●歌は、「明日香川行き廻る岡の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ(丹比真人国人 8-1557)」である。
【行き回る丘】
「丹比国人(巻八‐一五五七)(歌は省略) この歌の題詞には『故郷の豊浦(とゆら)の寺(てら)の尼の私房にして宴(うたげ)する歌』とある。豊浦寺は明日香村大字豊浦にあった尼寺で、推古天皇豊浦宮のあとにできた寺である。欽明朝に蘇我稲目が邸宅を寺とした向原(むくはら)精舎のあったところと伝える。いま、豊浦に太子山向原寺があって、門前に礎石数個をならべ『豊浦寺址』の碑をたてて・・・いるが、正しい寺址ははっきりしない。作者の丹比国人は平城京のころの人、飛鳥の古都にきての宴である。豊浦は甘樫丘の下の台地で雷丘とは飛鳥川をへだてて向かいあっている。・・・豊浦からはどこからでもすぐま近に雷丘が見える。古都の秋をしのんで尼の私室に宴をして、おりからの秋雨にぬれる雷丘の萩を思いやったものであろう。・・・『行き回る丘』は、原文『逝廻丘』で、ふるく『ユキキノヲカ』とよみ、地名とされたこともあり、また『行き廻(た)む丘』ともよまれたが、これは有坂秀世博士の考証によって、『廻』は『めぐる』意の上一段活用の動詞『廻(み)る』とみて、『ユキミルヲカ』とよまれるようになった。」「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
万葉の旅(上)改訂新版 大和 (平凡社ライブラリー) [ 犬養孝 ] 価格:1320円 |
上記の理解の為に、「犬養孝揮毫万葉歌碑マップ(明日香村)」(犬養万葉記念館)の一部を添付いたします。
一五五七歌をみていこう。
■一五五七から一五五九歌■
題詞は、「故郷豊浦寺之尼私房宴歌三首」<故郷の豊浦(とゆら)寺の尼(あま)の私房(しぼう)にして宴(うたげ)する歌三首>である。
(注)故郷:古京、ここは明日香。(伊藤脚注)
(注)豊浦寺(とゆらでら):奈良県高市郡明日香村にあった寺。欽明 13 (552) 年蘇我稲目が百済王の献じた仏像経論を小墾田の家に安置し,のちに向原の家を捨てて寺として移安したのが起源。日本最初の仏教寺院として元興寺と称したが,平城遷都に際して新京に移転したため衰微した。江戸時代に旧跡に一宇を建て広厳寺と称したという。現在は同所の向原寺の境内に礎石が残っている。(コトバンク ブリタニカ国際大百科事典)
(注)私房:僧・尼の住む私室。(伊藤脚注)
■巻八 一五五七歌■
◆明日香河 逝廻丘之 秋芽子者 今日零雨尓 落香過奈牟
(丹比國人真人 巻八 一五五七)
≪書き下し≫明日香川(あすかがは)行き廻(み)る岡の秋萩は今日(けふ)降る雨に散りか過ぎなむ
(訳)明日香川が巡り流れている岡の秋萩は、今日降るこの雨で散り果ててしまうのではなかろうか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)明日香川行き廻る岡:明日香川が行きめぐっている岡。雷岡か。(伊藤脚注)
左注は、「右一首丹比真人國人」<右の一首は丹比真人國人>である。
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1170)」で丹比真人國人の歌とともに紹介している。
➡
一五五八・一五五九歌もみてみよう。
■巻八 一五五八歌■
◆鶉鳴 古郷之 秋芽子乎 思人共 相見都流可聞
(沙弥尼等 巻八 一五五八)
≪書き下し≫鶉(うづら)鳴く古(ふ)りにし里の秋萩を思ふ人どち相見(あひみ)つるかも
(訳)鶉(うずら)の鳴く古びた里に咲く萩、その萩を、気心合った者同士で、相ともに眺めることができました。(同上)
(注)-どち 接尾語:〔名詞に付いて〕…たち。…ども。▽互いに同等・同類である意を表す。「貴人(うまひと)どち」「思ふどち」「男どち」 ⇒参考:「どち」は、「たち」と「ども」との中間に位置するものとして、親しみのある語感をもつ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
■巻八 一五五九歌■
◆秋芽子者 盛過乎 徒尓 頭刺不挿 還去牟跡哉
(沙弥尼等 巻八 一五五九)
≪書き下し≫秋萩は盛(さか)り過ぐるをいたづらにかざしに挿(さ)さず帰りなむとや
(訳)萩の花は盛りを過ぎるというのに、むなしくそのまま、髪に挿すこともなくお帰りになるというのですか。(同上)
(注)とや 分類連語:①〔文中の場合〕…と…か。…というのか。▽「と」で受ける内容について疑問の意を表す。②〔文末の場合〕(ア)…とかいうことだ。▽伝聞あるいは不確実な内容であることを表す。(イ)…というのだな。…というのか。▽相手に問い返したり確認したりする意を表す。 ⇒参考:②(ア)は説話などの末尾に用いられる。「とや言ふ」の「言ふ」が省略された形。 ⇒なりたち:格助詞「と」+係助詞「や」(学研)
(注)沙弥尼:仏門に入りたての尼僧。ここは接待者。(伊藤脚注)
(注の注)さみ【沙弥】名詞:出家して十戒は受けたが、まだ具足戒は受けていない男子の僧。出家したばかりで修行の未熟な僧。「さみ」とも。女子は「沙弥尼(しやみに)」という。 ※仏教語。(学研)
一五五九歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2041)」で紹介している。
➡
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典」
★「犬養孝揮毫万葉歌碑マップ(明日香村)」 (犬養万葉記念館)