなった身内の喪のように、大声をあげて泣いてしまった。(同上)

(注)かたおひ【片生ひ】名詞:まだ十分に成長していないこと。また、その年ごろ。 ※「かた」は接頭語。(学研)

(注)はなり【放り】:少女の、振り分けに垂らしたまま束ねない髪。また、その髪形の少女。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)たく【綰く】他動詞:髪をかき上げて束ねる。(学研)

(注)うつゆふの【虚木綿の】「こもり」、「真狭(まさき)」、「まさき国」、「こもる」にかかる枕詞(weblio辞書 Wiktionary日本語版)

(注)てしか 終助詞:《接続》活用語の連用形に付く。〔自己の願望〕…したらいいなあ。…(し)たいものだ。 ※上代語。完了の助動詞「つ」の連用形に願望の終助詞「しか」が付いて一語化したもの。中古以降「てしが」。(学研)

(注の補)いぶせし 形容詞:①気が晴れない。うっとうしい。②気がかりである。③不快だ。気づまりだ。 ⇒ 参考 「いぶせし」と「いぶかし」の違い 「いぶせし」は、どうしようもなくて気が晴れない。「いぶかし」はようすがわからないので明らかにしたいという気持ちが強い。(学研)

(注)かきほ【垣穂】名詞:垣。垣根。(学研)

(注)ふせやたき【伏せ屋焚き】:「すすし」にかかる枕詞。(weblio辞書 Wiktionary日本語版)

(注)すすしきほふ【すすし競ふ】自動詞:進んでせり合う。勇んで争う。(学研)

(注)手かみ押しねり:柄頭を押しひねり

(注)ゆき【靫・靱】名詞:武具の一種。細長い箱型をした、矢を携行する道具で、中に矢を差し入れて背負う。 ※中世以降は「ゆぎ」。(学研)

(注)しづたまき【倭文手纏】分類枕詞:「倭文(しづ)」で作った腕輪の意味で、粗末なものとされたところから「数にもあらぬ」「賤(いや)しき」にかかる。 ※上代は「しつたまき」。(学研)

(注)ししくしろ【肉串ろ】:「熟睡(うまい)」、「黄泉(よみ)」にかかる枕詞。(weblio辞書 Wiktionary日本語版)

(注)こもりぬの【隠り沼の】分類枕詞:「隠(こも)り沼(ぬ)」は茂った草の下にあって見えないことから、「下(した)」にかかる。(学研)

(注)したばふ【下延ふ】自動詞:ひそかに恋い慕う。「したはふ」とも。(学研)

(注)菟原壮士いの「い」間投助詞:《接続》体言や活用語の連体形に付く。〔強調〕…こそ。とくにその。 ※上代語。 ⇒  参考主語の下に付く「い」を格助詞、副助詞「し」・係助詞「は」の上に付く「い」を副助詞とする説がある。(学研)

(注)きかみたけぶ:歯ぎしりしいきり立って

(注)もこ【婿】: 相手。仲間。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ところずら〔‐づら〕【野老葛】【一】[名]トコロの古名。【二】[枕]:① 同音の繰り返しで「常(とこ)しく」にかかる。② 芋を掘るとき、つるをたどるところから、「尋(と)め行く」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)このもかのも【此の面彼の面】分類連語:①こちら側とあちら側。②あちらこちら。そこここ。(学研)

 

 

 

 

■巻九 一八一〇歌■

◆葦屋之 宇奈比處女之 奥槨乎 徃来跡見者 哭耳之所泣

       (高橋虫麻呂 巻九 一八一〇)

 

≪書き下し≫葦屋(あしや)の菟原娘子(うなひをとめ)の奥つ城(おくつき)を行き来(く)と見れば哭(ね)のみし泣かゆ

 

(訳)葦屋の菟原娘子のこもる奥つ城を、往き来のたびに見ると、むやみやたらと泣けてくる。(同上)

(注)ゆきく【行き来】自動詞:行ったり来たりする。往来する。(学研)

 

 

 

■巻九 一八一一歌■

◆墓上之 木枝靡有 如聞 陳努壮士尓之 依家良信母

       (高橋虫麻呂 巻九 一八一一)

 

≪書き下し≫墓の上(うへ)の木(こ)の枝(え)靡(なび)けり聞きしごと茅渟壮士(ちぬをとこ)にし寄りにけらしも

 

(訳)墓の上の木の枝がそちらに向いて靡いている。話に聞いたとおり、娘子は茅渟壮士に心を寄せていたらしい。(同上)

(注)聞きしごと:伝え聞く話のとおり、娘子の本心は。(伊藤脚注)

 

左注は、「右五首高橋連蟲麻呂之歌集中出」<右の五首は、高橋連虫麻呂が歌集の中に出づ>である。

 

 一八〇九~一八一一歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1829)」で紹介している。

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■■巻九 一七四〇・一七四一歌■■

題詞は、「詠水江浦嶋子一首 幷短歌」<水江みづのえ)の浦(うら)の島子(しまこ)を詠む一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)水江の浦の島子:摂津(大阪)の住吉の人か。(伊藤脚注)

 

■巻九 一七四〇歌■

◆春日之 霞時尓 墨吉之 岸尓出居而 釣船之 得乎良布見者 古之 事曽所念 水江之 浦嶋兒之 堅魚釣 鯛釣矜 及七日 家尓毛不来而 海界乎 過而榜行尓 海若 神之女尓 邂尓 伊許藝趍 相誂良比 言成之賀婆 加吉結 常代尓至 海若 神之宮乃 内隔之 細有殿尓 携 二人入居而 耆不為 死不為而 永世尓 有家留物乎 世間之 愚人乃 吾妹兒尓 告而語久 須臾者 家歸而 父母尓 事毛告良比 如明日 吾者来南登 言家礼婆 妹之答久 常世邊 復變来而 如今 将相跡奈良婆 此篋 開勿勤常 曽己良久尓 堅目師事乎 墨吉尓 還来而 家見跡 宅毛見金手 里見跡 里毛見金手 恠常 所許尓念久 従家出而 三歳之間尓 垣毛無 家滅目八跡 此筥乎 開而見手歯 如本 家者将有登 玉篋 小披尓 白雲之 自箱出而 常世邊 棚引去者 立走 ▼袖振 反側 足受利四管 頓 情消失奴 若有之 皮毛皺奴 黒有之 髪毛白斑奴 由奈由奈波 氣左倍絶而 後遂 壽死祁流 水江之 浦嶋子之 家地見

  ▼は「口偏にリ」=「叫(さけ)ぶ」

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四〇)

 

≪書き下し≫春の日の 霞(かす)める時に 住吉(すみのへ)の 岸に出で居(い)て 釣船‘つりぶね)の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 水江(みづのへ)の 浦(うら)の島子(しまこ)の 鰹(かつを)釣り 鯛(たひ)釣りほこり 七日(なぬか)まで 家にも来(こ)ずて 海境(うなさか)を 過ぎて漕(こ)ぎ行くに 海神(わたつみ)の 神の女(をとめ)に たまさかに い漕ぎ向(むか)ひ 相(あひ)とぶらひ 言(こと)成りしかば かき結び 常世(とこよ)に至り 海神の 神(かみ)の宮(みや)の 内のへの 妙(たへ)なる殿(との)に たづさはり ふたり入り居(ゐ)て 老(おひ)もせず 死にもせずして 長き世に ありけるものを 世間(よのなか)の 愚(おろ)か人ひと)の 我妹子(わぎもこ)に 告(の)りて語らく しましくは 家に帰りて 父母(ちちはは)に 事も告(の)らひ 明日(あす)のごと 我(わ)れは来(き)なむと 言ひければ 妹(いも)が言へらく 常世辺(とこよへ)に また帰り来て 今のごと 逢(あ)はむとならば この櫛笥(くしげ) 開くなゆめと そこらくに 堅(かた)めし言(こと)を 住吉(すみのへ)に 帰り来(きた)りて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて あらしみと そこに思はく 家ゆ出でて 三年(みとせ)の間(あひだ)に 垣もなく 家失(う)せめやと この箱を 開(ひら)きて見てば もとのごと 家はあらむと 玉(たま)櫛笥(くしげ) 少(すこ)し開くに 白雲(しらくも)の 箱より出(い)でて 常世辺(とこよへ)に たなびきぬれば 立ち走り 叫び袖振り 臥(こ)いまろび 足ずりしつつ たちまちに 心消失(けう)せぬ 若ありし 肌(はだ)も皺(しわ)みぬ 黒くありし 髪(かみ)も白(しら)けぬ ゆなゆなは 息さへ絶えて 後(のち)つひに 命(いのち)死にける 水江(みづのへ)の 浦(うら)の島子(しまこ)が 家ところ見ゆ

 

(訳)春の日の霞んでいる時などに、住吉の崖(がけ)に佇(たたず)んで沖行く釣り舟が波に揺れているさまを見ていると、過ぎ去った遠い世の事どもがひとしお偲(しの)ばれるのであります。あの水江の浦の島子が、鰹を釣り鯛を釣って夢中になり、七日経っても家にも帰らず、はるか彼方(かなた)わたつみの国との境までも越えて漕いで行って、わたつみの神のお姫様にひっこり行き逢い、言葉を掛け合っい話がきまったので、行末を契って常世の国に至り着き、わたつみの宮殿の奥の奥にある神々しい御殿に、手を取り合って二人きりで入ったまま、年取ることも死ぬこともなくいついつまでも生きていられたというのに、この世の愚か人島子がいとしい人にうち明けたのであった。「ほんのしばらく家に帰って父さんや母さんに事情を話し、明日にでも私は帰って来たい」と。こううち明けると、いとしい人が言うには、「ここ常世の国にまた帰って来て、今のように過ごそうと思うのでしたら、この櫛笥、これを開けないで下さい。けっして」と。ああ、そんなにも堅く堅く約束したことであったのに、島子は住吉に帰って来て、家を探しても家も見つからず、里を探しても里も見当たらないので、これはおかしい、変だと思い、そこで思案を重ねたあげく、「家を出てからたった三年の間に、垣根ばかりか家までもが消え失せるなんていうことがあるものか」と、「この箱を開けて見たならば、きっと元どおりの家が現われるにちがいない」と。そこで櫛笥をおそるおそる開けたとたんに、白い雲が箱からむくむくと立ち昇って常世の国の方へたなびいて行ったので、飛び上がりわめき散らして袖を振り、ころげ廻(まわ)って地団駄を踏み続けてうちに、にわかに気を失ってしまった。若々しかった肌も皺だらけになってしまった。黒かった髪もまっ白になってしまった。そしてそのあとは息も絶え絶えとなり、あげくの果てには死んでしまったという、その水江の浦の島子の家のあった跡がここに見えるのであります。(同上)

(注)とをらふ【撓らふ】自動詞:揺れ動く。(学研)

(注)ほこる【誇る】自動詞:得意げにする。自慢する。(学研)

(注)七日まで:日数の多いことをいう。(伊藤脚注)

(注)うなさか【海境・海界】名詞:海上遠くにあるとされる海神の国と地上の人の国との境界。海の果て。(学研)

(注)わたつみ【海神】名詞:①海の神。②海。海原。 ⇒参考 「海(わた)つ霊(み)」の意。「つ」は「の」の意の上代の格助詞。後に「わだつみ」とも。(学研)

(注)たまさかなり【偶なり】形容動詞:①偶然だ。たまたまだ。②まれだ。ときたまだ。③〔連用形を仮定条件を表す句の中に用いて〕万一。(学研)ここでは①の意

(注)とぶらふ【訪ふ】他動詞:①尋ねる。問う。②訪れる。訪ねる。訪問する。③慰問する。見舞う。④探し求める。⑤追善供養する。冥福(めいふく)を祈る。◇「弔ふ」とも書く。(学研)ここでは①の意

(注)いひなる【言ひ成る】:話のゆきがかりで言ってしまう。話のなりゆきで、そうなる。(学研)

(注)とこよ【常世】名詞:①永久不変。永遠。永久に変わらないこと。②「常世の国」の略。(学研)ここでは②の意→不老不死の国。ここは海神の国

(注)たづさはる【携はる】自動詞:①手を取り合う。②連れ立つ。③かかわり合う。関係する。(学研)ここでは①の意

(注)せけん【世間】名詞:①俗世。俗人。生き物の住むところ。◇仏教語。②世の中。この世。世の中の人々。③あたり一面。外界。④暮らし向き。財産。(学研)ここでは①の意。

(注の注)世間の愚か人の:(作者の批判のことば)

(注)しましく【暫しく】副詞:少しの間。 ※上代語。(学研)

(注)明日のごと:明日にでも。

(注)くしげ【櫛笥】名詞:櫛箱。櫛などの化粧用具や髪飾りなどを入れておく箱。(学研)

(注)そこらくに 副詞:あれほど。十分に。たくさんに。しっかりと。(学研)

(注)こいまろぶ【臥い転ぶ】自動詞:ころげ回る。身もだえてころがる。(学研)

 

 

 

 

■巻九 一七四一歌■

常世邊 可住物乎 劔刀 己之行柄 於曽也是君

        (高橋虫麻呂 巻九 一七四一)

 

≪書き下し≫常世辺(とこよへ)に住むべきものを剣大刀(つるぎたち)汝(な)が心からおそやこの君

 

(訳)常世の国にいついつまでも住める身の上であったのに、自分自身の浅はかさからそんなことになって、何とまあ愚か者であることか、この浦の島子の君は。(同上)

(注)つるぎたち【剣太刀】分類枕詞:①刀剣は身に帯びることから「身にそふ」にかかる。②刀剣の刃を古くは「な」といったことから「名」「汝(な)」にかかる。③刀剣は研ぐことから「とぐ」にかかる。(学研)

(注)おそや:何と愚かなことか。(伊藤脚注)

 

 一七四〇・一七四二歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1142)」で紹介している。

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 「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)には、「(高橋虫麻呂は)よく伝説歌人だといわれる。・・・なぜ彼は伝説を詠んだのか。彼にとって伝説の世界はもうひとつの現実の世界であった。虫麻呂がの浦島伝説をどう受け取ったかというと、反歌ではこう歌っている。(巻九、一七四一)(歌は省略)つまり、玉篋(たまくしげ)を開いてしまって常世に帰れなくなったしまった浦島に対して『常世に住んでればよかったのに。自分の気持ちからこうなってしまった』浦島よ『何と間抜けなことだ』というのである。これはとりもなおさず虫麻呂自身の願いであり自嘲(じちょう)であっただろう。『常世辺に住むべきものを』、虫麻呂はそう願っていた。彼における伝説とは、そうした現実と対置した非現実だったと思われる。」と書かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「weblio辞書 Wiktionary日本語版」

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「goo辞書」

★「歌の解説と万葉集」 (柏原市HP)